実践するドラッカー 実践編 第48話:「何屋か」をやめて事業が広がった~ある鈑金塗装業の実践②(全5話)
事例10-2 「不運を待つ商売」から「不運に備える仕事」へ
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回は、Jさんが「自社の強み」を問い直す出発点を見てきました。
長年誇りにしてきた「鈑金の美しさ」は、お客様にとっては当たり前のことだった。
では、JJ社は何によって貢献できるのか。
この問いを持ちながら、Jさんは次の一歩を踏み出していきます。
「不運を待つ商売」に違和感を覚えた
自動車鈑金塗装業には、ある構造的な難しさがあります。
仕事の入口が、事故や損傷だということです。
お客様が車をぶつける。
こすってしまった。
へこんでしまった。
そこで初めて、修理の需要が生まれます。
Jさんは、この仕事のあり方に違和感を覚えていました。
「お医者さんが『どうか病気になってください』と言えないのと同じで、私たちも『車をぶつけてください』とは言えないんです」
困りごとが起きてから呼ばれる。
その構造の中にいる限り、こちらから積極的に動くことが難しい。
業界の同業者と集まると、話はいつも同じ方向に向かいました。
「仕事が減った」
「売上が上がらない」
「事故が減って困っている」。
Jさんは、そこに留まることをやめます。
愚痴を言い合っていても、何も変わらない。同業者の集まりよりも、自社の未来を考える時間を優先するようになります。そして、別の角度から自社を見直し始めます。
雪国の車が抱える問題
目を向けたのは、地域に根ざした問題でした。
雪の多い地域では、冬になると道路に凍結防止剤が撒かれます。塩分を含んだその液体が、車の下回りに付着し、少しずつ金属を蝕んでいきます。
気づいた時には、錆が進んでいる。車検に出すと「下回りが錆びていて通りません」と言われる。雪国では、よくある話でした。
錆びた車の修理は、難しいのです。
表面をきれいにしても、数か月後にまた錆が浮いてくることがある。だから多くの業者は、こう言いながら作業します。
「直してはみますが、また錆が出るかもしれません」
お客様は納得できません。クレームになり、やり直しになり、金額も気持ちも合わなくなっていく。
Jさんにとって、この問題は長年の悩みでした。
そして、「どうすれば根本的に解決できるか」を探し始めた時に、海外発の防錆システムに出会います。
発想が逆転した
最初は、錆びた車をよりよく直すための方法として関心を持ちました。
ところが、取り組んでいくうちに、Jさんの発想が変わります。
「錆びてから直すのではなく、錆びさせなければいいのではないか」
これは、仕事の定義が変わる瞬間でした。
修理ではなく、予防。 対処ではなく、保護。
不運が起きてから呼ばれるのではなく、不運に備えるための提案をする。
しかも、防錆コーティングは塗装の技術を使う仕事でした。
Jさんはここで気づきます。
「車のどこが錆びやすいか、どの部位に水が溜まりやすいか——それは整備業者よりも、鈑金屋の自分の方が絶対にわかっている。
この仕事は、うちに向いている」
長年磨いてきた塗装の技術と、車体構造への深い理解。それは「傷ついた車を直す」だけでなく、「車を守る」ためにも使えるものでした。
強みは、業種名の中に閉じ込められていたのです。
「卓越性」はどこにあるか
ここでドラッカーの言葉を借りれば、こうなります。
事業の定義と密接に関連するものとして、卓越性の定義がある。卓越性とは、常に知識に関わる卓越性である。すなわち、事業にリーダーシップを与える何らかのことを行いうる人間能力のことである。事業の卓越性を明らかにするということは、その事業にとって真に重要な活動は何であり、何でなければならないのかを決定することである。
知識とは、行動の結果であるp.192
(出典元:創造する経営者 p264~265)
Jさんが持っていた卓越性は、「鈑金を美しく仕上げること」ではありませんでした。
それはお客様から見れば当たり前であり、事業にリーダーシップを与えるものではなかった。言い換えれば、市場で「この会社でなければ」という支持を生み出すものではなかったのです。
では、JJ社にとって「真に重要な活動」とは何か。
錆びやすい箇所を見抜く目。 車体構造を熟知した上での施工判断。 塗るだけでなく、素材ごとに最適な方法を選ぶ技術。
それは、防錆という仕事の中でこそ活きるものでした。
「美しく直す」という枠の外に出た時、JJ社の本当の卓越性が見え始めたのです。
ミッションが変わった
この転換を機に、JさんはJJ社のミッションを定義し直します。
「自動車鈑金塗装業」という言葉を外しました。
そして、こう定めます。
「お客様が安全で快適に、長く車を使用することに貢献する」
言葉が変わると、見えるものが変わります。
以前は、仕事の入口は「事故や損傷が起きた時」しかありませんでした。
でも今は、「今の車を長く大切に使いたい」と思っているお客様にも、こちらから提案できます。仕事の起点が、事故という「偶然」から、意思という「必然」に変わりました。
「人生最後の一台」に乗り続けたい
防錆の仕事を始めると、これまでとは違うお客様が来るようになりました。
その中で、Jさんがとりわけ印象深く話すお客様がいます。
80歳近い高齢の方でした。
車検に出したところ、下回りの錆が進んでいて、このままでは通らないと言われた。
「この車にあとどれくらい乗れるかわからない。でも、今さら新しい車に乗り換える気にはなれない。操作が変わると、それだけで不安になる。だから今の車に、最後まで乗り続けたい。いくらかかってもいいから、ちゃんと直してくれ」
Jさんは、その車を丁寧に直しました。下回りの錆を処置し、防錆コーティングを施しました。
そのお客様はその後3年間、その車に乗り続けたそうです。最後は、車体よりも先にエンジンが壊れてしまい、そこで諦めることになりました。
車を直すことは、その人の暮らしを守ることでもある。
防錆という仕事が、Jさんにとってそういう意味を持ち始めました。
リピートが生まれた
防錆コーティングは、事業の構造も変えました。
通常の鈑金塗装では、修理が完了すれば関係が一区切りになりがちです。次に来ていただけるのは、また事故や損傷が起きた時です。
しかし、防錆コーティングを施工した車は、その後も接点が続きます。
もし事故に遭った場合、防錆を施した部分の再施工も必要になるからです。「また同じところで見てもらいたい」「この車のことをわかっている人に任せたい」——そう考えるお客様が、自然と戻ってきます。
一度きりの取引が、長い関係に変わりました。
値段で選ばれるのではなく、「ここでなければ」という理由で選ばれるようになった。
「安い・早い・美しい」という競争から離れ、Jさんはようやく、自社らしい貢献の場所を見つけていきます。
【今日の問い】
自社の仕事は、 お客様の不運が起きてから呼ばれる仕事になっていないでしょうか。
その不運が起きる前に、 こちらから備えを提案できることはないでしょうか。
解説
「修理する」「対処する」「問題が起きた後に動く」——それ自体は、とても大切な仕事です。
しかし、そこで止まってしまうと、仕事は「待つ」ものになりやすくなります。
Jさんが転換したのは、仕事の入口でした。
錆びた車を直すのではなく、錆びさせない。不運が起きてから呼ばれるのではなく、不運に備えるための提案をする。
そして、その転換は「何か新しいことを始めた」ということではありませんでした。すでに持っていた技術の、向ける先を変えただけでした。
ドラッカーが言う「卓越性」とは、事業にリーダーシップを与える人間能力のことです。それは、自分たちにとって「当たり前」の技術の中に、すでに眠っているのかもしれません。
不運が起きてから動くのか、起きる前に備えるのか。
その違いが、仕事の定義を変えます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!