実践するドラッカー 実践編 第73話:守るために、外を見る――地域病院に起きたドラッカー実践記⑥(全6話)
事例14-6 病院を守る人から、社会に貢献する人へ――Nさん自身の変化
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
実践は、Nさん自身を変えていった
「病院を守らなければならない」
長い間、Nさんの心の中心には、その思いがありました。
ある地方都市にあるNN病院。
地域に欠かすことのできない総合病院です。
医師として現場に立ち、家族とともに病院を支え、家庭では三人の子どもたちの母でもあるNさんにとって、病院の存続は単なる経営課題ではありませんでした。
地域の医療を守ること。
職員の生活を守ること。
家族の歴史を守ること。
患者さんの安心を守ること。
そのすべてを、自分が背負わなければならない。
コロナ禍では、その重圧はさらに大きくなりました。
院内感染を起こしてはいけない。
地域の要請にも応えなければならない。
批判されてはいけない。
職員を不安にさせてはいけない。
責任感の強さゆえに、Nさんは自分自身を追い詰めていました。
そんなとき、ドラッカーを学んだビジネスコーチから言われた言葉があります。
「Nさんのままでいいから。成果は外にあるんだよ。」
この一言から、問いの向きが変わっていきました。
病院をどう守るか。
問題をどう避けるか。
ではなく、
患者さんにどんな変化が起きているか。
地域の人たちは何に困っているか。
この病院だからこそ、何に貢献できるか。
Nさんの実践は、ここから始まりました。
「成果は外にある」を現場で試す
透析センターでは、患者さんの生命予後を中心に考え、カテーテル感染防止に取り組みました。
感染は限りなくゼロに近づき、患者さんの状態が改善した結果、患者数も増えていきました。
看護部では、夜間のオムツ交換という慣例を問い直しました。
患者さんにも、働く人にも、もっとよい方法はないか。
その問いから夜勤の負担が軽減され、スタッフの働き方にも変化が生まれました。
広報委員会では、「何のための広報か」を考え直しました。
病院が伝えたいことではなく、地域住民に役立つ情報を届ける。
目的が変わることで、記事の質も議論も変わりました。
コロナ対応でも、急性期病院ではないNN病院だからこそできることを考えました。
予防接種への協力、病院のない近隣地域への支援、後遺症患者の受け入れ。
「自分たちをどう守るか」ではなく、地域に何ができるかを見ることで、病院の役割が少しずつ明確になっていきました。
さらに病院内の読書会を通じて、
成果。
貢献。
強み。
集中。
意思決定。
という共通の言葉も院内に生まれ始めます。
こうした実践は、病院だけでなく、Nさん自身を変えていきました。
出来事を、恐怖ではなく出来事として見る
以前のNさんは、何か問題が起きると、それを恐怖として受け止めていました。
病院が揺らぐかもしれない。
批判されるかもしれない。
自分の責任になるかもしれない。
一つひとつの出来事が、自分を責める材料になっていました。
けれども、実践を重ねるうちに考え方が変わりました。
出来事は、出来事である。
何が起きているのかを見ればよい。
そこから何を学び、次に何をするかを考えればよい。
出来事を恐怖ではなく、次の意思決定のための情報として見る。
自分を責めることよりも、
外の世界にどんな変化を生み出せるかを考える。
その見方ができるようになったことで、Nさんの中に少しずつ余白が生まれていきました。
自分が背負うのではなく、強みを生かす
もう一つの大きな変化は、執着が減ったことでした。
以前は、
自分が守らなければならない。
自分がやらなければならない。
という思いが強くありました。
しかし今は、
自分よりふさわしい人がいれば、その人に任せればよい。
そう考えられるようになりました。
それは責任の放棄ではありません。
組織として成果を上げるには、自分がすべてを抱えるのではなく、誰の強みをどこで生かすかを考える必要があるとわかったからです。
すると、他者を見る目も変わります。
何が足りないかではなく、
この人にはどんな強みがあるのか。
どこなら、この人は力を発揮できるのか。
Nさんの声のかけ方や任せ方が変わると、周囲にも変化が現れ始めました。
チャレンジする人が出てくる。
自分たちで考える人が増える。
仕事を楽しむ人が現れる。
役割が次々と増えたスタッフに心配して声をかけると、
「ありがとうございます。でも、いま仕事が楽しいんです。」
そんな言葉が返ってくるようになりました。
Nさん自身が、
「そんな発想もあったのか」
と驚くほどの考えを示す人も現れました。
自分がすべてを考える必要はない。
人は責任を引き受ける場を得たとき、自分の中にある力を発揮し始める。
Nさんは、それを周囲の姿から感じていきました。
ドラッカーは、こう述べています。
自己開発とは、スキルを修得するだけでなく、人間として大きくなることである。おまけに、責任に焦点を合わせるとき、人は自らについてより大きな見方をするようになる。うぬぼれやプライドではない。誇りと自信である。一度身につけてしまえば失うことのない何かである。目指すべきは、外なる成長であり、内なる成長である。
自己開発の本質 p.50
(『非営利組織の経営』p.211)
Nさん自身にも、周囲の人たちにも起きていたのは、単なるスキルの習得ではありませんでした。
自分にも果たせる役割がある。
自分の強みは誰かの役に立つ。
そう感じられる、誇りと自信の成長でした。
場をつくるのは、全員である
ただし、責任を引き受けられる場をつくるのは、リーダーだけではありません。
誰かが勇気を出して発言したときに耳を傾ける。
新しい提案を、すぐ否定せずに考えてみる。
真剣に語る人を、真剣に受け止める。
そうした一人ひとりの態度が、場を開いていきます。
反対に、たった一人の冷笑や「どうせ変わらない」という態度が、場を閉じることもあります。
役職に関係なく、そこにいる誰もが、場に影響を与えています。
Nさんが任せ方を変えただけではありません。
周囲の人たちも、自分の責任として考え、互いの発想を尊重するようになった。
そこに、組織の変化が生まれていました。
協力者が現れる
変化が進むにつれて、思いがけない協力者も現れました。
非常勤だった医師が常勤になってくれた。
募集してもなかなか来なかった薬剤師が来てくれた。
もちろん偶然もあるでしょう。
しかし、病院が何を大切にし、誰に貢献しようとしているのかが見えるようになったことも、一つの理由だったのかもしれません。
人は、意味のある仕事に引き寄せられます。
Nさんは、
自分一人で抱え込まなくてもよい。
ふさわしい人と進めばよい。
自分の役割はすべてを背負うことではなく、
成果に向かって人と組織の力をつなぐことなのだ
と感じるようになりました。
学ぶことは、見方を変えること
この変化を支えたのは、学びと実践を繰り返す場でした。
尊敬するビジネスコーチとの出会い。
経営だけでなく、人や社会について考える勉強会。
ドラッカーの読書会。
利害関係のない仲間との対話。
病院の中では言いにくいことも、外の仲間とは安心して話すことができます。
学んで終わりではありません。
現場で試す。
起きたことを振り返る。
もう一度学ぶ。
そして次の実践へ進む。
Nさんにとってドラッカーを学ぶことは、知識を増やすこと以上に、世界の見方を変えることでした。
「成果は外にある」
売上ではなく、患者さんの変化へ。
病院の都合ではなく、地域の困りごとへ。
人の弱みではなく、強みへ。
恐怖ではなく、出来事へ。
自分一人で背負うのではなく、組織で成果を上げることへ。
視点が内から外へ変わることで、Nさん自身の働き方も、生き方も変わっていきました。
これからの挑戦
もちろん、まだ課題はあります。
これまで取り組んできたのは、比較的変化を受け入れやすい部署でした。
一方、病院には、専門性が高く、長年の慣例や手続きを守ることで成り立っている部署もあります。
そうした場所に、どのように問いを届けていくか。
さらにNさんは、院内でも読書会を立ち上げたいと考えています。
外で学んだことを、自分だけのものにしない。
病院の中に共通の言葉をつくり、それぞれの現場で、
「成果はどこにあるのか」
を考えられる組織にしていく。
それがNN病院の次の挑戦です。
そして医師としては、若い世代、特に若い女性の健康支援にも力を入れたいと考えています。
漢方やストレスマネジメントなど、自らの経験と強みを生かして、病院の枠を越えて社会に貢献していく。
Nさんにとって、それは第二の人生ともいえる新たなテーマです。
病院を守る人から、社会に貢献する人へ
振り返れば、この一年には多くの予期せぬ出来事がありました。
歴史や教養への関心が広がった。
利害関係のない仲間ができた。
自分の実践を発表する機会が生まれた。
家族との関係にも変化があった。
一見、病院経営とは関係のないことのようにも見えます。
けれども、その根には同じ変化がありました。
病院を守らなければならない。
そう考えて自分を追い詰めていたNさんが、
この病院を通して、社会に何ができるだろう。
と考えるようになったことです。
ドラッカーの言葉は、Nさんにとって単なる知識ではありませんでした。
現場を見るためのものさしであり、
出来事を受け止めるための支えであり、
自分を責めることから、外への貢献へと視点を戻すための言葉でした。
成果は外にある。
それは病院経営を変える言葉であると同時に、Nさん自身を自由にする言葉でもありました。
病院を守る人から、社会に貢献する人へ。
Nさんの実践は、まだ途中です。
けれどもその歩みはすでに、NN病院の中に、そして地域の中に、確かな変化を生み出し始めています。
【今日の質問】
Q:あなたは、自分のいる場が、誰かの誇りと自信を育てる場になるように、どんな態度で関わっているでしょうか?
人は、自分で考え、判断し、責任を引き受け、誰かへの貢献を実感する中で、
「自分にも果たせる役割がある」
「自分の強みは、誰かの役に立つ」
という誇りと自信を育てていきます。
そのような場をつくるのは、リーダーだけではありません。
誰かの発言をどう受け止めるか。
新しい提案にどう反応するか。
自分と違う発想に耳を傾けられるか。
一人ひとりの態度が、場を開くことも、閉じることもあります。
あなた自身は、いまいる場を開く人でしょうか。
誰かが安心して責任を引き受け、自分の強みを発揮できる場をつくるために、あなたは今日、どんな態度で関わるでしょうか。
~おわりに~
Nさんの実践は、最初から大きな改革を目指したものではありませんでした。
出発点にあったのは、
「病院を守らなければならない」
という重圧です。
けれども、「成果は外にある」という言葉によって、問いの向きが変わりました。
患者さんにどんな変化が起きているか。
地域に何ができるか。
人の強みをどう生かせるか。
その小さな視点の転換が、現場を変え、人との関係を変え、やがてNさん自身の生き方を変えていきました。
組織を守ることと、社会に貢献することは別々ではありません。
外の世界への貢献を見つめるからこそ、その組織を存在させる意味が明確になる。
そして、一人ひとりが自分の責任と強みに気づいたとき、組織は少しずつ変わり始めます。
この連載が、読んでくださった方にとって、自分の仕事、自分の組織、そして自分のいる場を見つめ直す、小さな入口になればうれしく思います。
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