実践するドラッカー 実践編 第81話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える⑧(全9話)
事例15-8 工場が週1回しか動かなくなった――『創造する経営者』と対話し、最悪を予算に入れる
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
ある金曜日、社会の動きが急速に止まり始めました。
ホテルの予約が取り消される。
宴会がなくなる。
観光客が消える。
客室で使われるはずだったシーツやタオルが、工場へ戻ってこなくなりました。
いわゆるコロナ禍の始まりです。
それまで一年中動いていたRRクリーニング社の工場は、あっという間に、
週に一度ほど動かせば仕事が終わる
ほどになりました。
設備が壊れたわけでもない。
働く人がいなくなったわけでもない。
洗うものが、突然なくなったのです。
燃料価格が上がったときには、別の燃料を探すことができました。
しかし、仕事そのものが消えたとき、何を変えればよいのか。
Rさんは、これまで経験したことのない問いの前に立たされました。
「潰すわけにはいかない」
RRクリーニング社には、ホテルや旅館のリネン、病院や医療施設の寝具、一般家庭のクリーニングなど、いくつかの事業の柱がありました。
すべての需要が消えたわけではありません。
しかし、宿泊客がいなければシーツもタオルも使われません。
ホテル向けの大きな仕事が、一気に細くなりました。
いつまで続くのか。
どこまで売上が落ちるのか。
顧客は戻ってくるのか。
誰にも分かりません。
そしてこの会社には、ほかの職場では働く機会を得にくかった人たちもいました。
仕事を分け、役割をつくり、その人の強みが成果になる場所を整えてきたからこそ、働き続けられている人たちです。
会社がなくなれば、失われるのは給料だけではありません。
働く場所。
仲間。
役割。
自分が誰かの役に立っているという実感。
社員たちの間にも、
「この会社を、簡単に潰すわけにはいかない」
という思いがありました。
しかし、思いだけでは会社は残せません。
だからこそRさんは、希望的な回復予測ではなく、最悪の状況を数字にすることから始めました。
「元に戻ること」を前提にしない
危機になると、
「いつ元に戻るのか」
を知りたくなります。
半年後には観光客が戻るのか。
来年には以前の売上になるのか。
しかし、「そのうち戻るだろう」という前提で資金を使えば、長期化したときに会社が持ちません。
逆に、恐怖に任せて人や設備を手放せば、仕事が戻ったときに立ち上がれなくなります。
そこでRさんは、問いを変えました。
「いつ元に戻るか」ではなく、
「元に戻らなくても、会社を存続させるにはどうするか」
そのとき何度も開いたのが、愛読していたドラッカーの『創造する経営者』でした。
本と対話しながら、現実を見る
コロナ禍でも、Rさんはオンラインでドラッカーの読書会を続けていました。
本を読む。
自分の現実へ引き寄せる。
問いを立てる。
ほかの人の意見を聞き、もう一度考える。
その習慣が、危機の中で役立ちました。
この会社は、何を守るのか。
危機後にも必要とされる仕事は何か。
どの前提が、もう成り立っていないのか。
今回の変化は一時的なのか。
本が直接の答えを教えてくれたわけではありません。
しかし、問いを持ち続けることで、漠然とした不安を具体的な判断へ変えることができました。
最悪の売上を、予算に入れる
それまでRRクリーニング社は、十数億円規模の売上がありました。
通常なら前年実績をもとに、
どこまで売上を伸ばすか。
利益をいくら残すか。
何へ投資するか。
と予算を組みます。
しかし、このとき必要だったのは、成長のための予算ではありません。
生き残るための予算でした。
Rさんは、売上がこれまでの計画の三分の二ほどまで落ちる可能性を想定しました。
年商十数億円の会社が、十億円を下回る水準になる。
そこまで落ちても、会社を残せる形を考える。
最悪に近い数字を先に置き、その中で何を守るかを決めたのです。
最悪を数字にすれば、
どこまでなら耐えられるのか。
どの支出を見直すのか。
どの資金を確保するのか。
何だけは失ってはいけないのか。
を具体的に考えられます。
悲観するための予算ではありません。
恐怖を、意思決定へ変えるための予算でした。
利益は、危機に備えるための余剰
ドラッカーは、企業の存続と利益について次のように述べています。
企業にとって第一の責任は存続することである。言い換えるならば、企業経済学の指導原理は利益の最大化ではない。損失の回避である。企業は事業に伴うリスクに備えるため、余剰を生み出さなければならない。リスクに備えるべき余剰の源泉は一つしかない。利益である。
損失回避という行動原理を身につける p.134
(『現代の経営[上]』p.60)
利益は、好調な年の成果を示す数字だけではありません。
予期しないことが起きたとき、
人をすぐに手放さずに済む。
設備を維持できる。
新しい仕事を探す時間を持てる。
そのための余剰でもあります。
第一話でRさんは、
「利益は、幸せの継続のため」
と考えるようになりました。
この危機では、その利益が、
働く人を守り、次の道を考えるための時間
になりました。
最初に決めたのは、「何を切るか」ではなかった
危機になると、まず経費削減を考えたくなります。
しかし、「何を切るか」だけから始めると、将来必要な力まで失う危険があります。
そこでRさんは、先に何を守るのかを決めました。
働く人たちの生活。
医療や暮らしを支える仕事。
顧客との信頼。
仕事が戻ったときに応えられる設備や能力。
すべてを残すことはできません。
だからこそ、優先順位を決める。
削減は目的ではなく、守るべきものを残すための手段でした。
洗濯がなければ、別の仕事を探す
しかし、雇用を守りたくても、洗濯物そのものがありません。
公的な支援を利用できる人もいましたが、全員を同じ制度で支えられるわけではありませんでした。
特に、毎日会社へ来て、仲間と役割を持つこと自体が暮らしを支えている人たちに、
「仕事がないので家にいてください」
で終わらせるわけにはいきません。
そこでRさんたちは、工場の中だけで仕事を探すことをやめました。
農作業。
草刈り。
屋外の整備。
地域の人材組織などともつながりながら、働く人たちが担える仕事を探します。
「クリーニング会社なのだから、洗濯をする」
と考えれば、需要が戻るのを待つしかありません。
しかし、会社の目的を、
「地域に必要な仕事をつくり、人が役割を持てるようにすること」
と考えれば、選択肢は広がります。
仕事の種類は変わっても、人が貢献できる場所をつくるという目的は変わりませんでした。
「元に戻す」だけが回復ではない
コロナ禍は突然起こりました。
しかし、その前から変化は進んでいました。
宴会需要の変化。
家庭向けクリーニングの減少。
人口減少と高齢化。
宿泊業界の人手不足。
今回の危機は、それまで進んでいた変化を一気に表面化させたとも考えられます。
ドラッカーは、変化について次のように述べています。
新しいものを生み出す機会となるものが変化である。イノベーションとは、意識的かつ組織的に変化を探すことである。
変化はニュートラルである p.216
(『イノベーションと起業家精神』p.15)
変化は、通り過ぎるまで耐えるものだけではありません。
何が必要とされなくなったのか。
代わりに、何が必要になったのか。
どこで仕事がなくなり、どこで人手が足りないのか。
その変化の中に、新しい仕事の入口があります。
以前と同じ売上へ戻すことだけが、回復ではありません。
過去の事業の形ではなく、会社が果たすべき役割を守る。
そのために、事業の形を変える必要がありました。
売上が落ちても、会社は残せる
Rさんたちは、最悪を想定した予算をもとに、事業と費用を一つずつ見直しました。
残すべき能力。
延期できる費用。
縮小すべき事業。
売上が戻らなくても続ける仕事。
実際の売上は、危機前から大きく減りました。
それでも、想定した最悪の水準は上回り、会社は数千万円規模の利益を残すことができました。
危機が軽かったからではありません。
早い段階で、
「以前の売上が戻る」
という前提を手放し、
小さくなった市場でも存続できる会社へ構造を変えたからです。
予算は、未来を正確に当てるためのものではありません。
「ここまで悪くなったら、どうするか」
を先に考え、
どんな状況でも守るものを決めるための道具
でもあります。
目的は変えず、道を変える
工場の稼働日は変わりました。
仕事の種類も、働く場所も、予算の規模も変わりました。
しかし、Rさんたちが守ろうとしたものは変わりませんでした。
地域に仕事があること。
働く人が役割を持てること。
顧客に必要なサービスを届け続けること。
だからこそ、従来の仕事の形には固執しませんでした。
工場で洗濯する仕事がなければ、地域の別の仕事を探す。
以前の売上が戻らないなら、小さくても存続できる構造へ変える。
守るべきものが明確だったからこそ、変えるべきものを変えられた。
それが、この危機でのRRクリーニング社の経営でした。
【今日の問い】
Q:会社を存続させるために、何を守り、何を新しく生み出す必要があるでしょうか。
危機の中では、二つの判断が必要です。
一つは、失ってはいけないものを守ること。
働く人。
顧客との信頼。
社会に必要な仕事。
会社が果たしてきた役割。
もう一つは、これまでのやり方に固執せず、新しい仕事や仕組みを生み出すことです。
守ることだけを考えれば、変化への対応が遅れます。
変えることだけを急げば、会社の目的まで失うかもしれません。
だからこそ、
目的は守る。
けれど、その目的へ至る道は変える。
あなたの会社が、どんな状況でも残すべきものは何でしょうか。
そして、それを守り続けるために、変えなければならないものは何でしょうか。
~次回予告~
危機の中でRさんたちは、クリーニング需要が戻ることだけを待たず、地域に必要な仕事を探しました。
そこで、あらためて一つの問いが浮かびます。
守ろうとしているのは、本当に「クリーニング会社」という形なのか。
それとも、地域に仕事があり、人が役割を持てる状態なのか。
次回、最終話。
クリーニング会社を守るのではなく、地域の仕事をつくる――価値が循環する会社へ
へ続きます。
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