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実践するドラッカー 実践編 第55話:ドラッカーは、会社の共通言語になる——商人の知恵が受け継がれる地域で育った、8年の実践記④(全7話)

事例11-4 ドラッカーの言葉は、出来事を切り取る“基準(ものさし)”になる

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

読書会が広がるにつれて、KK社の会話は少しずつ変わっていきました。

最初は、Kさんが必要性を感じて始めた学びでした。
やがてリーダーたちの言葉が変わり、希望する社員にも広がり、新入社員にも自然に案内されるようになっていきます。

そして読書会は、単に知識を得る場ではなくなっていきました。

自分の感じている違和感を言葉にする。
とりとめのない不満や反発の奥にある課題の芽を見つける。
相手の受け止め方を聞くことで、相手の立場に立って考える。

そうした変化が、少しずつ会社の中に生まれていきました。

第3回では、読書会が「発話の訓練」になっていたことを見てきました。

では、なぜ言葉にすることが、それほど大切だったのでしょうか。

それは、言葉があることで、目の前で起きている出来事を切り取れるようになるからです。

言葉がなければ、出来事は流れていく

職場では、日々さまざまなことが起こります。

お客様の反応が変わった。
社員の動き方が変わった。
仕事の流れが止まっている。
ある人が急に力を発揮し始めた。
逆に、ある人が本来の力を出せなくなっている。

目の前では、たしかに何かが起きています。

けれど、それをどう見るのか。
何を問題として扱うのか。
どこに機会を見つけるのか。
何を変化として受け止めるのか。

そこには、概念を示す言葉が必要になります。

言葉がなければ、目の前で起きていることは、ただの出来事として流れていってしまいます。

もちろん、何かを感じることはできます。

「なんとなく気になる」
「前と少し違う気がする」
「うまくいっていない感じがする」
「あの人、最近変わった気がする」

けれど、その感覚を仕事の中で扱える形にするには、言葉が必要です。

言葉があるから、感じたことを切り取れる。
言葉があるから、相手に伝えられる。
言葉があるから、一緒に考えられる。

読書会でドラッカーの言葉に触れることは、目の前の出来事を捉えるための“ものさし”を持つことでもありました。

名前があるから、考える対象になる

たとえば、「マーケティング」という言葉があります。

その言葉が広く使われる前から、商売上手な人たちは、お客様を見て、必要とされるものを考え、売り方を工夫してきました。

近江商人も、きっとそうした実践を重ねてきた人たちだったのだと思います。

言葉がなかったからといって、実践がなかったわけではありません。

けれど、「マーケティング」という言葉があることで、私たちはその営みを一つの対象として切り取れるようになります。

ただ売ることなのか。
お客様を理解することなのか。
価値を届ける仕組みなのか。
関係を育てる仕事なのか。

名前が与えられることで、それまで何となく行われていた実践が、考え、共有し、改善する対象になります。

これは、仕事の中でとても大きなことです。

名前がないものは、見えているようで見えていません。

見えていても、共有しにくい。
共有できなければ、検討しにくい。
検討できなければ、改善しにくい。

言葉は、現実に名前を与えます。

名前が与えられることで、現実は考える対象になるのです。

言葉になると、情報になる

名前がつくことで、私たちが気づくことができる範囲は変わります。

たとえば、「社員の高齢化」という言葉があるから、年齢構成の偏りを問題として捉えることができます。

「管理職の罰ゲーム化」という言葉があるから、管理職になることが成長や貢献の機会ではなく、負担ばかりの役割として受け止められている状態に気づけます。

「○○ハラスメント」という言葉があるから、それまで個人の我慢や相性の問題として片づけられていたことを、組織として扱うべき問題として見ることができます。

また、似た言葉同士を使い分けると、状況を正しく伝えることができます。
たとえば、「人手不足」と「人材不足」という言葉は似ているようで、見ているものが違います。

人手不足は、単純に人数が足りない状態です。
一方で人材不足は、必要な能力や役割を担える人が不足している状態を含みます。

同じ「人が足りない」という感覚でも、どちらの言葉で捉えるかによって、考えるべき対策は変わります。

名前があるから、それまで何となく感じていた違和感を、組織として扱うべき現象として見つけやすくなる。

言葉になることで、現象は情報になります。
情報になることで、共有でき、考えられ、行動に移せるようになります。

言葉は、単なる表現ではありません。

現象を情報に変えるための道具でもあるのです。

ドラッカーの言葉も、仕事を切り取る

ドラッカーの言葉も同じでした。

「成果」
「貢献」
「強み」
「顧客」
「集中」
「廃棄」

こうした言葉があることで、目の前の出来事を、ただの出来事として流すのではなく、仕事を考える材料として切り取れるようになります。

たとえば、ある社員が最近よく力を発揮している。

ただ「あの人、最近よく頑張っているね」で終わらせることもできます。

けれど、「強み」という言葉があれば、見方が変わります。

・どの強みが成果につながっているのか。
・どんな場面で力を発揮しやすいのか。
・その強みを、他の仕事にも生かせないか。

そう考えられるようになります。

また、お客様から思いがけない反応があったとします。

ただ「反応があった」で終わらせることもできます。

けれど、「顧客」や「貢献」という言葉があれば、問いが変わります。

・お客様は、何に価値を感じたのか。
・自分たちは、どのような貢献をしたのか。
・それは、これからの仕事の機会につながるのか。

そうやって、出来事の中から意味を見つけることができます。

さらに、毎日忙しく働いている。

ただ「忙しい」で終わらせることもできます。

けれど、「集中」や「廃棄」という言葉があれば、問いが生まれます。

・本当に集中すべき仕事は何か。
・続けているけれど、やめるべき仕事はないか。
・成果につながっていない時間の使い方はないか。

言葉があるから、見えるものが変わるのです。

言葉は、仕事として扱うための道具になる

ドラッカーは、経営管理者の道具について、次のように述べています。

経営管理者は、情報という特有の道具を持つ。経営管理者は人を操ろうとしてはならない。一人ひとりの仕事について、動機づけし、指導し、組織しなければならない。そのための唯一の道具が、話す言葉であり、書く言葉であり、数字の言葉である。経営管理者の仕事の成果は、たとえそれがエンジニアリング、経理、販売のいずれであろうとも、聞き、読み、話し、書く能力にかかっている。

(『現代の経営(下)』第27章 優れた経営管理者の要件 P.217)

経営管理者は、人を操るのではありません。

目の前で起きていることを聞き、読み、言葉にし、必要に応じて数字でも捉える。
そうして、情報として扱える形にする。

そのうえで、一人ひとりの仕事を動機づけ、指導し、組織していく。

言葉は、単なる伝達手段ではありません。

出来事を情報として切り取り、仕事として扱うための道具なのです。

これは、Kさんの実践にも重なります。

ドラッカーの読書会は、単に本を読む場ではありませんでした。

聞く。
読む。
話す。
書く。

そうした力を通じて、自分の仕事を捉え直し、相手の仕事を理解し、チームとして成果をあげるための場になっていきました。

読書会を通じて、KK社の中には、出来事を仕事として扱うための言葉が増えていったのです。

ものさしが違えば、見えるものも違う

同じ出来事を見ても、人によって受け止め方は違います。

ある人は「問題」と見る。
別の人は「機会」と見る。

ある人は「個人の能力不足」と見る。
別の人は「強みが生かされていない状態」と見る。

ある人は「やる気がない」と見る。
別の人は「貢献が見えなくなっている」と見る。

もちろん、どれか一つだけが正しいとは限りません。

けれど、どの言葉で見るかによって、その後の会話は大きく変わります。

「問題だ」とだけ見れば、誰が悪いのかという話になりやすい。

「機会かもしれない」と見れば、何を試せるかという話になります。

「能力不足だ」と見れば、足りないところを補う話になります。

「強みが生かされていない」と見れば、その人が力を発揮できる場面を探す話になります。

言葉は、ものの見方を決めます。

ものの見方が変われば、問いが変わります。
問いが変われば、会話が変わります。
会話が変われば、次の行動も変わります。

KK社の読書会で起きていたのは、まさにこの変化でした。

誤解や曲解を減らす

共通のものさしを持つことには、もう一つ大切な意味があります。

それは、言葉の誤解や曲解によるストレスを減らすことです。

たとえば、今の職場で「メール」と言えば、多くの場合は電子メールを指します。

「メールを送っておいて」と言われたときに、封筒に入れた手紙を郵便で出すと受け取る人は、ほとんどいないでしょう。

それは、その職場や社会の中で、「メール」という言葉の意味が共有されているからです。

言葉の意味が共有されていれば、会話はスムーズに進みます。

仕事の中では、こうした小さな言葉のずれが、意外に大きな摩擦になります。

「成果」と言ったときに、何を指しているのか。
「お客様のため」と言ったときに、誰のどんな価値を考えているのか。
「責任」と言ったときに、何を任され、何を果たすことなのか。
「強み」と言ったときに、単なる得意不得意の話なのか、成果につながる力の話なのか。

言葉の意味がずれたままだと、同じ話をしているようで、実は違うものを見ていることがあります。

しかも、そのずれは表面には見えにくい。

だから、相手の理解力が足りないように見えたり、こちらの意図を曲解されたように感じたりします。

けれど本当は、言葉の意味がそろっていないだけかもしれません。

読書会は、こうした言葉の意味を少しずつそろえる場にもなっていきました。

共通のものさしは、組織の中の見えない摩擦を減らす働きもしていたのです。

会社の言葉になっていく

最初は、Kさんが大切だと感じて持ち込んだドラッカーの言葉でした。

けれど、読書会を重ねるうちに、その言葉は少しずつ会社の中で使われるようになっていきます。

リーダーが使う。
社員が使う。
新入社員にも伝えられる。

そうして、ドラッカーの言葉は、社長だけの言葉ではなく、会社の言葉になっていきました。

これは、単に用語が増えたということではありません。

目の前の出来事を見るためのものさしが共有され始めた、ということです。

何を成果と見るのか。
どこに貢献を見るのか。
誰の強みが生かされているのか。
何に集中すべきなのか。
何をやめるべきなのか。

同じ言葉を使いながら、同じ土台で考える。

その積み重ねが、KK社の会話を変えていきました。

【今日の問い】

Q:あなたの会社やチームでは、目の前で起きている出来事を、どのような言葉で捉えていますか?

同じ出来事を見ても、そこから何を感じ取るかは人によって違います。

ある人は「問題」と見る。
別の人は「機会」と見る。
ある人は「個人の能力不足」と見る。
別の人は「強みが生かされていない状態」と見る。

どの言葉を持っているかによって、見えるものは変わります。

あなたの会社やチームでは、目の前の出来事をより建設的に捉えるために、どのような言葉を共有していきたいでしょうか。

~次回予告~

読書会を通じて、KK社には仕事を見るための“ものさし”が少しずつ育っていきました。

言葉があるから、出来事を切り取れる。
言葉があるから、違和感を共有できる。
言葉があるから、同じ土台で話し合える。

では、その言葉は、組織の仕事をどのように支えていったのでしょうか。

Kさんは、ドラッカーのマネジメントを、少しユニークな言葉で表現しています。

「良き意図によるドラッカーのマネジメントのERPパッケージ導入」

次回は、この表現を手がかりに、ドラッカーのマネジメントが、ナレッジワークを支える“共通のものさし”になっていったことを見ていきます。

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