実践するドラッカー 実践編 第71話:守るために、外を見る――地域病院に起きたドラッカー実践記④(全6話)
事例14-4 地域に何ができるか――コロナ禍で見えたNN病院の役割
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
不安の中で、問いは外へ向かった
「成果は外にある」
Nさんがこの言葉に出会ってから、病院の中で起きている出来事の見え方は少しずつ変わっていきました。
透析センターでは、患者さんの生命予後に目を向けました。
看護部では、夜間のオムツ交換という慣例を見直しました。
広報委員会では、「上から言われたからやる」広報ではなく、地域住民のための広報へと目的を問い直しました。
こうした実践を通して、Nさんの中で確かになっていったことがあります。
病院の仕事は、病院の中だけで完結するものではない。
病院の成果は、患者さんや地域の人たちの変化の中にある。
だからこそ、問いはいつも外に向かっていなければならない。
その視点が、さらに大きく問われたのが、コロナ禍でした。
感染への不安。
院内感染への緊張。
職員の疲労。
患者さんや家族の不安。
地域から寄せられる期待。
医療機関にとって、コロナ禍は極めて厳しい時期でした。
病院を守る。
職員を守る。
患者さんを守る。
そのどれもが大切です。
けれども、守ることだけに意識が向くと、問いは内側に閉じていきます。
批判されないためにどうするか。
リスクを避けるにはどうするか。
どこまで引き受けるべきか。
これ以上、負担を増やさないためにはどうするか。
もちろん、そう考えざるを得ないほどの緊張がありました。
しかしNさんたちは、そこで改めて問い直しました。
この地域にとって、NN病院は何のためにあるのか。
いま、地域の人たちは何に困っているのか。
NN病院だからこそ、引き受けられる役割は何か。
不安の中で、問いは外へ向かっていきました。
急性期病院ではないからこそ、できること
Nさんが勤務するNN病院は、いわゆる急性期病院ではありません。
高度急性期の医療を担う病院とは、役割が違います。
設備も、人員も、地域の中で期待されている機能も異なります。
生命の危機にある重症患者の治療や、障害された呼吸機能の回復などの対応はできないのです。
だからといって、何もしなくてよいわけではありません。
むしろ、急性期病院ではないからこそ、できることがありました。
急性期病院に患者さんが集中すれば、地域医療全体が苦しくなっていきます。
一方で、地域の中には、急性期病院でなくても支えられる患者さんや、相談先を必要としている人たちがいます。
NN病院は、自分たちの役割を問い直しました。
自分たちは急性期病院ではない。
では、何ができるのか。
何を引き受ければ、地域全体の医療を支えることにつながるのか。
ここでも中心にあったのは、「成果は外にある」という視点でした。
病院の都合から考えるのではなく、地域の困りごとから考える。
自分たちに足りないものだけを見るのではなく、自分たちの機能をどこに生かせるかを考える。
その問いから、具体的な取り組みが始まっていきました。
地域の不安に応える
NN病院は、まず予防接種への協力に取り組みました。
感染拡大への不安が続く中で、予防接種は地域の人たちにとって大きな関心事でした。
高齢の方、基礎疾患のある方、仕事や家庭の事情を抱える方。
多くの人が、安心して接種を受けられる場を必要としていました。
地域に根差した病院として、NN病院が果たせる役割がありました。
また、病院のない近隣地域への支援も行いました。
第1回でも触れたように、近隣には、地域医療を支えていた総合病院がなくなってしまったところもありました。
病院がない地域では、医療機関へのアクセスが不安定になります。
体調を崩したとき、どこに相談すればよいのか。
必要な支援を、どう受ければよいのか。
そうした地域に対して、NN病院ができる支援を考えていきました。
そして、もう一つ大きな取り組みがありました。
コロナ「後遺症」患者の受け入れです。
行き場のない不安を受け止める
当時はコロナ後遺症については、まだ十分に理解が進んでいない時期でもありました。
症状は人によってさまざまです。
強い倦怠感。
息苦しさ。
集中力の低下。
味覚や嗅覚の異常。
不安や抑うつ。
日常生活に支障が出ているのに、どこに相談すればよいのかわからない。
検査では大きな異常が見つからないのに、つらさは続いている。
仕事や学校、家庭生活に戻りたくても戻れない。
そんな患者さんたちがいました。
その後遺症患者の受け入れに、NN病院は早い段階に手を挙げました。
コロナ後遺症についてまだよくわかっていない時期だったため、医療崩壊への惧れから周辺地域の病院ではまだ受け入れをしていなかったのです。
たしかに自分たちは、急性期病院ではない。
けれども、最前線で必死にコロナ禍に対応している急性期病院を支えることはできる。
行き場のない不安を抱えている患者さんを受け止めることはできる。
地域の中で、こぼれ落ちそうになっている人に手を伸ばすことはできる。
Nさんたちは、そこに自分たちの役割を見出しました。
結果として、NN病院は、地域の中で最も多くの後遺症患者を受け入れる病院の一つになっていきます。
急性期病院からも「助かった」と言われるようになりました。
その言葉は、Nさんたちにとって大きな意味を持ちました。
自分たちの病院が、地域医療の中で確かに役割を果たしている。
急性期病院を支え、患者さんの不安を受け止め、地域全体の医療を支える一部になっている。
それは、厳しい状況の中で働く人たちにとって、大きな励みになりました。
貢献は、勇気を与える
コロナ禍の医療現場には、たくさんの不安がありました。
感染させてはいけない。
感染してはいけない。
批判されてはいけない。
患者さんを守らなければならない。
職員を守らなければならない。
守るべきものが多いほど、人は疲弊していきます。
しかし、貢献は、人に負担だけをもたらすものではありません。
貢献は、働く人に意味を与えます。
自分たちの仕事が、誰かの役に立っている。
地域の中で必要とされている。
困っている人の支えになっている。
そう感じられるとき、人は困難の中でも前に進む力を得ます。
NN病院にとって、コロナ禍は非常に厳しい時期でした。
けれども同時に、自分たちの役割を問い直す時期でもありました。
私たちは何者なのか。
地域にとって、どんな存在なのか。
急性期病院ではない私たちだからこそ、できることは何か。
この問いが、Nさんたちに勇気を与えていきました。
組織は、存在することが目的ではない
ドラッカーは、こう述べています。
組織は存在することが目的ではない。種の永続が成功ではない。(中略)組織は社会の機関である。外の環境に対する貢献が目的である。
自己開発の本質 p.92
(非営利組織の経営 p.211)
この言葉は、NN病院のコロナ対応を考えるうえで、とても重要です。
病院を存続させることは大切です。
地域に一つしかない総合病院であれば、なおさらです。
けれども、病院が存在し続けること自体が目的なのではありません。
病院は、地域の人たちの健康と安心を支えるためにあります。
困っている患者さんを受け止めるためにあります。
他の医療機関とともに、地域医療を支えるためにあります。
つまり、病院は社会の機関です。
その目的は、外の環境に対する貢献にあります。
Nさんにとって、「病院を守る」という言葉は、長い間、重荷であり、重圧でもありました。
病院を存続させなければならない。
地域医療を途切れさせてはならない。
職員を守らなければならない。
家族の歴史を守らなければならない。
その思いは大切です。
けれども、病院を守ることだけが目的になると、どうしても内側の不安に飲み込まれやすくなります。
一方で、地域への貢献から考えると、病院を守る意味が変わっていきます。
病院を守るとは、建物や組織を守ることだけではありません。
患者さんの安心を守ること。
地域の医療を守ること。
急性期病院を支える役割を果たすこと。
行き場のない不安を抱える人を受け止めること。
そう考えたとき、病院の存続は目的そのものではなく、地域に貢献し続けるための条件になります。
NN病院がコロナ禍で取り組んだことは、まさにその実践でした。
予防接種への協力。
病院のない近隣地域への支援。
コロナ後遺症患者の受け入れ。
それらは、単なる対応業務ではありませんでした。
NN病院が、地域の中でどんな役割を果たすのかを問い直す実践でした。
外を見ることで、自分たちの役割が見えてくる
厳しい状況になるほど、組織は内側を見がちです。
自分たちをどう守るか。
負担をどう減らすか。
批判をどう避けるか。
できない理由は何か。
もちろん、それらを考えることも必要です。
けれども、そこだけを見ていると、組織は次第に縮こまっていきます。
外を見ることで、自分たちの役割が見えてくることがあります。
地域の人たちは、何に困っているのか。
他の医療機関は、どこで困っているのか。
自分たちの強みや機能は、どこで役に立つのか。
いま引き受けるべき貢献は何か。
Nさんたちは、コロナ禍の中で、その問いを持ち続けました。
その結果、NN病院は自分たちの立ち位置を少しずつ明確にしていきました。
急性期病院ではない。
しかし、地域医療の中で果たすべき役割がある。
患者さんの不安を受け止め、他の医療機関を支え、地域の安心を支える役割がある。
成果は外にある。
その言葉は、コロナ禍の中でも、Nさんたちが自分たちの役割を見失わないための支えになっていました。
【今日の質問】
Q:あなたの組織は、困難な状況の中で、誰のどんな困りごとに貢献できるでしょうか?
困難な状況になると、私たちはまず自分たちを守ろうとします。
それは自然なことです。
組織を守ること、人を守ること、事業を続けることは、どれも大切です。
けれども、自分たちの内側だけを見ていると、いつの間にか組織の役割が見えにくくなることがあります。
お客様は、何に困っているのでしょうか。
地域の人たちは、何を必要としているのでしょうか。
取引先や関係機関は、どこで支えを求めているのでしょうか。
自分たちの強みや機能は、どこで役に立つのでしょうか。
すべてを引き受ける必要はありません。
できないことまで背負う必要もありません。
けれども、自分たちだからこそできる貢献は何かを問い直すことはできます。
その問いは、組織に意味を与えます。
働く人に勇気を与えます。
そして、困難な状況の中でも前に進む力になります。
Nさんたちのコロナ対応は、病院を守ることと、地域に貢献することが別々ではないことを教えてくれます。
~次回予告~
次回は、ドラッカーの学びが、NN病院の意思決定をどのように変えていったのかを見ていきます。
以前は、だれかの発言が「鶴の一声」のように受け止められ、物事が決まってしまうこともありました。
またNさん自身も、気になる問題をその都度、五月雨式に伝えていたところがありました。
しかし、『実践するドラッカー』を用いた読書会を始めると、院内に少しずつ共通の言葉が生まれていきます。
成果。
貢献。
強み。
意思決定。
集中。
共通の言葉が生まれることで、問題提起や解決策の提案はどう変わっていったのか。
次回は、読書会が生んだ「組織のものさし」について見ていきます。
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