実践するドラッカー 実践編 第65話:社長の時間はどこへ消えた?!~時間の記録から、利益構造が変わった②(全4話)
事例13-2 社長の判断を、現場の判断に変えていく
本記事は、実際の実践事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
自分がいなければ、仕事が進まない
時間を記録してみて、Mさんが最初に気づいたのは、移動時間の多さでした。
そこで、値決めのやり方を変えてみました。
お客様のところへ自分が出向くのではなく、回収物を会社に持ち込んでもらい、事務所で見て判断する。
これなら、移動時間は減る。
その分、自分の時間が生まれるはずだ。
そう考えて始めた改善でした。
ところが、実際にやってみると、今度は事務所から動けなくなってしまいました。
回収物が持ち込まれる。
Mさんが見る。
Mさんが価格を決める。
また次の回収物が来る。
またMさんが判断する。
移動時間は減りました。
けれども、自由に使える時間は増えていませんでした。
問題は、移動時間ではなかった。
問題は、社長である自分が判断しなければ、仕事が進まないことだった。
Mさんは、そこに向き合うことになりました。
値決めは、簡単には任せられない
MM社にとって、値決めは簡単な仕事ではありません。
金属リサイクルや廃棄物処理の現場では、回収するものの状態によって、価値が大きく変わります。
どの金属がどれくらい含まれているのか。
再利用できるのか。
分別にどれくらい手間がかかるのか。
処理にコストがかかるものではないか。
引き取ったあと、どこに出せばよいのか。
少し見ただけでは分からないこともあります。
長年の経験が必要です。
判断を間違えれば、利益どころか損失になることもあります。
だからこそ、Mさんは自分で判断してきました。
自分が見た方が早い。
自分が決めた方が確実だ。
自分が責任を持った方が安心だ。
そう考えるのは自然なことでした。
けれども、そのやり方を続ける限り、Mさんの時間は空きません。
Mさんがいれば進む。
Mさんがいなければ止まる。
この構造を変えなければ、第一話で見えた「動けない時間」は残り続けてしまいます。
任せることは、丸投げではない
では、スタッフに任せればよいのか。
言葉にすると簡単です。
しかし、実際にはそうはいきません。
「今日から現場で判断してきてください」
そう言われても、スタッフは困ってしまいます。
何を見ればよいのか。
どこで判断すればよいのか。
どこまでなら自分で決めてよいのか。
どのケースは社長に確認すべきなのか。
そこが分からなければ、任せられる側も不安です。
任せる側のMさんにも、不安がありました。
値決めを間違えたらどうするのか。
お客様に迷惑をかけたらどうするのか。
スタッフが判断に迷って、かえって現場が混乱するのではないか。
任せたい。
でも、任せきれない。
多くの経営者が、この壁にぶつかるのではないでしょうか。
任せるとは、ただ手を離すことではありません。
判断できるようにすることです。
判断の基準を共有することです。
迷ったときに確認できる仕組みをつくることです。
Mさんは、そこから始めました。
現場で見て、写真で確認する
まず、スタッフが現場で回収物を見ます。
その場で判断できるものは判断する。
迷うものについては、写真を撮ってMさんに送る。
Mさんは、その写真を見て確認します。
これは、この材質だ。
これは、このくらいの価格で考えればよい。
これは、処理に手間がかかるから注意した方がよい。
これは、引き取り先を考えてから判断した方がよい。
最初は、一つひとつ確認が必要でした。
スタッフも、すぐには判断できません。
Mさんも、すぐには安心して任せきれません。
けれども、写真を見ながらやり取りすることで、少しずつ「見るポイント」が共有されていきました。
ただ答えを教えるのではありません。
なぜ、そう判断するのか。
どこを見ているのか。
どの状態なら価値があるのか。
どの状態なら手間がかかるのか。
Mさんの頭の中にあった経験が、少しずつ言葉になっていきました。
社長の経験が、会社の基準になっていく
それまで、値決めの基準はMさんの中にありました。
Mさんが見れば分かる。
Mさんが考えれば判断できる。
Mさんの経験の中には、たしかな基準がありました。
しかし、それがMさんの中だけにある限り、会社の力にはなりきりません。
スタッフは、社長の判断を待つしかない。
社長は、いつまでも判断し続けなければならない。
Mさんは、現場から送られてくる写真を見ながら、少しずつ自分の判断を言葉にしていきました。
これは高く評価できる。
これは注意が必要。
これは一見よさそうに見えるが、実は手間がかかる。
これは、引き取り先によって価値が変わる。
経験で分かっていたことを、スタッフが分かる形にする。
それは、Mさんにとっても簡単なことではありませんでした。
自分では当たり前に見ていたことを、改めて説明しなければならない。
感覚で判断していたことを、基準として伝えなければならない。
けれども、その過程で、Mさん自身も気づいていきます。
自分は、何を見て判断しているのか。
どこでリスクを感じているのか。
どこに価値を見ているのか。
人に任せるためには、まず自分の判断を見えるようにしなければならない。
Mさんは、そのことを実感していきました。
働きがいは、仕事に責任を持つことから生まれる
ドラッカーは、働きがいについて次のように述べています。
働きがいを与えるには、仕事そのものに責任を持たせなければならない。そのためには、①生産的な仕事、②フィードバック情報、③継続学習が不可欠である。
~やる気に火をつけ、成長を支援する
誰もが働きがいを必要とする p.44
(マネジメント エッセンシャル版 p.74)
Mさんの取り組みは、まさにこの三つを少しずつ整えていくことでもありました。
目利きの基準がMさんの主観の中だけにあると、スタッフはどうしてもMさんの顔色を見ることになります。
「これは、社長ならどう判断するだろうか」
「これで怒られないだろうか」
「勝手に決めて大丈夫だろうか」
本人にそのつもりがなくても、仕事はMさんに支配され、コントロールされているような感覚になっていきます。
自分で考えているようで、実は社長の正解を探している。
責任を持っているようで、実は怒られない答えを探している。
それでは、仕事のやりがいは生まれにくくなります。
しかし、写真を見ながら判断の理由を共有していくと、少しずつ変化が起こります。
どこを見ればよいのか。
どの状態なら価値があるのか。
どこにリスクがあるのか。
どのケースは確認が必要なのか。
目利きという仕事の基準が、少しずつ客観的に見えるようになっていきます。
それは、仕事を生産的なものにしていくことでした。
評価されるのは、人ではなく、仕事ぶりである
基準が見えてくると、フィードバックも変わります。
「君は分かっていない」
「まだ経験が足りない」
「だから任せられない」
ではなく、
「今回の判断では、ここを見る必要があった」
「この材料は、状態によって価格が変わる」
「この場合は、処理の手間を見込んでおく必要がある」
というように、働く人の能力そのものではなく、
目利きという仕事の仕事ぶりに対する評価とフィードバックになります。
これは大きな違いです。
人を評価されると、身構えます。
仕事ぶりを見てもらえると、学べます。
「自分はだめだ」と感じるのではなく、
「次は、ここを見ればいいのか」と分かる。
評価とフィードバックは、叱責ではなく、学習の材料になっていきます。
基準が見える。
仕事ぶりに対する評価とフィードバックがある。
だから、人は次の現場で試してみることができる。
こうして、継続学習が始まっていきました。
最初は、かえって手間が増える
もちろん、すぐに楽になったわけではありません。
むしろ最初は、手間が増えたようにも感じます。
スタッフが写真を送る。
Mさんが確認する。
スタッフがまた質問する。
Mさんが答える。
これなら、自分で見に行った方が早い。
自分で決めた方が楽だ。
そう思う瞬間もあったかもしれません。
しかし、ここでMさんは、元に戻しませんでした。
いま楽をするのではなく、これから楽になる仕事の仕方をつくる。
自分が判断し続けるのではなく、スタッフが判断できるようにする。
そのための時間だと考えました。
すると、少しずつ変化が出てきます。
以前なら、すぐに確認が必要だったものを、スタッフが自分で判断できるようになる。
以前なら、Mさんが行かなければ分からなかった現場で、スタッフが見るべきポイントを押さえられるようになる。
以前なら、社長の返事を待っていた仕事が、現場で進むようになる。
すべてを任せられるわけではありません。
難しい案件はあります。
判断に迷うものもあります。
社長が確認すべき場面も残ります。
けれども、全部をMさんが判断する必要はなくなっていきました。
それは、大きな変化でした。
人が育つと、社長の時間が変わる
Mさんにとって、この取り組みは、単なる時間短縮ではありませんでした。
たしかに、自分が現場へ行く回数は減っていきます。
事務所で待ち続ける時間も減っていきます。
けれども、それ以上に大きかったのは、スタッフが仕事を自分のものとして捉えはじめたことでした。
ただ回収するだけではない。
ただ運ぶだけではない。
ただ社長に聞くだけではない。
自分で見て、考えて、判断する。
現場で何を見ればよいのか。
お客様に何を確認すればよいのか。
どこに価値があり、どこにリスクがあるのか。
その視点が、少しずつ育っていきました。
Mさんは、人の成長を見ることに喜びを感じる人でした。
自分が抱え込んでいた判断を、スタッフが少しずつ担えるようになる。
昨日までできなかったことが、できるようになる。
不安そうに確認していたスタッフが、自分の言葉で判断を説明できるようになる。
その姿を見ることは、Mさんにとって大きな喜びでした。
時間をつくるために始めた取り組みが、人を育てる取り組みになっていったのです。
社長の仕事を、組織の仕事に変える
Mさんがやっていたのは、仕事を手放すことではありませんでした。
社長の仕事を、会社の仕事に変えていくことでした。
社長の頭の中にあった判断基準を、スタッフと共有する。
社長だけが見ていたポイントを、現場の人も見られるようにする。
社長の経験を、会社の仕組みに変えていく。
それによって、MM社の仕事の進み方は少しずつ変わっていきました。
社長がいなければ止まる仕事から、現場で判断できる仕事へ。
社長が全部を見に行く仕事から、スタッフが見て、必要なときに確認する仕事へ。
社長の時間に依存する会社から、組織として動ける会社へ。
一気に変わったわけではありません。
写真を見て確認する。
判断理由を伝える。
次はスタッフがやってみる。
また確認する。
その繰り返しの中で、社長の判断は、少しずつ現場の判断に変わっていきました。
【今日の問い】
Q:あなたの職場の中で、「あの人にしかできない」と思われている判断を三つあげるとすれば何ですか。
「あの人に聞かないと決まらない」
「あの人が見ないと分からない」
「あの人の確認がないと進められない」
そうした仕事は、一見すると、その人の経験や能力に支えられているように見えます。
もちろん、本当に経験が必要な判断もあります。
責任の重い判断もあります。
簡単には任せられない仕事もあります。
けれども、その基準が「あの人」の頭の中にだけあると、周囲の人は仕事そのものではなく、その人の顔色を見るようになります。
どうすれば怒られないか。
どこまでなら自分で決めてよいのか。
何が正解なのか。
それでは、仕事に責任を持つことは難しくなります。
では、その判断の基準を、少しずつ見える形にできないでしょうか。
何を見て判断しているのか。
どこに価値を見ているのか。
どこでリスクを感じているのか。
どのような仕事ぶりなら、よい判断と言えるのか。
人に任せることは、単に仕事を渡すことではありません。
仕事の基準を共有し、
フィードバックを通じて学べるようにし、
その人が仕事そのものに責任を持てるようにすることです。
あなたの職場で、次に「仕事の基準」として共有できる判断は何でしょうか。
~次回予告~
スタッフが現場で判断できるようになるにつれて、Mさんには少しずつ時間が生まれていきました。
しかし、時間が空くこと自体が目的ではありません。
大切なのは、その時間を何に使うかです。
Mさんは、生まれた時間を、会社の外に向け始めます。
新しい販売先。
より高く引き取ってくれる先。
回収したものの価値を、さらに活かせる相手。
次回は、Mさんが空いた時間を外の成果に向け、MM社の新しい可能性を探していった実践を見ていきます。
第3回 空いた時間を、外の成果に向ける
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!