実践するドラッカー 実践編 第57話:ドラッカーは、会社の共通言語になる——商人の知恵が受け継がれる地域で育った、8年の実践記⑥(全7話)
事例11-6 良き意図を持った“秩序”が、組織に力を生む
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回は、ドラッカーのマネジメントが、KK社にとって仕事をつなぐ“共通のものさし”になっていったことを見てきました。
成果とは何か。
顧客への貢献とは何か。
強みをどう生かすか。
何に集中し、何をやめるか。
そうした問いを共有することで、日々の仕事はバラバラなものではなく、つながりの中で見えるようになっていきました。
けれど、共通のものさしを持つことには、もう一つ大切な問いがあります。
それは、
そのものさしを、どのような意図で使うのか
という問いです。
どれほど優れた考え方も、どれほどよくできた仕組みも、使う側の意図によって、まったく違うものになります。
人を生かすために使われるのか。
人を縛るために使われるのか。
同じ言葉でも、同じ仕組みでも、その背後にある価値観によって、組織にもたらすものは大きく変わります。
Kさんが次に語った言葉は、そのことをよく表していました。
「良き意図による宗教」
少し敬遠したくなるような、強く聞こえる表現です。
会社の中で「宗教」という言葉を使うと、押しつけや同調圧力のように受け止められるかもしれません。
けれどKさんは、その言葉を、人を縛るものとして使ったのではありません。
会社の中に、共通の価値観や信頼、連帯感が育っていく。
一人ひとりがバラバラに動くのではなく、同じ方向を見ながら、それぞれの強みを生かしていく。
その感覚を、Kさんはあえて「良き意図による宗教」と表現したのだと思います。
近江商人の知恵が息づく地域で
KK社があるのは、関西の東側、古くから商人の知恵が受け継がれてきた地域です。
そこには、近江商人の「三方よし」に代表される考え方が、今も身近に残っています。
売り手よし。
買い手よし。
世間よし。
この言葉を、社員全員が日々意識して語っていたわけではないかもしれません。
けれど、その地域で育ち、その地域で働き、その地域のお客様と向き合う中で、知らず知らずのうちに共有されている感覚があったのではないでしょうか。
自分たちだけがよければよいわけではない。
一度の取引だけでなく、長い関係を大切にする。
お客様に迷惑をかけてはいけない。
信用を裏切ってはいけない。
商売は、地域や世間との関係の中にある。
そうした感覚は、明文化されていなくても、会社の中にある文化として息づいていたのだと思います。
Kさんがドラッカーのマネジメントを会社に根づかせていったとき、その土台には、こうした地域に息づく文化がありました。
ドラッカーのマネジメントは、外から持ち込まれた理論ではあります。
けれどKさんは、それを会社に機械的に当てはめたわけではありませんでした。
むしろ、もともと地域や会社の中にあった感覚を、もう一度言葉にし、考える対象にし、磨き直していったのだと思います。
基本と原則を、文化や状況に応じて適用する
ドラッカーは、『マネジメント[エッセンシャル版]』の「日本の読者へ」の中で、次のように述べています。
第一に、マネジメントには基本とすべきもの、原則とすべきものがあるということだった。
第二に、しかし、それらの基本と原則は、それぞれの企業、政府機関、NPOの置かれた国、文化、状況に応じて適用していかなければならないということだった。(中略)
そして第三に(中略)いかに余儀なく見えようとも、またいかに風潮がなっていようとも、基本と原則に反するものは、例外なく破綻するという事実だった。基本と原則は、状況に応じて適用すべきものではあっても、断じて破棄してはならないものである。
この言葉は、Kさんの実践を考えるうえで、とても大切な手がかりになります。
ドラッカーのマネジメントには、基本と原則があります。
けれど、それはどの会社にも同じ形で貼りつけるものではありません。
その会社が置かれた地域。
受け継がれてきた文化。
事業の歴史。
社員の感覚。
お客様との関係。
そうしたものに応じて、適用していくものです。
KK社の場合、その土台には、近江商人の知恵が息づく地域文化がありました。
「三方よし」と「顧客への貢献」。
「商いの信用」と「成果」。
「人を大切にする感覚」と「強みを生かす」。
「続いていく事業」と「利益」。
ドラッカーの言葉は、その文化を押し替えたのではありません。
むしろ、もともと会社の中にあった良き感覚を、もう一度言葉にし、考える対象にし、磨き直す役割を果たしたのではないでしょうか。
だからこそ、KK社のドラッカー実践は、単なる勉強会にとどまりませんでした。
地域に息づく文化と、ドラッカーの基本と原則が重なり合うことで、会社の中に“良き秩序”が育っていったのです。
原則を曲げると、支配に近づく
状況に応じて適用することと、基本と原則を曲げることは違います。
会社には、それぞれ事情があります。
人員の制約があります。
地域の事情があります。
業界の慣習があります。
社内の歴史があります。
今すぐには変えられない現実があります。
だから、マネジメントの原則を、現実に合わせて適用する必要があります。
けれど、現実が厳しいからといって、基本と原則そのものを捨ててよいわけではありません。
人を生かすこと。
顧客への貢献を考えること。
成果に責任を持つこと。
強みを生かすこと。
仕事に意味を見出せるようにすること。
こうした原則を捨ててしまえば、どれほど合理的に見える仕組みでも、やがて人を疲弊させます。
一見、仕方がないように見えることがあります。
忙しいから、数字だけで管理する。
余裕がないから、人の事情を聞かない。
成果が必要だから、目標だけを押しつける。
組織のためだから、個人の強みや価値観を後回しにする。
そのときは、やむを得ないように見えるかもしれません。
けれど、基本と原則に反するものは、やがて破綻する。
ドラッカーの引用は、そのことを静かに、しかし強く示しています。
目標管理も、時間管理も、人材育成も、それ自体は大切な道具です。
けれど、その背後にある価値観によって、人を生かす道具にも、人を縛る道具にもなります。
目標管理は、人の成長を促し、未来の可能性を広げるための道具です。
目標を持つことで、今の自分に何ができているのかが見える。
次にどの力を伸ばせばよいのかが見える。
どの成果に向かって、自分の強みを使えばよいのかが見える。
本来、目標管理は、人を小さく閉じ込めるためのものではありません。
けれど、価値観を間違えれば、人を追い詰めるための道具にもなります。
数字を達成しているかどうかだけで人を見る。
目標未達を責めるために使う。
本人の強みや状況を見ずに、上から決めた数字だけを押しつける。
そうなると、目標管理は人を生かすものではなくなります。
時間管理も同じです。
本来は、成果に集中するために時間を使うものです。
何に集中し、何をやめるかを考えるためのものです。
けれど、価値観を間違えれば、人の時間を監視し、管理し、奪うための道具になります。
時間を守ることだけが目的になり、何のために時間を使うのかが見えなくなる。
そうなると、時間管理は成果を上げるためのものではなく、人を縛るものになります。
人材育成も同じです。
本来は、その人の強みを生かし、成果につなげるためのものです。
けれど、価値観を間違えれば、会社にとって都合のよい人間につくり替えることにもなりかねません。
本人の強みではなく、足りないところばかりを見る。
その人らしさよりも、扱いやすさを求める。
成長という名のもとに、会社の都合に合わせて人を型にはめる。
そうなると、人材育成は、人を生かすものではなく、人を所有する感覚に近づいていきます。
マネジメントの道具は、価値観と切り離せません。
何のために目標を持つのか。
何のために時間を管理するのか。
何のために人を育てるのか。
そこに良き意図がなければ、マネジメントは簡単に支配へと傾いてしまいます。
だからこそ、Kさんは「良き意図」という言葉を添えたのだと思います。
支配する意図ではないから、信頼して任せられる
良き意図は、制度の設計にも表れます。
Kさんの実践で印象的なのは、ドラッカーを学ぶ場を、単なる精神論にしなかったことです。
「大切だから読んでおいてください」
「自分で勉強しておいてください」
「わかる人だけついてきてください」
そういう形にはしませんでした。
勤務時間内に学ぶ。
少人数で読書会を行う。
最大でも5人程度にする。
新入社員にも自然に学ぶ機会をつくる。
そして、予習や復習の時間も、在宅勤務の扱いにしました。
これは、単に学びやすくするための制度ではありません。
そこには、社員への信頼があります。
社員が、その時間を本当に学びのために使ってくれる。
自分の仕事をよりよくするために、ドラッカーの言葉と向き合ってくれる。
読書会での学びを、自分の仕事やチームへの貢献につなげようとしてくれる。
そう信じることができたからこそ、Kさんはその判断ができたのだと思います。
もし、マネジメントの意図が支配や監視であれば、在宅での学習時間を勤務として認めることは難しかったかもしれません。
本当に勉強しているのか。
さぼっているのではないか。
成果に直結しない時間ではないか。
そのような疑いが先に立てば、制度は細かな管理に向かいます。
けれど、Kさんの実践は違いました。
人は、自分の仕事をよりよくしたいと思っている。
学ぶ機会があれば、自分の強みや貢献を考えようとする。
会社が信じれば、社員もその信頼に応えようとする。
そうした人への見方があったからこそ、在宅勤務で読書会のための勉強時間を充てるという決定もできたのではないでしょうか。
支配する意図ではないから、信頼して任せることができる。
これは、KK社のドラッカー実践を支えていた大切な前提だったように思います。
良き秩序は、人を同じにしない
秩序とは、人を同じにすることではありません。
同じ考え方にそろえる。
同じ言葉だけを使わせる。
同じ行動だけをよしとする。
それは、良き秩序ではありません。
良き秩序とは、違いを持った人たちが、安心して力を発揮できる土台です。
ある人は、前に出て人を引っ張ることが得意かもしれません。
ある人は、静かに全体を整えることが得意かもしれません。
ある人は、細かな違和感に気づくことが得意かもしれません。
ある人は、お客様の立場に立って考えることが得意かもしれません。
それぞれの強みは違います。
けれど、何を大切にする組織なのかが共有されていれば、違いはバラバラなものではなく、組織の力になります。
基本と原則は、違いを消すためにあるのではありません。
違いを成果につなげるためにあります。
だからこそ、状況に応じて適用する必要があります。
けれど、断じて破棄してはならないのです。
秩序が、エネルギーを引き出す
良き意図を持った秩序は、人を押さえつけるものではありません。
むしろ、人のエネルギーを引き出します。
何を大切にする会社なのかがわかる。
どのような判断が歓迎されるのかがわかる。
自分の強みをどこで生かせるのかが見える。
自分の仕事が誰への貢献につながっているのかが見える。
そうした土台があると、人は安心して動けます。
安心して動けるから、自分で考えられる。
自分で考えられるから、強みを生かせる。
強みを生かせるから、成果につながる。
Kさんが8年かけて育ててきたものは、単なる読書会ではありませんでした。
共通の言葉。
共通の問い。
共通の価値観。
そして、それらを人を生かすために使うという良き意図。
それらが重なり合って、KK社の中に、働く人を生かす秩序が育っていったのです。
【今日の問い】
あなたの会社やチームで行っている目標管理や時間管理、人材育成からは、どのような意図を感じるでしょうか。
人を信頼し、成長を促そうとする意図でしょうか。
成果に集中し、未来の可能性を広げようとする意図でしょうか。
それとも、失敗を防ぎ、行動を細かく管理し、人を都合よく動かそうとする意図でしょうか。
制度や仕組みは、それ自体で良し悪しが決まるわけではありません。
大切なのは、その制度を何のために使うのかです。
もし、あなたの会社やチームが理想とする姿を目指すなら、目標管理、時間管理、人材育成は、どのような制度設計になるでしょうか。
人を縛るためではなく、人を生かすために。
監視するためではなく、信頼を育てるために。
過去の不足を責めるためではなく、未来の可能性を広げるために。
あなたの会社やチームでは、マネジメントの仕組みに、どのような良き意図を込めていきたいでしょうか。
~次回予告~
ドラッカーの言葉は、KK社の中で少しずつ共通言語になっていきました。
言葉が、出来事を切り取る。
問いが、仕事をつなげる。
価値観が、良き秩序をつくる。
その積み重ねの中で、Kさんが最後に強く感じたことがあります。
それは、トップ自身が学び続けることの大切さでした。
組織に学びを求めるなら、まずトップ自身が学び続けなければならない。
人を生かす組織をつくりたいなら、トップ自身が自分の姿勢を問い続けなければならない。
次回は最終回です。
Kさんが8年の実践を通じて見出した、トップが学び続ける意味と、「働く人を生かす」という約束について見ていきます。
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