実践するドラッカー 実践編 第68話:守るために、外を見る――地域病院に起きたドラッカー実践記①(全6話)
事例14-1 「成果は外にある」――病院を守る重圧から、患者さんの変化へ
地域医療を支えてきた医師一家
Nさんは、ある地方都市で、医師として現場に立ちながら、家族とともにNN病院の経営にも関わっています。
その地域には、総合病院が一つあります。
けれども、裏を返せば、その一つしかありません。
近隣には、地域を支えていた総合病院がなくなってしまったところもありました。Nさんにとって「病院を守る」という言葉は、単なる経営上の課題ではなく、地域の安心を途切れさせないための切実な思いでもありました。
地域の人にとって、NN病院があることは大きな安心につながっています。体調を崩したとき、困ったとき、頼れる医療機関が地域にある。その存在そのものが、暮らしを支える基盤でもあります。
病院のほかにも、地域の医療や福祉、教育に関わるいくつかの事業を担っています。NN病院は、単に病気を診る場所というだけではなく、地域の生活を広く支える存在でもありました。
NN病院は、いわばNさんたちの医師一家によって支えられてきた病院でもあります。
父も母も、叔母も兄弟も、そして夫もここで働く医師。
家族の多くが、それぞれの専門分野で病院と地域医療を支えていました。
その力があったからこそ、NN病院は長く地域医療を維持してくることができたのだと思います。
目の前の患者さんを何とかしたい。
地域の医療を途切れさせてはいけない。
自分たちが踏ん張らなければならない。
そうした責任感や献身が、病院を支えてきました。
Nさん自身もまた、医師として現場に立つ一方で、家族の一員として病院の経営にも関わっていました。院長から見れば娘であり、家庭では三人の子どもたちの母でもあります。
医師として、一族の一員として、母として。
いくつもの役割を同時に担いながら、Nさんは病院と地域に向き合っていました。
思いと献身だけでは守りきれない
けれども、Nさんの中には、次第に別の焦りも生まれていました。
これからも、家族の責任感や、現場の頑張りだけで病院を守り続けられるのだろうか。
人の思いや献身に頼るだけで、地域医療を維持し続けることができるのだろうか。
一人ひとりは、医療の専門家として素晴らしい力を持っています。
目の前の患者さんに真剣に向き合い、それぞれの専門性を発揮している人たちです。
けれども、専門家が集まっていることと、組織として成果をあげることは、必ずしも同じではありません。
誰のために、どんな成果をあげるのか。
そのために、限られた人や時間や資源をどこに集中するのか。
一人ひとりの強みを、組織全体の力にどうつなげていくのか。
Nさんが少しずつ惹かれていったのは、そうしたマネジメントの視点でした。
「病院を守らなければならない」
Nさんがドラッカーに出会ったのは、ちょうどコロナ禍の真っただ中でした。
院内は混乱していました。感染対策、職員の不安、患者さんや地域への対応。答えの見えない状況の中で、Nさんは院内感染対策の中心的な立場として、最前線に立っていました。
地域に一つしかない総合病院として、コロナ対応をしなければならない。
行政や地域の要請にも応えなければならない。
しかし、もし院内感染を起こせば、大きな批判を受けるかもしれない。
そのプレッシャーの中で、Nさんは自分を責め続けていました。
「病院を守らなければならない」
その思いは、コロナ禍で突然生まれたものではありませんでした。
Nさんは、若い頃から家族に「病院を守ってほしい」と言われてきました。
病院を大きくしたい。売上を伸ばしたい。
そういう前向きな経営目標というよりも、まず何よりも「病院を存続させなければならない」という思いがありました。
病院を守る。
地域の医療を守る。
家族の歴史を守る。
職員の生活を守る。
そのどれもが大切なことです。
けれども、それらすべてを一人で背負おうとすると、いつしか「守る」という言葉は、使命であると同時に、重荷にもなっていきます。
Nさんは、長い間、その重圧の中で苦しんでいました。
雷に打たれたような言葉
そんな中で、転機となる言葉に出会います。
ドラッカーに学んだビジネスコーチから、こう言われたのです。
「Nさんのままでいいから。成果は外にあるんだよ。」
Nさんにとって、それは雷に打たれたような言葉でした。
成果は、売上ではない。
成果は、自分の内側にもない。
成果は、外にある。
ドラッカーは、こう述べています。
組織の成果は、一人ひとりの人間の生活、人生、環境、健康、期待、能力の変化という組織の外の世界に表れる。組織がミッションを実現するには、あげるべき成果を明らかにして資源を集中しなければならない。
第4章 われわれにとっての成果は何か p.90
(経営者に贈る5つの質問 p.55)
この言葉は、Nさんの実践を考えるうえで、とても重要です。
病院の成果は、病院の中にはありません。
売上や患者数、稼働率といった数字は、もちろん経営にとって欠かせない指標です。けれども、それらは成果そのものというより、外の世界に起きた変化が、数字として内部で測定できた業績です。
患者さんの健康がどう変わったのか。
地域の人たちの安心がどう変わったのか。
職員の期待や能力がどう変わったのか。
その人の生活や人生に、どんな変化が生まれたのか。
そこにこそ、病院があげるべき成果があります。
視点が「内」から「外」へ変わる
この言葉に触れたとき、Nさんの中で、ものの見方が大きく変わっていきました。
それまでNさんの意識の中心には、「病院を守らなければならない」という思いがありました。
もちろん、病院の存続は大切です。病院がなくなれば、患者さんも地域も困ります。職員も困ります。
けれども、存続そのものを目的にしてしまうと、視野は内向きになりやすくなります。
売上は足りているか。
人は辞めないか。
問題は起きないか。
責められないか。
失敗しないか。
気づけば、見るものの多くが、病院の内側の不安になっていきます。
しかし、「成果は外にある」と考えた瞬間、問いが変わりました。
患者さんに、どんな変化が起きているか。
地域の人たちは、何に困っているか。
この病院だからこそ、何に貢献できるか。
私たちは、誰の、どんな成果のために存在しているのか。
その問いの変化は、Nさんにとって大きな解放でもありました。
病院を守ることだけを考えていたとき、Nさんは何かが起きるたびに自分の責任だと感じていました。失敗してはいけない。迷惑をかけてはいけない。批判されてはいけない。そんな恐怖が、常に心の中にありました。
けれども、患者さんの変化、地域の変化に目を向けると、同じ出来事の見え方が変わります。
問題は、ただ責められるべき失敗ではなくなります。
それは、何を変えるべきかを教えてくれる情報になります。
混乱は、恐怖そのものではなくなります。
それは、組織がどこに貢献できるかを考える機会になります。
Nさんは、この時期に視点が大きく変わったと言います。
内から外へ。
病院の存続そのものから、患者さんと地域の変化へ。
売上第一から、あげるべき成果へ。
それまで何かが起こるたびに恐怖として受け止めていた出来事も、少しずつ「出来事」として捉えられるようになっていきました。
マネジメントの視点で見つめ直す
そして、そこからNさんは走り始めました。
もちろん、最初からすべての部署が変わったわけではありません。
一気に病院全体が変革されたわけでもありません。
むしろNさんは、変わる素地のあるところから、一つずつ取り組んでいきました。
透析センター。
看護部。
広報委員会。
コロナ対応。
そして、病院全体の意思決定。
それぞれの場面で問い直したのは、同じことでした。
「成果はどこにあるのか」
「誰に、どんな変化をもたらすことが、私たちの仕事なのか」
「本当にあげるべき成果は何なのか」
その問いは、専門家としての医療の視点を否定するものではありませんでした。
むしろ、専門家としての力を、患者さんや地域の成果につなげるための問いでした。
限られた人や時間や資源を、どこに集中するのか。
誰の強みを、どこで生かすのか。
何を変えれば、患者さんや職員や地域に、よりよい変化が生まれるのか。
この問いが、Nさん自身を変え、現場の見方を変え、やがて病院の仕事のあり方を変えていきます。
この変化の土台には、あるビジネスコーチに勧められて参加した勉強会での学びもありました。
そこでは、経営の知識を一方的に学ぶだけではなく、自分自身のあり方や、組織が社会に対して果たす役割を深く見つめ直す機会がありました。
その学びの上に、ドラッカーの言葉が重なっていきます。
読書会で、利害関係のない仲間と対話する。
歴史や思想の背景にも触れる。
実践したことを振り返り、また現場に戻る。
そうした学びの積み重ねが、Nさんにとって、目の前の出来事を受け止め直す支えになっていきました。
ドラッカーの言葉は、単なる知識として学ばれたのではありませんでした。
それは、追い詰められた日々の中で、Nさんが自分自身と組織を見つめ直すための、ものさしになりました。
病院を守るとは、何を守ることなのか。
存続とは、何のための存続なのか。
成果とは、どこにあるのか。
そして、外の世界にどんな変化を生み出すことが、私たちの仕事なのか。
その問い直しから、Nさんの実践は始まりました。
【今日の質問】
Q:あなたの組織が本当にあげるべき成果は、誰の、どんな変化として表れているでしょうか?
売上、患者数、利用者数、会員数、稼働率。
組織を運営していくうえで、数字を見ることは欠かせません。
けれども、その数字の向こうには、必ず人がいます。
お客様の生活は、どう変わったでしょうか。
患者さんの健康は、どう変わったでしょうか。
利用者さんの安心は、どう変わったでしょうか。
働く人の期待や能力は、どう変わったでしょうか。
数字は大切です。
しかし、数字そのものが目的になると、私たちはいつの間にか組織の内側ばかりを見るようになります。
ドラッカーがいうように、成果は組織の外の世界に表れます。
だからこそ、まず問い直したいのです。
私たちは、誰に、どんな変化をもたらすために存在しているのか。
そして、その変化を生み出すために、今どこに力を集中すべきなのか。
Nさんの実践は、その問いから始まりました。
~次回予告~
次回は、Nさんが最初に手応えを得た実践の一つ、透析センターでの取り組みを見ていきます。
当時、透析センターにも、どこか売上を中心に考える空気がありました。
しかしNさんは、そこでも問いを変えていきます。
「患者さんに、どんな変化をもたらすことが成果なのか」
その問いから始まったカテーテル感染防止の取り組みは、患者さんの生命予後を改善し、やがて患者数の増加にもつながっていきました。
売上を追いかけていたときには超えられなかった壁が、患者さんの変化を中心に置いたことで、どのように超えられていったのか。
次回は、医療現場における「成果は外にある」の実践を見ていきます。
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
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