実践するドラッカー 実践編 第53話:ドラッカーは、会社の共通言語になる——商人の知恵が受け継がれる地域で育った、8年の実践記②(全7話)
事例11-2 リーダーの言葉が変わった日
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
Kさんが会社に持ち込もうとしたのは、単なる経営知識ではありませんでした。
成果とは何か。
貢献とは何か。
自分の強みは何か。
仕事を通じて、どのような価値を生み出しているのか。
そうした問いを、社員と一緒に考える場をつくることでした。
地元で開かれていた小さな読書会でドラッカーに出会い、さらに神戸の読書会で多様な人たちの受け止め方に触れたKさんは、ドラッカーの言葉が会社の中にも必要だと感じるようになっていました。
ひとりで描いてきた構想を、社員と共有できる言葉にしていく。
そのためにKさんは、地元の社労士の先生をKK社に招き、社内でドラッカーを学ぶ場をつくることにしました。
最初から、すんなり広がったわけではない
社内読書会は、まず全社員で始まりました。
その後、リーダー層にも対象を広げていきます。
とはいえ、最初から皆が前向きに受け入れたわけではありません。
日々の仕事があります。
目の前の業務があります。
お客様への対応もあります。
その中で、読書会の時間を取る。
ドラッカーの本を読む。
自分の仕事について考え、言葉にする。
それは、社員にとってもリーダーにとっても、決して軽いことではありませんでした。
特にリーダーたちは、現場を動かす立場にあります。
仕事を進める責任があります。
部下への対応もあります。
日々の判断もあります。
そこに読書会が入ってくると、最初はどうしても「また新しい取り組みが始まった」という受け止め方になりやすいものです。
Kさんも、その空気を感じていました。
リーダーたちは、最初から前のめりだったわけではありません。
戸惑いもあった。
時には、どこか気が進まない様子もあった。
それでもKさんは、読書会を一度きりのイベントにはしませんでした。
続けることで、言葉が身体に入っていく
読書会をしたからといって、翌日から会社が劇的に変わるわけではありません。
リーダーの言葉が一瞬で変わる。
社員の行動がすぐに変わる。
会議の質が突然変わる。
そんなことは、なかなか起こりません。
けれど、学びは少しずつ積み重なります。
同じ本を読む。
同じ言葉に触れる。
自分の仕事に引き寄せて考える。
他の人の考えを聞く。
また日常の仕事に戻る。
その繰り返しの中で、最初は本の中にあった言葉が、少しずつ自分の仕事の言葉になっていきます。
「成果」という言葉。
「貢献」という言葉。
「強み」という言葉。
「時間」という言葉。
「仕事を通じて人を生かす」という考え方。
はじめは、読書会の場でしか使われなかった言葉かもしれません。
けれど、何度も読み、何度も話し、何度も自分の仕事に照らして考えるうちに、その言葉は少しずつ身体に入っていきます。
Kさんは、リーダーたちとともに、3年、4年と学びを続けていきました。
言葉がそろうと、仕事の会話が変わる
ドラッカーの学びを続ける意味は、単に知識が増えることだけではありません。
同じ言葉を使って、仕事について話せるようになること。
これが、組織にとって大きな意味を持ちます。
『実践するドラッカー[チーム編]』には、次のような言葉が紹介されています。
ソクラテスは「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と説いた。
半分も伝わらないことを前提とするp.178
(マネジメント エッセンシャル版 p.158)
大工と話すときに、大工の言葉を知らなければ、会話は深まりません。
たとえば「スミツボ」や「サゲフリ」といった大工道具の名を知らずに、現場の仕事の段取りについて具体的に話すことは難しいでしょう。
同じことは、現代の仕事にも言えます。
ドローンを見たことも聞いたこともない人と、ドローン撮影の方針を話し合うことはできません。
さらに、「ドローン」とひとことで言っても、人によってイメージする範囲はまちまちです。
空を飛ぶ小型の撮影機材を思い浮かべる人もいれば、水中ドローンまで含めて考える人もいる。
人が乗れるものまで含める人もいれば、そこまでは考えない人もいる。
同じ言葉を使っているようで、実は頭の中で見ているものが違う。
仕事の現場では、こうしたことがよく起こります。
だからこそ、用語を正しく使って自分の考えを言葉にすること。
共に働く仲間と「その言葉がどこまでを指しているのか」を整えていくこと。そして、それを共通言語として会話できるようにすること。
これは、組織で成果をあげるために欠かせない訓練です。
手取り足取りで仕事を教えることができた作業労働の時代には、そこまで重要ではなかったかもしれません。
しかし、頭や心を使って仕事を進めるナレッジワーカー、つまり知識労働者にとっては、言葉をそろえることそのものが仕事の土台になります。
Kさんがドラッカー読書会を続けていたのも、まさにこの土台をつくるためでした。
「成果」とは何を指すのか。
「貢献」とは誰への、どのような価値なのか。
「強み」とは単なる得意不得意ではなく、何によって成果を生む力なのか。
「責任」とは、何を任され、何を果たすことなのか。
同じ言葉を使いながら、その意味を一緒に考える。
読書会は、KK社にとって、そうした共通言語を整える場にもなっていきました。
「あ、ここだな」と思った瞬間
変化は、ある日突然、目に見える形で現れました。
リーダーがメンバーと話しているときに、ドラッカーのフレーズを自然に使い始めたのです。
誰かに言わされているのではありません。
読書会の場だから使っているのでもありません。
日常の仕事の中で、自然にその言葉が出てきた。
Kさんは、その瞬間に気づきました。
「あ、ここだな」
それは、とても大きな変化でした。
ドラッカーの言葉が、社長の言葉ではなくなり始めたからです。
最初は、Kさんが会社に持ち込んだ学びでした。
Kさんが必要だと思い、社内に導入した読書会でした。
しかし、3年、4年と続けるうちに、その言葉はリーダーたちの中にも入り始めます。
そしてリーダーが、自分の言葉として、社員との会話の中で使い始めた。
このとき、ドラッカーは「社長が大切にしているもの」から、「リーダーたちも使える共通の言葉」へと変わり始めていました。
社長の言葉から、リーダーの言葉へ
組織の中で、本当に大切な言葉は、トップだけが語っていてもなかなか根づきません。
社長がいくら「成果が大事だ」と言っても、現場のリーダーが別の基準で動いていれば、社員はそちらを見ます。
社長がいくら「強みを生かそう」と言っても、日々の仕事の中でリーダーが弱みの指摘ばかりしていれば、会社の空気は変わりません。
社長の言葉が、リーダーの言葉になる。
リーダーの言葉が、メンバーとの会話の中に入る。
そして、日々の判断や振り返りの中で使われるようになる。
そのとき初めて、言葉は会社の文化に近づいていきます。
Kさんが「あ、ここだな」と感じたのは、まさにその入口でした。
自分がひとりで考えていたことが、ドラッカーの言葉を通じて、リーダーたちの中にも共有され始めた。
それは、Kさんにとって大きな手応えでした。
第2フェーズへ
この変化を見て、Kさんは次の段階に進みます。
リーダーだけでなく、読書会に参加したいという希望者にも広げていく。
さらに、社内で影響力のありそうな人にも声をかけ、学びの輪に加わってもらう。
最初は、限られた人たちで始まった学びでした。
しかし、リーダーたちの中に言葉が入り始めたことで、Kさんは「もっと広げられる」と感じたのです。
ここで大切なのは、単に人数を増やしたことではありません。
会社の中で、ドラッカーの言葉を受け止め、日常の仕事に結びつけられる人が増えていったことです。
読書会に参加した人が、自分の仕事を振り返る。
自分の強みを考える。
自分の貢献を考える。
自分の時間の使い方を考える。
その人が、また別の人との会話の中で、その言葉を使う。
こうしてドラッカーの学びは少しずつ、会社の中に広がっていきました。
広げるのではなく、染み込んでいく
会社に新しい考え方を導入するとき、つい「どう広げるか」と考えます。
研修をする。
資料を配る。
制度にする。
ルールにする。
もちろん、それも大切です。
しかし、Kさんの実践を見ると、もう一つ別の広がり方が見えてきます。
それは、言葉が染み込んでいくような広がり方です。
最初は、読書会の時間だけで使われていた言葉が、リーダーとの対話に出てくる。
会議の中で使われる。
1on1の中で使われる。
新入社員に説明するときにも使われる。
そうして、少しずつ「この会社では、こういう言葉で仕事を考えるのだ」という土壌ができていきます。
Kさんは、ひとりで構想を描くことに慣れていたトップでした。
けれども、その構想を会社に押しつけるのではなく、ドラッカーという共通の言葉を通じて、社員と一緒に考えられるものにしていった。
その第一の転換点が、リーダーの言葉が変わり始めたことだったのです。
【今日の問い】
Q:あなたの会社やチームでは、同じ言葉を使っているようで、実は人によって意味や範囲がずれている言葉はありませんか?
「成果」 「貢献」 「お客様のため」 「品質」
「責任」 「強み」 「チームワーク」
どれも大切な言葉ですが、だからこそ、人によって受け止め方が違うことがあります。
あなたのチームで、これから共通言語として丁寧に整えていきたい言葉は何でしょうか。
~次回予告~
リーダーたちの言葉が変わり始めたことで、KK社のドラッカー実践は次の段階に入っていきます。
希望者が参加し、影響力のある社員も巻き込まれ、学びの輪は少しずつ広がっていきました。
やがて、社員の6割ほどがドラッカーを学び始めた頃、会社の空気は一気に変わっていきます。
新入社員が入ってくると、社長が何も言わなくても、リーダーたちが自然にこう声をかけるようになります。
「さあ、ドラッカーの読書会が始まるよ」
次回は、ドラッカーが一部の学びから、KK社の文化へと変わっていく過程を見ていきます。
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