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実践するドラッカー 実践編 第50話:「何屋か」をやめて事業が広がった~ある鈑金塗装業の実践④(全5話)

事例10-4 「塗る」という強みが、新しい市場をひらいた

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

前回は、Jさんが自社の仕事を分解し、「業種名」ではなく「機能」で見ることで、予期せぬ相談を受け止めていく過程を見てきました。

今回は、その「機能で見る」という視点がさらに広がり、まったく別の市場をひらいていく過程を追います。

自分の所は、ここだけではない

この頃、Jさんはもう一つの問いを持ち始めていました。

「自分は所を得ているか」

地元には、自動車鈑金塗装業者が数多くありました。決して大きな都市ではないにもかかわらず、同業者は多い。一方で事故は減っている。

市場は縮んでいる。競争相手は多い。仕事の入口は、損傷が起きた後に限られている。

この場所に立ち続けることは、本当に自社にとってよいのか。

Jさんはそう考えました。

さらに視野を広げると、自動車業界そのものの変化が見えてきます。

安全装置が増え、電子制御が増え、ソフトウェアの更新で機能が変わる車が登場している。部品がメーカー外に出回らなくなれば、町の鈑金屋が直せる車は限られてくる。

「このままでは、未来の自動車鈑金塗装業は成り立たなくなるかもしれない」

それは悲観ではなく、変化を正面から見ようとする姿勢でした。

「自分の場所は、ここだけではない」

事業は、顧客の欲求によって定義される

ここでドラッカーの言葉を見てみます。

事業は、社名や定款や設立趣意書によって定義されるのではない。顧客が財やサービスを購入することにより満足させる欲求によって定義される。顧客を満足させることが企業の目的でありミッションである。したがって「われわれの事業は何か」との問いは、企業を外部すなわち顧客と市場の観点から見て、初めて答えられる。

—— 『実践するドラッカー 事業編』第8章 われわれの事業は何か
その定義は現在も有効か p.250
(出典:マネジメント(上)p.99)

「自動車鈑金塗装業」という定義は、業種名による定義です。

しかしドラッカーが言うように、事業を定義するのは顧客の欲求です。

Jさんのお客様が本当に求めていたのは何か。

「車をきれいに直してほしい」ではなく、「車を長く安全に使い続けたい」。

「傷を消してほしい」ではなく、「この車を、できるだけ長く乗り続けたい」。

その欲求から事業を定義し直した時、「自動車鈑金塗装業」という枠は小さすぎました。

そしてその欲求は、車の世界だけにあるものでもありませんでした。

キャンピングカーの相談から始まった

新しい展開の入口は、あるお客様からの相談でした。

「車内を清潔に保ちたい。何か方法はないか」

キャンピングカーを貸し出す仕事に関わっているお客様で、多くの人が乗る車内を衛生的に保ちたいという悩みを持っていました。感染症への不安が高まっていた時期でもあり、ニーズは切実でした。

Jさんは探します。

そして出会ったのが、二酸化チタンを微粒子化した光触媒コーティングでした。

光が当たることで化学反応が起き、抗菌・抗ウイルス・消臭・防汚の効果が期待できる。LEDの光でも反応するため、室内でも使える。効果は数年持続する。

そして施工方法は、スプレーガンで吹き付けるものでした。

Jさんはすぐにわかりました。

「これは、自分たちにできる」

特別な設備も、特別な資格も必要ない。
長年使ってきたスプレーガンの知識がそのまま活きる。
新しいことを始めるようで、実は自分たちの延長線上にある仕事でした。

車だけではなかった

施工を始めてみると、すぐに気づきました。

これは、車の中だけに使うものではない。

飲食店のカウンター。
人が頻繁に触れる場所。
看板。
清潔さを保ちたい空間。

汚れを防ぎたい場所は、どこにでもあります。

Jさんが持っていたのは、材料の知識だけではありませんでした。

どう吹き付ければよいか。
どの道具を選ぶか。
施工前に何をきれいにしておくべきか。
ムラなく仕上げるにはどうするか。

「現場で使える知識」がありました。

材料を持っている人はいる。
でも、現場でどう施工すればよいかわからない人は多い。

そこに、Jさんの経験が価値を持ちます。

「知識ごと提供する」仕事が生まれた

光触媒の取り組みが広まるうちに、Jさんの役割が変わっていきました。

自分で施工するだけでなく、「どう扱えばよいか」を教える立場が生まれたのです。

建具屋さん、リフォーム業者、別の業種の会社から相談が来ます。

「光触媒を自分たちでも使いたい。でもスプレーガンの使い方がわからない」

どんなガンを選べばよいか。
どう吹けばムラがないか。
どの場所に向いていて、どこには不向きか。

それはJさんにとって当たり前の知識でした。
しかし別の業種の人にとっては、「ぜひ教えてほしいこと」でした。

自社では当たり前の知識が、別の業界では希少な価値になる。

「塗って対価をもらう」という形から、「知識を持って、仕事を一緒に広げる」という形へ。仕事のあり方が、少しずつ変わっていきました。

銀イオン、そして特殊塗装へ

光触媒の取り組みをしていると聞いた人から、今度は銀イオンコーティングの相談が入ります。

「施工方法がわからない。アドバイスしてほしい」

光触媒は光がないと反応しません。しかし銀イオンは、光が届かない場所でも使えます。エアコンのフィルター内部、車内の空調まわり、においがこもりやすい場所——。

ここでも求められたのは「どう塗るか」という知識でした。

材料も機能もある。
でも、現場でどう扱えばよいかわからない。
その問いに答えられる人が、Jさん以外にいなかったのです。

さらに、高耐久のウレタン塗装材についても展開が生まれます。

アメリカなどのピックアップトラックに使われる、表面がざらざらと硬く仕上がる特殊な塗料です。傷や衝撃に強く、荷台や外装の保護に使われますが、カスタムを楽しむ層にも広まっていました。

お客様からの相談をきっかけにメーカーへ問い合わせると、相手はJJ社のホームページを見てすぐに判断しました。

「この会社には、塗る技術がある」

JJ社は名古屋圏の代理店として認められることになりました。

防錆に来たお客様が「バンパーもこれで」「荷台に使いたい」と言う。防錆だけだった仕事に、自然にオプションが加わっていきました。

【今日の問い】

Q:自社では当たり前に使っている技術や知識が、 別の市場では「ぜひ教えてほしいこと」になるとしたら、 それは何でしょうか。

解説

ドラッカーが言うように、事業は業種名や社名では定義されません。顧客の欲求によって定義されます。

「自動車鈑金塗装業だから、車の仕事だけ」と見るのか。「お客様が長く安全に使えるように守りたい、という欲求に応えるのが自分たちの仕事だ」と見るのか。

この見方の違いが、仕事の広がりを決めます。

Jさんにとって「塗る」「吹き付ける」「スプレーガンを扱う」という技術は、鈑金塗装業の中では当たり前でした。しかし光触媒や銀イオン、特殊塗装の世界では、その施工知識が価値になりました。

材料はある。機能もある。でも、現場でどう扱えばよいかわからない。その問いに答えられる人が、ほかにいなかったのです。

自社では当たり前の技術が、別の場所では希少な価値になる。

その気づきは、顧客の欲求から事業を定義し直した先に、見えてくるものかもしれません。

次回は、Jさんが従業員の将来を思って取った行動が、思わぬ仕事につながっていく話から始めます。

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