実践するドラッカー 実践編 第63話:後継者は、家業から距離を置いていた――受け継いだ家業に、未来を描けるか⑤(全5話)
事例12-5 仕事を好きになった後継者――必要とされる仕事を、自分の言葉で語るまで
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
工場が止まった
その日は突然やってきました。
記録的な大雨によって川があふれ、LL社の工場が水に浸かりました。
昨日まで当たり前のように動いていた機械が止まりました。
材料も、仕掛品も、工具も、水と泥に覆われました。
水が引いたあとの工場を前にしても、すぐには何から手をつければよいのか分かりません。
泥を出さなければならない。
機械を確認しなければならない。
電気設備も調べなければならない。
使えるものと、使えないものを見極めなければならない。
その一方で、納期を待っている顧客がいます。
社員たちの生活もあります。
いつ工場を再開できるのか。
そもそも、本当に再開できるのか。
Lさんにとって、水害は単なる設備トラブルではありませんでした。
会社そのものが止まってしまった。
そんな感覚だったのかもしれません。
次々と届いた支援
被害の知らせが伝わると、LL社にはさまざまな支援が届きました。
現場を確認し、必要な機材を全国からかき集めてくれた人がいました。
泥を掻き出すための人手を派遣してくれた人がいました。
自ら重機を操縦してやってきてくれた社長もいました。
高圧洗浄機を持って駆けつけてくれた人たちもいました。
工場の中では、LL社の社員だけでなく、多くの人たちが泥にまみれながら動いていました。
一人では、とてもできない。
社員だけでも、いつ終わるか分からない。
そう思っていた復旧作業が、周囲の力を借りながら少しずつ進んでいきました。
そして、「再開を待っています」という声も。
Lさんは、その言葉に何度も胸がいっぱいになったといいます。
ありがたい。
もちろん、それもありました。
けれど、それだけではありませんでした。
自分たちは、本当に必要とされていたのだ。
そんな思いが、次第に強くなっていきました。
止まったことで、見えたもの
工場が止まれば、納品できません。
納品できなければ、顧客の工程にも影響します。
さらにその先の仕事にも影響が及びます。
普段、工場が動いているときには、それほど意識することはありません。
受注して、つくって、納める。
毎日の仕事として繰り返されているからです。
けれど、その流れが止まったことで、逆にはっきりと見えてきたものがありました。
自分たちの仕事を待っている人がいる。
自分たちが止まると、困る人がいる。
LL社の仕事は、LL社だけで完結しているものではありませんでした。
顧客の工程につながり、
その先の会社につながり、
さらにその先で商品やサービスを必要としている人たちへとつながっている。
当たり前のように続けてきた仕事が、誰かの仕事を支えていたのです。
そして、この「つながり」に目を向けると、自分たちの未来の見方も変わってきます。
ドラッカーは、素材産業や用途産業について、こう述べています。
素材産業や用途産業では、マーケティング分析は、顧客ではなく市場や用途からスタートすればよい。
市場や用途から顧客を特定する p.51
(『創造する経営者』p.127)
LL社を「自動車部品の鍛造会社」とだけ見れば、未来は既存の自動車市場の延長線上にあります。
市場が縮小すれば、不安になります。
必要とされる部品が変われば、仕事も失われるかもしれません。
けれど、これまでLさんが見つけてきたのは、顧客が必要としているのは「鍛造」という加工方法そのものではなく、《強度》だということでした。
そう考えると、見るべきものは現在の顧客だけではありません。
どの市場で強度が必要なのか。
どんな用途に、壊れては困るものがあるのか。
どこで、安心して長く使えることが求められているのか。
水害によって工場が止まったことで、Lさんは、自分たちの仕事がどこにつながっているのかをあらためて知りました。
そして、そのつながりをさらに先へたどっていけば、
これから、自分たちの強みを必要としてくれる人はどこにいるのか。
という未来への問いにもつながっていきます。
受け継いできた鍛造技術は、守るべき過去であるだけではありません。
これから必要としてくれる人を探すための強みでもある。
そう考えられるようになっていました。
復旧の意味が変わった
自分たちが必要とされている。
そう思えたとき、復旧の意味も変わっていったのではないでしょうか。
もちろん、自分たちの会社を守らなければなりません。
社員の生活も守らなければなりません。
事業を続けなければならない理由はいくらでもあります。
けれど、それだけではありませんでした。
再開を待っている顧客がいる。
LL社の仕事が止まることで、困る人がいる。
だから、
機械をもう一度動かす。
工場をもう一度動かす。
納品を再開する。
それは単なる原状回復ではありません。
必要としてくれる人たちに、もう一度応えること。
復旧作業の向こう側に、顧客の姿が見えるようになったのです。
会社を守るためだけの復旧と、
必要とされている仕事をもう一度始めるための復旧とでは、
同じ作業でも、その意味は違います。
叩かれて、強くなる
LL社が扱っているのは、鍛造という技術です。
金属を熱し、力を加えて叩き、形をつくっていきます。
ただ形を変えるのではありません。
叩かれることで内部が締まり、金属はより強くなっていきます。
考えてみれば、LL社もまた、この水害によって問い直されていたのかもしれません。
もちろん、災害そのものを肯定することなどできません。
失ったものもあります。
大きな苦労もありました。
けれど、会社が止まったことで、それまで見えにくかったものが見えました。
誰が自分たちの再開を待っているのか。
自分たちの仕事が、誰につながっているのか。
そして、
自分たちは、なぜこの仕事をしているのか。
金属が叩かれることで強度を増すように、
人も会社も、困難に遭っただけで強くなるわけではありません。
その出来事から何を見つけ、
何を問い直すかによって、強くなっていく。
LL社にとって水害は、自分たちの仕事の意味を、あらためて問い直す出来事にもなりました。
これまでの出来事が、一つにつながった
振り返れば、Lさんはそれまでにも、自分たちの仕事について問い直してきました。
顧客に、
「なぜ、価格が高くてもLL社を選んでくれるのですか」
と尋ねたことで、安心して任せられるという「信用」が見えてきました。
予期せぬ依頼からは、顧客が求めているのは「鍛造」という加工方法ではなく、《強度》なのだと気づきました。
そして、「鍛造品をつくる会社」ではなく、
「強度が必要な場面で、顧客の困りごとを解決する会社」
として、自社を見るようになっていきました。
それぞれは別々の出来事でした。
けれど水害によって工場が止まり、再開を待っている人たちの存在を知ったとき、それまでの気づきが一つの方向につながっていったのではないでしょうか。
信用も。
強度という価値も。
新しい市場や用途を探すことも。
すべては、
「自分たちは、誰のどんな困りごとに応えるのか」
という一つの問いにつながっていました。
「仕事を好きになったんだね」
あるとき、先輩経営者からLさんは言われました。
「自分の仕事を好きになったんだね」
Lさん自身、その言葉にはっとしたそうです。
思えば、最初から好きだったわけではありません。
若い頃には家業から距離を置き、別の仕事をしました。
会社へ戻ってからも、
この仕事に未来はあるのか。
若い社員に明るい未来を示せるのか。
そんな迷いを抱えていました。
けれど、顧客に聞きました。
予期せぬ依頼に向き合いました。
そして水害によって工場が止まり、自分たちの再開を待っている人がいることを知りました。
仕事を好きになるというのは、いつも楽しく働けるということではないのでしょう。
苦労もあります。
責任もあります。
思い通りにならないこともあります。
それでも、
自分の仕事が誰かに必要とされていると知ること。
そして、
「だから、自分はこの仕事をやる」
と、自分の言葉で言えるようになること。
Lさんにとって、家業はいつの間にか、
「自分が継がなければならない会社」から、
「自分が引き受ける仕事」
へと変わっていたのかもしれません。
共通の使命が、組織を一つにする
ドラッカーは、こう述べています。
明確かつ焦点の定まった共通の使命だけが、組織を一体とし、成果をあげさせる。
そのミッションは組織を一体化させるか p.44
(『ポスト資本主義社会』p.72)
Lさんが以前悩んでいたのは、自分だけの問題ではありませんでした。
この会社には、どんな未来があるのか。
この仕事を続けることに、どんな意味があるのか。
それを社員にも示せるのか。
その答えは、どこか遠くにある立派な言葉ではありませんでした。
再開を待ってくれる顧客がいる。
自分たちの強みを必要とする市場や用途が、これからもあるかもしれない。
自分たちは、必要とされている。
そして、
必要としてくれる人に、自分たちの強みで応えていく。
そのことを共有できれば、社員に語る未来も少しずつ見えてきます。
受け継ぐとは、昔と同じ仕事を続けることではありません。
先代から受け継いだ技術や信用を、
いま、誰のために使うのか。
そして、
これから、誰のために使えるのか。
問い直し続けることなのだと思います。
【今日の問い】
Q:あなたの仕事は、誰の何に必要とされているでしょうか。
もし自分たちの仕事が止まったら、誰が困るでしょうか。
そして、その価値をこれから必要とする市場や用途は、ほかにないでしょうか。
必要とされている理由の中に、これからの仕事を考える手がかりがあります。
~おわりに~
工場が止まったことで、Lさんには見えてきたものがありました。
再開を待っている人がいる。
自分たちが止まれば、困る人がいる。
そして、それまで問い続けてきたことも、一つにつながっていきました。
自分たちは、誰の何に必要とされているのか。
先輩経営者の、
「仕事を好きになったんだね」
という一言は、そんなLさんの変化をよく表しています。
仕事を好きになるとは、もしかすると、
自分の仕事が必要とされている理由を知り、「だから、この仕事を自分がやる」と言えるようになること。
そこから始まるのかもしれません。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!