実践するドラッカー 実践編 第82話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える⑨(全9話)
事例15-9 クリーニング会社を守るのではなく、地域の仕事をつくる――価値が循環する会社へ
コロナ禍で工場の仕事が急減したとき、RRクリーニング社は、洗濯物が戻るのを待つのではなく、農作業や草刈りなど、地域に必要な仕事を探しました。
そこでRさんは、あらためて考えるようになります。
自分たちが守ろうとしているのは、本当に「クリーニング会社」なのだろうか。
クリーニングという業態を残すことなのか。
それとも、
地域に仕事があり、人が役割を持ち、暮らしを続けられる状態をつくることなのか。
この問いが、RRクリーニング社の事業の見方を大きく変えていきました。
「クリーニングを通じて」から、「仕事を通じて」へ
RRクリーニング社は長く、
「クリーニングを通じて、地域へ貢献する」
と考えてきました。
衣類をきれいにする。
ホテルや病院へ清潔なリネンを届ける。
地域に働く場所をつくる。
けれど、障がいのある人たちと働くなかで、もう一つの力を育てていました。
人を既存の仕事へ合わせるのではなく、仕事を分解し統合しなおして、その人の強みが生きる業務プロセスとそこでの役割をつくること。
長時間、正確に同じ作業を続けられる人。
大量の情報を一度で覚えられる人。
決められた手順を丁寧に繰り返せる人。
仕事を分解すれば、「この人だからこそ力を発揮できる役割」が見つかります。
クリーニング工場は、単に洗濯物を処理する場所ではありませんでした。
多様な人の力を、仕事の成果へつなぐ方法を学んだ場所
でもあったのです。
しかし、社会が変われば、クリーニングの需要も変わります。
だからRさんたちは、言葉を変えました。
「クリーニングを通じて」ではなく、
「仕事を通じて、地域へ貢献する」。
地域へ貢献することが目的。
クリーニングは、そのための一つの道。
必要なら、別の道もつくる。
暮らしの場面から、店をつくり直す
その発想は、店舗のあり方にも広がりました。
RRクリーニング社では、クリーニング取次店やコインランドリーに、パン屋やカフェ、軽いエクササイズの施設などを組み合わせた店舗を増やしていきました。
洗濯物を預ける。
洗濯が終わるまで待つ。
その間にパンを買う。
コーヒーを飲む。
少し体を動かす。
「クリーニング店だから、洗濯のことだけを考える」のではありません。
利用する人の暮らしの場面から、どんな時間や価値をつくれるか。
そう考えていったのです。
これまでのRRクリーニング社は、ホテルの値下げ要請に対して、「リネンをどう売るか」ではなく、「ホテルが必要としている顧客をどう増やすか」と考えてきました。
ここでも発想は同じでした。
自社が何を売りたいかではなく、
地域で暮らす人は、その時間をどう過ごしたいのか。
そこから店舗を考え直したのです。
パン屋には、たくさんの「仕事」があった
そうして生まれた仕事の一つが、パンの製造・販売でした。
パン屋は、クリーニングとはまったく違う事業に見えます。
けれどRさんたちが見ていたのは、「パン」という商品だけではありませんでした。
そこに、どれだけ多様な仕事をつくれるか。
パンづくりを分けてみると、さまざまな工程があります。
材料を量る。
生地を扱う。
形を整える。
焼き上がりを確認する。
袋へ入れる。
商品を並べる。
接客する。
清掃する。
すべてを一人の「パン職人」が担う必要はありません。
仕事を分ければ、
正確に量ることが得意な人。
同じ作業を集中して続けられる人。
手先を使うことが得意な人。
人と話すことが好きな人。
整理整頓が得意な人。
それぞれに役割が生まれます。
これは、クリーニング工場で学んできた仕事のつくり方と同じでした。
「この仕事ができる人を探す」のではなく、
「この仕事を分けたら、誰の強みを生かせるだろう」と考える。
だから、新しい事業を始めることは、単に売上の柱を増やすことではありませんでした。
利用客の暮らしに新しい価値を加えると同時に、
地域にある「仕事の種類」を増やすこと
でもあったのです。
Rさんは、その考えを、
「稼ぎが3割、仕事が7割」
という言葉で表していました。
もちろん、利益は必要です。
しかし、その利益を使って、さらに多様な人が役割を持てる仕事をつくる。
その事業によって、どれだけ新しい仕事が生まれるのか。
そこに、どれだけ異なる強みを持つ人が参加できるのか。
それもまた、新しい事業を始める理由でした。
「雇用を増やす」より、「仕事の種類を増やす」
一つの仕事しかなければ、その仕事に合う人しか働けません。
さらに、
「一人が最初から最後まで何でもできること」
を前提にすれば、働ける人はもっと限られます。
けれど、仕事を分ければ役割が増えます。
事業の種類が増えれば、さらに違う種類の役割も生まれます。
工場で力を発揮する人。
食品づくりで力を発揮する人。
接客で力を発揮する人。
清掃や整理で力を発揮する人。
正確な反復作業で力を発揮する人。
人を支えることで力を発揮する人。
人を同じ働き方へそろえるのではなく、
地域の中に多様な仕事をつくることで、多様な人が貢献できる場所を増やす。
それが、「クリーニングを通じて」から「仕事を通じて」へ変わった意味でもありました。
働ける「条件」までつくる
ただ、仕事があれば誰でも働けるわけではありません。
子どもを安心して預けられなければ、働きたい人も働けません。
そこでRRクリーニング社は、
子どもの教育や保育にも取り組みました。
園の中で習い事までできれば、親の送迎の負担も減ります。
少し早く家へ戻り、家族と過ごす時間も持てる。
会社がつくったのは、保育の場所だけではありません。
人が働き続けられる条件そのもの
でもありました。
高齢者施設の洗濯を引き受け、家族に親子として過ごす時間を戻した取り組みとも、根にある考え方は同じです。
会社でできる仕事は、会社が引き受ける。
そのことで、
その人にしかできない時間を守る。
仕事をつくるとは、単に雇用人数を増やすことではありません。
人が役割を持ち続けられる条件を、地域の中に増やしていくことでもありました。
「洗う会社」から、価値をつなぐ会社へ
RRクリーニング社が培ってきた力を見直すと、それは衣類を洗う技術だけではありませんでした。
使われたものを回収する。
状態を確認する。
衛生的に処理する。
検品する。
必要な場所へ間違えずに戻す。
この力は、衣類以外にも使えます。
医療や介護の現場には、一度使ったものを洗浄し、再び安心して使える状態へ戻す仕事があります。
「何を洗う会社か」ではなく、
「使われたものを、もう一度価値ある状態へ戻す会社」
と見れば、自社の強みが使える範囲は広がります。
木質バイオマスも同じでした。
捨てられていた廃材や間伐材を、工場を動かす熱へ変える。
価値がないものを無理に価値あるように見せたのではありません。
いまの使い方では、価値が成果につながっていないものを、別の場所へつなぎ直した。
それは、人の強みを仕事へつなげてきたやり方ともよく似ています。
ばらばらな事業ではなかった
クリーニング。
ホテルリネン。
医療用品の再生。
木質バイオマス。
パンやカフェ。
子どもの教育。
高齢者や障がいのある人への支援。
表面だけを見れば、ばらばらな多角化に見えます。
しかしRさんたちが見ていたのは、事業の種類ではありませんでした。
その仕事によって、人の暮らしにどんな変化を生み出せるか。
ドラッカーは、組織の成果について次のように述べています。
組織の成果は、一人一人の人間の生活、人生、環境、健康、期待、能力の変化という、組織の外の世界に現れる。組織がミッションを実現するには、上げるべき成果を明らかにして、資源を集中しなければならない。
第4章 われわれにとっての成果は何か p.90
RRクリーニング社の成果も、会社の中だけにはありません。
障がいのある人が、自分の強みを生かして働ける。
高齢者が、一人の生活者として大切に扱われる。
家族が、義務ではなく「会いたい」という気持ちで親を訪ねられる。
子育て中の人が、安心して働き続けられる。
捨てられていたものが資源となり、新しい仕事を生む。
そこに一本の線があります。
地域に必要な変化を生み出し、そこに人が参加できる仕事をつくること。
RRクリーニング社が目指したのは、むやみに事業を増やすことではありません。
ミッションにつながる成果を生み出せる仕事を、地域の中に増やしていくことだったのです。
「潰せない」が、知恵を生んだ
振り返れば、多くの取り組みは壮大な事業構想から始まったわけではありません。
障がいのある人を毎年迎えたい。
だから、必要な利益を考えた。
既存の仕事では強みを生かせない。
だから、仕事を分けた。
ホテルから値下げを求められた。
だから、価格で争わず、ホテルの顧客を増やした。
原油価格が上がった。
だから、別の燃料を探した。
仕事が消えた。
だから、工場の外へ仕事を探しに行った。
どれも、
「それでも、この会社を続けるにはどうすればよいか」
と考え続けた結果でした。
守るべき人がいる。
顧客への責任がある。
地域で担ってきた役割がある。
だから、「もう無理だ」で終わることができなかった。
終わらせないと決めたことが、別の道を探す力になったのです。
目的は変えず、道を変える
Rさんは、問題をなかったことにはしませんでした。
けれど、正面から力比べすることも、あまり選びませんでした。
人が仕事に合わないなら、人を変えるのではなく仕事を変える。
値下げを求められたら、価格で争うのではなく顧客を増やす。
名札が必要なら、名札を工夫するのではなく、名札がいらない仕組みをつくる。
原油価格が上がれば、値下がりを待つのではなく別の燃料を探す。
工場の仕事が消えれば、元に戻るのを待たず、地域へ仕事を探しに行く。
障害を受け止める。
しかし、その障害と力比べはしない。
目的から目を離さず、別の道を探す。
変えたのは、目的ではありません。
目的へ至る道でした。
【今日の問い】
Q:あなたの会社が、組織の外に生み出すべき成果は何でしょうか。
売上や利益、生産量、契約件数は、会社を運営するための大切な数字です。
しかし、組織の成果は、その外に現れます。
顧客の仕事がよくなる。
誰かの能力が生かされる。
家族の時間が増える。
地域に新しい仕事が生まれる。
RRクリーニング社が守ろうとしたのも、クリーニングという事業の形ではありませんでした。
人が役割を持ち、地域の中で価値を生み出せる状態
でした。
あなたの会社の商品やサービスが変わっても、変わらず生み出したい成果は何でしょうか。
その成果のためなら、今の事業の形や仕事の分け方を変えることはできるでしょうか。
おわりに
この物語の始まりは、
「利益とは何か」
という問いでした。
しかしRさんたちは、その問いからさらに先へ進みました。
利益は、何のために必要なのか。
仕事は、誰の強みを成果へつなぐためにあるのか。
顧客は、本当は何を必要としているのか。
会社は、何を守るために存在するのか。
そして最後に見えてきたのは、
会社そのものも、目的ではない
ということでした。
ここで働く人たちが、これからも役割を持って働けること。
地域に、必要な仕事が残ること。
人や資源のまだ生かされていない価値が、次の仕事へつながっていくこと。
そのために会社が必要なのであって、会社の形をそのまま残すことが目的なのではありません。
だから、事業の形は変えていい。
クリーニングという道が細くなるなら、別の道をつくればいい。
正面から争わない。
しかし、目的から目を離さない。
目的は変えず、道を変える。
それが、RRクリーニング社が歩んできた経営でした。
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
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