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実践するドラッカー 実践編 第47話:「何屋か」をやめて事業が広がった~ある鈑金塗装業の実践①(全5話)

事例10-1 「美しい鈑金」は、強みではなかった

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

「自分たちの強みは何か」

経営者であれば、一度は考えたことのある問いではないでしょうか。

しかし、その問いに答えるのは、簡単ではありません。

なぜなら、私たちはしばしば、
「自分たちが得意だと思っていること」
「自分たちが長くやってきたこと」
「同業者の中で評価されてきたこと」
を、そのまま強みだと思ってしまうからです。

けれども、それは本当に、お客様にとっての強みなのでしょうか。

今回ご紹介するのは、地方都市で自動車鈑金塗装業を営む、JJ社のJさんの実践です。

Jさんは、ドラッカーの学びを通じて、自社の強みを問い直していきました。

その出発点にあったのは、意外にも、こんな気づきでした。

「鈑金の美しさは、うちの強みではなかった」

もともとは、教師になりたかった

Jさんは、もともと自動車鈑金塗装の仕事に就くつもりではありませんでした。

大学では外国語系の学部に進み、学校の先生になることを目指していました。教員免許も取得し、地元に戻ります。

ところが、その時期はちょうど就職環境が厳しい時代でした。学校の先生になる道は、思うように開けませんでした。

そこで、父親が創業した会社を継ぎ、自動車鈑金塗装の仕事を学び始めます。

それから二十数年。

一方で、教師になりたいという思いは、完全には消えませんでした。Jさんは、小さい頃から続けていたスポーツの指導を、ボランティアで長年続けてきました。これまでに関わった子どもたちは、数多くいます。

家業としての鈑金塗装。 もう一つの顔としての、子どもたちへのスポーツ指導。

この二つは、後にJさんの「第二の人生」にもつながっていくのですが、それはまた後の回で触れることにします。

黙っていても仕事が入ってきた時代

Jさんが父親と一緒に仕事をしていた頃、特に最初の十年ほどは、会社は順調でした。

黙っていても、普通に仕事が入ってくる。

そんな状態だったといいます。

自動車鈑金塗装業とは、ぶつかった車、傷ついた車を修理して直す仕事です。事故が起きれば、修理の需要が発生します。地域に根ざして仕事をしていれば、自然と依頼が来る時代がありました。

しかし、ここ十年ほどで、状況が変わってきます。

車には安全装置が増えました。自動ブレーキや運転支援の技術も進んできました。将来的には自動運転も広がっていきます。

事故そのものが減っていく。

つまり、鈑金塗装の仕事が、以前のようには入ってこなくなっていったのです。

Jさんは、この変化の中で考え始めます。

「では、これから会社をどうしていけばよいのか」

それまで、どこか"何となく"経営していた部分がありました。けれども、これからはそれではいけない。

そんな時に出会ったのが、ドラッカーの読書会でした。

「自分たちの強みは、鈑金の美しさです」

読書会でドラッカーを学ぶ中で、Jさんは自社の強みについて考えるようになります。

最初に出てきた答えは、こうでした。

「自分たちの強みは、鈑金の美しさです」

確かに、鈑金塗装業において、きれいに直せることは大切です。

へこんだ車を元通りにする。 傷ついた塗装を美しく仕上げる。 事故に遭った車を、何事もなかったかのように戻す。

それは、職人として誇りを持てる仕事です。

長くこの仕事をしてきた人ほど、「仕上がりの美しさ」にはこだわりがあるはずです。

ところが、読書会の中で、ある問いが投げかけられます。

「それは本当に、強みなのだろうか」

この問いが、Jさんにとって一つの転機になりました。

お客様にとっては、当たり前だった

考えてみれば、自動車鈑金塗装業に車を持ち込むお客様は、何を期待しているのでしょうか。

傷ついた車を、きれいに直してほしい。 へこんだ車を、元通りにしてほしい。 事故の跡がわからないようにしてほしい。

つまり、きれいに直ることを期待して来ています。

でこぼこのまま返ってくるとは思っていません。 色が合わないまま戻ってくるとも思っていません。 仕上がりが悪くても仕方ない、とは思っていません。

お客様にとって、美しく直ることは、特別な価値ではなく、当たり前だったのです。

Jさんは、このことに気づきます。

技術を持っていて、きれいに直せるというのは、強みに見えて、実はうちの強みでも何でもない。お客様にとっては当たり前のことだったのです。

これは、とても大きな気づきでした。

自分たちが誇りを持っていること。 自分たちが長年磨いてきたこと。 同業者の中では評価されること。

それがそのまま、お客様から見た強みになるとは限らない。

ここで、ドラッカーの言葉が刺さります。

事業が成功するには、知識が、顧客の満足と価値において、意味あるものでなければならない。(中略)知識は事業の外部、すなわち顧客、市場、最終用途に貢献して初めて有効となる。

—— 『実践するドラッカー 事業編』第6章 知識を強みに変える p.188
(原典:『創造する経営者』p.144)

「鈑金が美しい」という知識は、確かにJさんの中にありました。

しかし、その知識が顧客にとって「意味あるもの」だったかというと、そうではなかった。きれいに直るのは前提であり、驚きでも特別な価値でもなかった。

知識の価値は、自分たちの内側ではなく、顧客の側で決まる。

この現実に向き合うところから、Jさんの事業の見直しが始まりました。

「自動車鈑金塗装業」という肩書きが邪魔だった

Jさんは、自己紹介をするとき、こう言っていました。

「自動車鈑金塗装業を営んでおります、JJ社のJです」

ごく自然な自己紹介です。

しかし、この「自動車鈑金塗装業を営んでいます」という言葉が、だんだん邪魔に感じられるようになっていきました。

なぜなら、その言葉を使った瞬間に、相手の頭の中には決まったイメージが浮かぶからです。

車をぶつけた時に行くところ。 傷ついた車を直してくれるところ。 事故が起きた時に必要になるところ。

もちろん、それは間違いではありません。

けれども、その枠の中にいる限り、自分たちの仕事は「事故が起きるのを待つ仕事」になってしまいます。

Jさんは、こう表現しています。

「お医者さんと一緒です。仕事が欲しくて『病気になってください』とは言えません。私たちも『車をぶつけてください』とは言えないのです」

事故や損傷を前提にした仕事は、積極的に宣伝しにくい。

では、同業者はどうやって自社をアピールするのか。

多くの場合、打ち出し方はこうなります。

安い。 早い。 美しい。

Jさんは、それを外食チェーンのキャッチコピーのようだと表現しました。

しかし、JJ社は決して安さを売りにできる会社ではありませんでした。手間をかけるからです。きちんと直そうとすれば、安くはできません。

早さだけを売りにすることにも限界があります。

そして、美しさは、お客様にとっては当たり前でした。

では、自分たちは何を強みにすればよいのか。

業界の中で愚痴を言っていても、未来は開けない

自動車鈑金塗装業の業界団体では、同業者同士で話をする機会がありました。

しかし、事故件数が減り、仕事が減り、売上が上がりにくくなっていく中で、集まりはいつしか愚痴の場になっていきます。

「仕事が減った」
「売上が上がらない」
「これからどうなるのか」

もちろん、不安になるのは当然です。

けれども、Jさんは思いました。

ここで愚痴を言っていても、何も変わらない。

そこで、業界団体から離れる決断をします。

簡単なことではありませんでした。周囲からはいろいろなことも言われたそうです。それでもJさんは、自分たちの未来を考えるためには、業界の枠から一度離れる必要があると考えました。

「自動車鈑金塗装業」という肩書きの中にいる限り、見えるものが限られてしまう。

そこでJさんは、自社を別の角度から見直し始めます。

強みを問い直すとは、仕事の定義を問い直すこと

ドラッカーは、強みを重視します。

しかし、強みとは単に「得意なこと」ではありません。

自分たちができることの中で、 お客様が価値を感じ、 成果につながり、 他とは違う貢献を生み出せるもの。

それが、本当の意味での強みです。

Jさんにとって、最初の問い直しは厳しいものでした。

「鈑金の美しさ」は、職人としての誇りではあっても、お客様にとっては当たり前だった。

「自動車鈑金塗装業」という肩書きは、仕事を説明する言葉ではあっても、未来の可能性を広げる言葉ではなかった。

この気づきが、次の変化につながっていきます。

それは、仕事の定義を変えることでした。

事故が起きた車を直すのではなく、 そもそも車を傷ませない。 錆びた車を直すのではなく、 錆びさせない。

ここから、JJ社の事業は大きく動き始めます。

次回は、Jさんがどのようにして「事故を待つ商売」から「錆びさせない仕事」へと転換していったのかを見ていきます。

【今日の問い】

Q:自社が工夫し努力していることのうち、その努力や工夫がお客様にとっては単なる「当たり前」になっているものは何ですか。

強みは、自分たちの内側だけを見ていても見つかりません。

長く続けてきたこと。 職人として誇りを持っていること。 同業者から評価されること。

それらはもちろん大切です。

しかし、それがそのままお客様にとっての価値になるとは限りません。

お客様は、こちらの努力やこだわりを見ているのではなく、自分にとってどんな意味があるかを見ています。

ドラッカーが言うように、知識の価値は「顧客の満足と価値において、意味あるもの」かどうかで決まります。自分たちの中にある技術や経験が、どれだけ本物であっても、顧客にとって意味をなさなければ、事業の強みにはなりません。

Jさんの気づきは、ここにありました。

「美しく直せること」は大切です。 しかし、お客様にとっては、それは依頼する前提条件でした。

そこに気づいたことで、Jさんは「では、自分たちは何によって貢献できるのか」を問い直していきます。

本当の強みは、業種名の中にあるとは限りません。 むしろ、業種名をいったん外した時に、初めて見えてくることがあります。

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