実践するドラッカー 実践編 第76話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える③(全9話)
事例15-3 「できる仕事」を探すのをやめた――仕事を再設計すると、一人ひとりの強みが成果につながった
「障がいのある人にもできそうな仕事は、ほかにないだろうか」
RRクリーニング社が障がい者雇用を始めた頃、工場ではそう考えていました。
危険度が低い仕事。
複雑な判断を必要としない仕事。
同じ手順を繰り返す仕事。
既存の工程から、比較的簡単そうな作業を切り出して担当してもらう。
一人や二人を迎えるうちは、それでも対応できました。
しかし、RRクリーニング社では毎年のように新しい人を採用します。
やがて、「できそうな仕事」を探して割り当てるだけでは追いつかなくなりました。
どの作業を任せるのか。
誰が教えるのか。
前後の工程を誰が補うのか。
人が増えるたびに、仕事の流れそのものを組み直さなければなりません。
そこでRさんたちは、問いを変えました。
「この人に何ができるか」から考えるのではない。
まず、この仕事は何のためにあり、どんな成果を出す必要があるのかを考える。
そのうえで、仕事が人に何を要求しているのかを分け、一人ひとりの強みが生きるように工程を組み直す。
人を既存の仕事へ無理に合わせるのではなく、
成果へ至る道の方を変える。
この発想が、工場を変えていきました。
「簡単な仕事」は、本当に簡単なのか
クリーニング工場では、いくつもの工程がつながっています。
使用済みのリネンを仕分ける。
洗浄し、乾燥する。
シーツを機械へ投入する。
タオルを整える。
ホテルや施設ごとに種類と枚数をそろえ、配送便へ載せる。
一つの工程が遅れれば、その後の仕事にも影響します。
必要なのは、速さだけではありません。
正確さ。
安定性。
安全性。
前後の工程とのつながり。
当初、現場が探していたのは、
「障がいのある人にもできる簡単な仕事」
でした。
ところが、同じ動作を繰り返す作業は、本当に簡単なのでしょうか。
正確さを保つ。
集中力を切らさない。
一定の速度を維持する。
同じ力加減を続ける。
それを何時間も続けるには、むしろ特別な力が必要です。
慣れるほど注意が散る人もいれば、速度にばらつきが出る人もいます。
反対に、長時間同じ作業を続けても、集中力も速さもほとんど落ちない人がいる。
周囲からは、
「単純な作業しかできない」
と見えていた特性が、仕事の要求と合った瞬間、
誰にもまねできない強みになることがあります。
問題は、その人に能力がなかったことではありません。
強みが成果になる場所へ、仕事がつながっていなかったのです。
機械メーカーが驚いたオペレーター
工場には、シーツを畳む機械や、おしぼりを巻く機械がありました。
作業者は機械の動きに合わせ、決められた位置へ次々と品物を投入します。
少しでも位置がずれれば仕上がりが乱れます。
遅れれば、機械の能力を十分に生かせません。
速さと正確さの両方が求められる仕事です。
この作業で、際立った力を発揮するスタッフがいました。
長時間続けても集中力が落ちない。
速さも正確さも変わらない。
しかも、そのスピードは工場の中でも群を抜いていました。
あるとき、機械メーカーの担当者が工場を訪れ、その仕事ぶりを見て驚きました。
「こんなスピードで作業できる人を初めて見ました」
「動画を撮らせてもらえませんか。機械のプロモーションに使いたいのです」
最初は、
「障がいのある人にもできそうな仕事」
として任せた作業でした。
しかし実際には、
その人だからこそ、突出した成果を出せる仕事
だったのです。
忘れられない記憶が、仕事では強みになった
別のスタッフには、非常に高い記憶力がありました。
一度見聞きしたことを、長く正確に覚えている。
その力は、本人を苦しめることもありました。
学校でいじめられた出来事も、言われた言葉も、相手の名前も忘れることができません。
過去の記憶を繰り返し周囲へ話していました。
Rさんは、ただ聞き流すのではなく、
「その話を聞くのは、楽しくないなぁ」
と伝え続けました。
一度では伝わりません。
それでも繰り返すうちに、本人も少しずつ理解していきました。
一度覚えたことを忘れない。
それは、ときに生きづらさになります。
しかし同じ特性が、ホテル向けリネンの仕分け業務では圧倒的な力になりました。
工場では毎日、ホテルごとに異なる種類と枚数のリネンをそろえ、決められた便へ載せます。
通常は一覧表を何度も確認しながら作業します。
ところが彼は、朝に発送一覧を一度見ただけで、ほとんど覚えてしまいました。
「今日は、このホテルにシーツが何枚」
「こちらは何時の便」
一覧表を持たずに、次々と仕分けを進めます。
彼が出勤している日は、昼頃には作業が終わる。
休みの日には、同じ仕事が午後までかかることもありました。
その記憶力が、発送工程全体の生産性を大きく高めていたのです。
RRクリーニング社は、その成果をきちんと評価し、報酬にも反映しました。
配慮されるだけの人ではありません。
その人の仕事が、工場と仲間を支えていたのです。
強みと弱みは、同じ場所にある
ドラッカーは、人の強みと弱みについてこう述べています。
大きな強みをもつ者はほとんど常に大きな弱みを持つ。山あるところに谷がある。しかもあらゆる分野で強みをもつ人はいない。
強みと弱み p.165
(『経営者の条件』p.103)
忘れられないことは、本人を苦しめることがあります。
しかし、一度見た情報を正確に覚え続ける力は、仕事では大きな強みになる。
同じ作業を繰り返すことしかできない、と見ることもできます。
長時間、速さと正確さを保ち続けられる、と見ることもできます。
同じ特性でも、置かれる仕事によって意味が変わります。
だからRRクリーニング社は、弱みをなくそうとはしませんでした。
弱みと正面から戦うのではなく、強みが成果になる場所をつくる。
そのためには、人を見るだけでなく、仕事そのものを見る必要がありました。
人を変えるのではなく、仕事を組み直す
仕事を再設計するというと、作業を簡単にすることだと思われるかもしれません。
しかし、Rさんたちが最初に確認したのは、仕事の目的と成果でした。
この工程は何のためにあるのか。
どんな品質が必要なのか。
何時までに、どれだけ仕上げるのか。
次の工程へ、どの状態で渡すのか。
成果を明らかにすると、仕事が人へ何を要求しているかが見えてきます。
正確な反復なのか。
大量の情報を記憶する力なのか。
その場で判断する力なのか。
前後を調整する力なのか。
そして、
それらをすべて、一人へ求める必要があるのか。
ドラッカーは、仕事の設計について次のように述べています。
仕事が要求するものを理解すれば、それだけ仕事を労働という人間活動に適合させることができる。
仕事を任せる際の前提条件 p.147
(『マネジメント[上]』p.252)
仕事を分ける。
順番を変える。
判断が必要な部分と、反復作業を切り離す。
道具や指示の出し方を変える。
異なる人の強みを組み合わせる。
人を仕事へ無理に合わせるのではなく、
求める成果は変えずに、そこへ至る道筋を変える。
RRクリーニング社が行ったのは、成果水準を下げることではありませんでした。
成果へ至る方法を増やしたのです。
誰かを受け入れる改善が、工場全体を強くした
この仕事の再設計は、障がいのある人だけのために役立ったわけではありません。
仕事を分析すると、工場そのものが抱えていた問題も見えてきました。
熟練社員の頭の中にしかない手順。
その場の判断への依存。
曖昧な役割分担。
慣習で決められていた配置。
そこで、
作業を分ける。
手順を明確にする。
道具の場所を決める。
判断が必要な部分を切り分ける。
必要な貢献に応じて人を配置する。
といった改善が進みました。
すると、新人にも仕事が分かりやすくなります。
経験の浅い人も覚えやすくなる。
誰かが休んでも引き継ぎやすい。
最初は、毎年新しい人を受け入れるために必要に迫られて始めた工夫でした。
しかし結果として、
誰かを受け入れるための改善が、工場全体の生産性と安定性を高めたのです。
強みを、組織の成果へつなぐ
強みに気づくだけでは、組織の成果にはなりません。
高速で機械を扱える人がいても、前工程から品物が届かなければ力を発揮できません。
大量の情報を覚えられる人がいても、仕分ける品物が整理されていなければ仕事は進みません。
大切なのは、
工場として必要な成果は何か。
各工程は何を要求しているか。
誰がどの貢献を担えるか。
できない部分を、誰や何が補うか。
を組み合わせることです。
強みを生かすとは、本人の長所を見つけて褒めることではありません。
一人ひとりの異なる貢献が、一つの成果へつながる仕組みをつくることです。
RRクリーニング社は、全員が同じように働く工場ではなく、異なる力を持ち寄って成果を出す工場へ変わっていきました。
人の弱みをなくしたわけではありません。
弱みが前面に出る道を避け、強みが成果になる道をつくった。
その積み重ねが、他社にはまねしにくい工場の強みになっていったのです。
【今日の問い】
Q:仕事の目的と成果から考え直すと、あなたのチームの役割分担はどう変わるでしょうか。
私たちは、一つの仕事を最初から最後までこなせる人を、「仕事のできる人」と考えがちです。
営業なら、開拓、提案、契約、訪問、問い合わせ対応まで。
しかし、本当にそのすべてを、一人が担う必要があるのでしょうか。
まず考えたいのは、
その仕事は何のためにあり、どのような成果を生み出す必要があるのか。
ということです。
目的と成果が明確になれば、仕事を異なる貢献へ分けて考えられます。
新しい機会を見つける人。
関係を深める人。
正確に繰り返す人。
情報を整理する人。
問題に対応する人。
前後の仕事をつなぐ人。
一人にすべてを求めるのではなく、異なる強みを持つ人が持ち寄ることはできないでしょうか。
誰かの苦手を、別の人の強みや仕組みで迂回する。
そう考えると、これまで「できないことが多い人」と見えていた人にも、
その人だからこそ担える貢献
が見つかるかもしれません。
~次回予告~
障がいのある人たちと働くなかで学んだ仕事の再設計は、特別な人のためだけの方法ではありませんでした。
仕事の目的と成果を確認し、一人にすべてを求めず、異なる強みを組み合わせる。
その考え方は、やがて営業チームにも広がっていきます。
そして工場では、あるスタッフが、仲間を支えるために自分の新しい力を育てようとしていました。
誰かに勉強しろと言われたからではありません。
仲間を支えたいという思いから、初めて学ぶ理由が生まれました。
次回、
人を支える仕事が、人を育てた――仲間を休ませるため、彼は資格を取った
へ続きます。
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
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