実践するドラッカー 実践編 第72話:守るために、外を見る――地域病院に起きたドラッカー実践記⑤(全6話)
事例14-5 共通の言葉が、意思決定を変えた――読書会が生んだ組織のものさし
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
問題提起が、「さみだれ式」になっていた
Nさんの実践は、透析センター、看護部、広報委員会、そしてコロナ対応へと広がっていきました。
患者さんの変化を見る。
仕事の成果から見直す。
地域に何ができるかを考える。
その問いを持つことで、NN病院の現場には少しずつ変化が生まれていきました。
一方で、Nさん自身にも、まだ課題がありました。
病院をよくしたい。
患者さんにとって、もっとよい医療を届けたい。
職員がもっと力を発揮できるようにしたい。
その思いが強いからこそ、Nさんには日々、気になることが見えてきます。
この業務は変えた方がよいのではないか。
この配置は、本当に合っているのだろうか。
この会議は、何のために続けているのだろうか。
この判断は、患者さんの成果につながっているのだろうか。
けれども、それをその都度、思いついた順に伝えていくと、受け取る側にとっては、五月雨(さみだれ)式の指摘になってしまいます。
また何か言われた。
今度はそこを直すのか。
何が基準なのかわからない。
結局、Nさんが気になったことを言っているだけではないか。
そんなふうに受け止められてしまう可能性もあります。
もちろん、Nさんが見ていたのは、単なる個人的な好みではありませんでした。
患者さんの成果や、職員の働きやすさや、病院の役割を考えたうえでの問題提起でした。
けれども、その背景にある考え方が共有されていなければ、問題提起は「指摘」として受け取られやすくなります。
そこで大きな意味を持ったのが、「実践するドラッカー」の読書会でした。
医療に言葉があるように、マネジメントにも言葉がある
ドラッカーは、こう述べています。
ソクラテスは「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と説いた。
~コミュニケーションと会議運営
半分も伝わらないことを理解する p.178
(マネジメント エッセンシャル版 p.158)
「大工の言葉」ではありませんが、たとえば医療の世界には、医療の言葉があります。
たとえば「ポジティブ」「ネガティブ」という言葉も、日常では前向き・後ろ向きという意味で使われがちですが、医療の文脈では、検査結果などの陽性・陰性という意味を持ちます。
また「増悪(ぞうあく)」という言葉もあります。
医療の現場では、症状や病状が悪化することを指す言葉です。
けれども、医療に馴染みのない人が文字で見ると、「憎悪(ぞうお)」と読み違えてしまい、何か感情的な対立や恨みの話をしているように誤解することがあるかもしれません。
見慣れた漢字に引き寄せて意味を想像すると、専門の文脈ではまったく違う意味になってしまうことがあります。
だからこそ、言葉を正しく共有することが大切になります。
言葉が違えば、見えているものも変わります。
同じ出来事を見ていても、どの言葉で捉えるかによって、理解の仕方も、次に取る行動も変わります。
それは、「マネジメントの世界」の言葉でも同じです。
成果。
貢献。
強み。
集中。
意思決定。
顧客の変化。
これらは、日常会話でも使われる言葉です。
けれども、ドラッカーの文脈で使うときには、単なる一般語ではありません。
「成果」とは、がんばったことではなく、外の世界に起きた変化です。
「貢献」とは、相手に合わせて何でも引き受けることではなく、果たすべき役割に力を集中することです。
「強み」とは、得意なことを気持ちよくやるというだけではなく、成果に結びつく能力を生かすことです。
「意思決定」とは、その場の空気や思いつきで決めることではなく、成果に向かって異なる見解から選択肢を明らかにして行うプロセスのことです。
Nさんが『実践するドラッカー』を用いた読書会を始めた意味は、ここにありました。
読書会は、単に本の内容を知識として学ぶ場ではありませんでした。
ドラッカーの言葉を読み、自分たちの現場に引きつけて考える。
目の前で起きている出来事を、その言葉を使って見直す。
自分たちの仕事は、誰にどんな成果をもたらすためにあるのかを話し合う。
その積み重ねの中で、院内に少しずつ共通の言葉が生まれていきました。
共通の言葉が、見方をそろえていく
それまで、それぞれの人は、自分の経験や立場から問題を見ていました。
医師には医師の見方があります。
看護部には看護部の見方があります。
事務部門には事務部門の見方があります。
経営に関わる人には、経営の見方があります。
それぞれの視点は大切です。
けれども、共通の言葉がないと、議論はすれ違いやすくなります。
何を問題と見るのか。
何を優先するのか。
何を成果と考えるのか。
どの判断が、病院全体にとってよいのか。
その基準がそろっていないと、話し合っているようで、実は別々のものを見ていることがあります。
読書会は、その間に共通の土台をつくっていきました。
同じ言葉を使うことで、同じ結論になるわけではありません。
意見の違いがなくなるわけでもありません。
けれども、問いの出発点がそろっていきます。
これは誰への貢献につながるのか。
患者さんにどんな変化をもたらすのか。
この人の強みはどこで生きるのか。
成果から見たとき、何を優先すべきなのか。
こうした言葉があることで、問題提起は、単なる個人の意見ではなく、組織として考えるための問いになっていきました。
「指摘」から「問い」へ
共通の言葉が生まれることで、Nさんの問題提起の仕方も変わっていきました。
以前は、Nさんが気になることを見つけ、その都度、問題として伝えることがありました。
けれども、読書会を通してドラッカーの言葉が共有されると、問いの立て方が変わります。
「これは誰への貢献につながるのか」
「この人の強みは、どこで生きるのか」
「成果から見たとき、本当にこのやり方でよいのか」
「いま集中すべきことは何か」
「患者さんや地域に、どんな変化を生み出すのか」
こうした問いは、単なる指摘とは違います。
「ここが悪い」
「これを直してほしい」
「なぜできていないのか」
という言い方ではなく、
「本来の成果から見たとき、どうだろうか」
「強みを生かすなら、別のやり方はないだろうか」
「患者さんの変化を考えると、何を優先すべきだろうか」
という問いになります。
問いが変わると、受け取る側の姿勢も変わります。
責められているのではなく、一緒に考えている。
注意されたのではなく、成果に向けて見直している。
誰かの好みではなく、共通のものさしから考えている。
そう感じられるようになると、現場は少しずつ自分たちで考え始めます。
読書会は、Nさん一人が問題を見つけて伝える状態から、共通の言葉を持った人たちが、それぞれの現場で問題を見つけ、提案していく状態への入口になっていきました。
“鶴の一声”で決まってしまう構造
もう一つ、Nさんが見直していったものがありました。
意思決定のあり方です。
以前のNN病院では、だれかの発言が「鶴の一声」のように受け止められ、物事が決まってしまうことがありました。
それは、必ずしもその人に悪気があるということではありません。
経験がある。
専門性がある。
立場がある。
これまで病院を支えてきた実績がある。
そうした人の言葉には、自然と重みが生まれます。
どこの組織でもそうですが、特に医療の現場では、専門性や経験が重要な場面が多くあります。
だからこそ、その人の一言が、周囲にとって「もう決まったこと」のように響いてしまうことがあります。
しかし、そうなると、組織の判断は少しずつ偏っていきます。
本当に患者さんの成果につながるのか。
その人の強みは生かされているのか。
組織全体にとって、よりよい配置なのか。
長期的に見て、どの判断が成果につながるのか。
そうした問いが、十分に検討されないまま、物事が進んでしまうことがあります。
これは、誰か一人の問題ではありません。
共通のものさしがない組織では、発言力や立場や空気が、知らず知らずのうちに意思決定の基準になってしまうことがあるのです。
意思決定に、共通のものさしを持つ
ドラッカーの言葉は、単なる標語ではありませんでした。
組織の中で何かを決めるときの、共通のものさしになっていきました。
誰の発言かではなく、何が成果につながるのか。
誰の都合に合わせるかではなく、誰の強みをどこで生かすのか。
その判断は、患者さんや地域にどんな変化をもたらすのか。
Nさんは、そうした問いを持ちながら、意思決定を見直していきました。
その一つが、強みを生かす人事異動でした。
人は、弱みを直すことで成果を上げるわけではありません。
むしろ、自分の強みが生きる場所に置かれたとき、大きな力を発揮します。
Nさんたちは、誰がどこに向いているのか、どの人の強みをどこで生かせるのかを考え、配置を見直しました。
その結果、患者さんの回復率が上がりました。
病院の評判も上がりました。
そして、売上も上がっていきました。
ここでも、順番が大切です。
売上を上げるために、人を動かしたのではありません。
だれかの発言に合わせるために、組織を動かしたのでもありません。
強みを生かす。
患者さんの成果につながる配置を考える。
組織として、よりよい貢献ができる状態をつくる。
その結果として、回復率が上がり、評判が上がり、売上も上がっていったのです。
共通の言葉は、人を縛るためではない
ここで大切なのは、共通の言葉は、人を縛るためのものではないということです。
「ドラッカーではこう言っているから」
「この言葉に合わないからだめだ」
そのように使ってしまえば、せっかくの学びも、ただの正しさの押しつけになってしまいます。
Nさんにとって、ドラッカーの言葉は、人を裁くためのものではありませんでした。
むしろ、人の強みを見るための言葉でした。
仕事の目的を問い直すための言葉でした。
患者さんや地域への貢献に立ち返るための言葉でした。
その言葉があることで、問題は個人の好き嫌いや力関係から少し離れます。
「誰が言ったか」ではなく、
「何に貢献するのか」へ。
「何が正しいか」を押しつけるのではなく、
「成果から見たとき、どう考えるか」へ。
その転換が、組織の中に少しずつ広がっていきました。
自分たちで考える組織へ
Nさんは、周囲の変化も感じるようになりました。
チャレンジする人が出てきた。
自分たちで考えるようになった。
生き生きしてくる。
「楽しい」という言葉が聞こえるようになった。
これは、単に業務改善が進んだということではありません。
共通の言葉を持つことで、自分たちで問題を見つけ、自分たちで考え、提案する土台が生まれ始めたということです。
人は、意味が見えない仕事には受け身になりやすいものです。
けれども、成果が見える。
貢献が見える。
自分の強みが生きる場所が見える。
自分たちの判断が、患者さんや地域の変化につながると感じられる。
そうなると、仕事への向き合い方は変わります。
Nさんが始めた読書会は、単なる学習の場ではありませんでした。
NN病院の中に、共通の言葉を生み出す場でした。
問題提起の質を変える場でした。
意思決定の基準をそろえる場でした。
そして、人が自分の強みを生かして考え始める場でもありました。
【今日の質問】
Q:あなたの組織には、問題提起や意思決定を支える“共通の言葉”があるでしょうか?
医療には医療の言葉があります。
同じように、マネジメントにもマネジメントの言葉があります。
「成果」「貢献」「強み」「集中」「意思決定」。
どれも日常でも使う言葉ですが、ドラッカーの文脈では、単なる一般語ではありません。
成果とは、頑張ったことではなく、外の世界に起きた変化。
貢献とは、何でも引き受けることではなく、果たすべき役割に力を集中すること。
強みとは、得意なことを気持ちよくやることではなく、成果に結びつく能力を生かすこと。
言葉の意味が共有されていないと、問題提起は「個人的な指摘」に見えやすくなります。
けれども、共通の言葉があると、問いは変わります。
「それは誰への貢献につながるのか」
「その人の強みはどこで生きるのか」
「成果から見たとき、何を優先すべきか」
Nさんの読書会は、知識を増やす場であると同時に、組織の中に共通の言葉を育てる場でもありました。
あなたの組織には、問題を責めるためではなく、共に考えるための言葉があるでしょうか。
~次回予告~
次回は、最終回として、こうした実践を重ねる中で、Nさん自身にどのような変化が起きたのかを見ていきます。
病院を守らなければならないという重圧から、病院を通して社会に何ができるかへ。
出来事を恐怖としてではなく、ただの出来事として受け止める。
自分がすべてを抱え込むのではなく、強みを持つ人に任せる。
利害関係のない仲間と学び合い、実践を振り返る。
その視点の転換は、組織だけでなく、Nさん自身の生き方にも大きな変化をもたらしていきました。
次回は、Nさん自身の変化と、これからの挑戦を見ていきます。
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