実践するドラッカー 実践編 第30話:スタッフからアイデアが泉のように湧き出るお店⑧(全10話)
事例6-8 始まったコロナ禍:危機の「危」ではなく「機」を見る
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回の記事では、
「利益は目的ではなく、燃料タンクである」
というテーマで、美容室FFの財務の考え方を見てきました。
利益は、ただの余剰ではありません。
来年の収穫のために残しておく「種もみ」だと。
そう捉え直したFさんは、毎年の利益を静かに、着実に積み上げていきました。
その燃料タンクが満ちつつあったとき、誰も予想しなかった嵐がやってきます。
2020年春。新型コロナウイルスの感染拡大です。
■2020年春、美容業界を襲った激震
2020年春。新型コロナウイルスの感染拡大によって、街の空気は一変しました。
人々は外出を控え、飲食業・観光業だけでなく、美容業界にも大きな打撃が走ります。
Fさんの周囲でも、多くの美容室が前年比20〜30%減という厳しい状況に追い込まれていきました。
特に苦しかったのは、集客サイトに大きく依存し、割引で顧客を集めていた美容室のようでした。価格訴求に頼った関係性は、危機の中で一気に崩れていったのです。
では、美容室FFはどうだったのか。
最も厳しかった4月でさえ前年比103%。その後も、一度も前年を割ることなく成長を続けました。
なぜ、そんなことが可能だったのでしょうか。
その背景には、Fさん自身のある体験と、それまで積み重ねてきた経営の姿勢がありました。
■ダイビングで溺れた日の記憶
Fさんは、スキューバダイビングが趣味です。
あるとき、海の中で溺れかけたことがありました。
慣れない水中では、「息ができない」「死んでしまう」という恐怖から、人は息を吸うことばかり考えてしまいます。
しかし、吐かずに吸おうとするほど、苦しくなる。
そのとき、インストラクターがジェスチャーで伝えてきたのは、
「まず息を吐け」
ということでした。
ゆっくり息を吐いていくと、心拍数が落ち着き、パニックが和らいでいく。そして初めて、また息を吸えるようになる。
この体験が、後にコロナ禍での経営判断と重なっていきます。
■お金を集める前に、まず「息を吐く」
コロナ禍の4月、5月。
先の見えない不安の中で、多くの経営者が「どう現金を集めるか」を考えていました。
回数券を売る。
前払いチケットを売る。
とにかく今すぐ現金を確保しようとする。
もちろん、お金は必要です。
経営において、お金は酸素のようなものです。
しかしFさんには、その姿が「息を吐かずに吸おうとしている状態」に見えました。
まず考えるべきなのは、
「どうすればお客様に喜んでもらえるか」
でした。
つまり、先に“与える”こと。
先に「息を吐く」ことです。
その発想が、危機の中での行動を大きく分けていきました。
■燃料タンクが、思考の余裕を生んだ
ここで、前回まで積み上げてきた「利益=燃料タンク」という考え方が効いてきます。
周囲の経営者が焦りの中で現金集めに走る一方、Fさんが「お客様にとって何が大事か」を冷静に考えられたのは、手元に十分な現金があったからでした。
美容業界では、「月商3か月分の現金があれば優秀」と言われます。
しかしコロナ禍に入った時点で、美容室FFには半年分以上の現金が蓄えられていました。
“タンク”に十分な燃料があったからこそ、慌てずに考える余裕があった。
ダイビングで言えば、酸素ボンベにまだ十分な空気が残っていた状態です。
利益を「種子」として積み上げてきた意味が、このとき初めて現実の重みを持って表れたのでした。
■お客様の声を、徹底して聴く
コロナ禍で、美容室FFがまず取り組んだのは、「安心」を届けることでした。
体温測定、噴霧器による除菌、問診票の導入。さらに、その対応内容を動画にまとめ、SNSでも発信していきました。
しかし、Fさんたちが本当に大切にしたのは、「対策をしたこと」ではありません。
お客様が、何に不安を感じているのかを聴くことでした。
アンケートを実施すると、そこには現場にいるからこそ見落としてしまう“小さな困りごと”が並んでいました。
その一つが、
「外したマスクの置き場所に困る」
という声でした。
そこで美容室FFでは、新品のビニール袋を一人ひとりに渡し、
「外したマスクはこちらへどうぞ」
と案内するようにしました。
ほんの小さな工夫です。
けれど、こうした細かな配慮の積み重ねが、「ここなら安心できる」という感覚につながっていきました。
そして、その“お客様の変化を観察する姿勢”こそが、次の新しい提案へとつながっていったのです。
■"コロナになってよかった"ことを探す
Fさんは、スタッフにこう問いかけました。
「コロナで困ったこと」ではなく、
「コロナで、お客様の生活はどう変わっただろう?」
という問いです。
ドラッカーはこう言っています。
新しいものを生み出す機会となるものが変化である。イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。
/変化はニュートラルである p.216
(イノベーションと起業家精神 p15)
危機には、「危険」と「機会」の両方があります。
外出が減り、旅行や外食に使っていたお金は手元に残る。
一方で、人々の関心は、
「家でどう快適に過ごすか」
「健康や美容をどう保つか」
へ向かっていました。
実際、美容室FFでは客単価が大きく上昇します。
ニーズが消えたわけではありません。形を変えて現れていたのです。
そして、その変化を敏感に感じ取れた背景には、以前から続けていた「女性誌研究」がありました。
■女性誌研究が、ここで生きた
第2回で紹介した「女性誌研究」。
お客様が読んでいる雑誌を、自分たちも読む。記事だけでなく広告まで丁寧に見る。
その習慣によって、美容室FFのスタッフたちは、普段から「お客様が見ている景色」を一緒に見る訓練をしていました。
だからコロナ禍でも、
家時間を豊かにしたい
健康や美容を大事にしたい
自分を整えたい
というお客様の変化を、自然に捉えることができたのです。
■「欲しい人」を先に探してから売る
コロナ禍で高まった「家での美容・健康ニーズ」に対して、Fさんたちはインスタグラムのアンケート機能を活用しました。
「こういう商品があります。興味ある方いますか?」
そう問いかけ、反応があったものだけを仕入れる。
在庫は持たない。売りたいものを売るのではなく、「欲しいと言われたもの」を欲しいといわれた数だけ仕入れる。
脱毛器、高性能ドライヤー、筋トレ器具、腸内環境を整えるサプリ——一見、美容室らしくない商品も含まれていました。
しかし共通していたのは、「お客様側のニーズ」から始まっていたことです。
しかも、アンケートを取るだけでは終わりません。
反応してくれたお客様一人ひとりと、DMで丁寧にやり取りを重ねていったのです。
そこにあったのは、単なる販売活動ではありませんでした。
“人とのつながり”そのものでした。
■FFを守ったのは「紹介」だった
コロナ禍で改めて浮かび上がったのは、美容室FFの集客構造の強さでした。
FFの新規集客の8割以上は、「紹介」だったのです。
割引クーポンで来たお客様は、もっと安い店があれば移っていくかもしれません。
しかし紹介で来たお客様には、人と人との信頼関係があります。
だから関係性が深く、リピート率も高い。そして次の紹介にもつながっていく。
地道に、愚直に積み上げてきた「紹介」というつながり。
それが、コロナ禍という嵐の中で、美容室FFを守る防波堤になっていました
■危機は、積み重ねの答え合わせだった
コロナ禍は、偶然を試す出来事ではありませんでした。
それまで積み上げてきたものが、本物だったかどうかを問われる「答え合わせ」だったのです。
お客様との関係を深めてきたか。
人とのつながりを大切にしてきたか。
お客様の変化を見ようとしてきたか。
利益という種子を蓄えてきたか。
その積み重ねが、危機の中で数字として表れました。
「危機の“危”だけでなく、“機”を見る」
その姿勢は、突然生まれたものではありません。
平時から積み重ねてきた原理原則の延長線上にあったのです。
■次回予告
次回は、「仕事の定義を変える」について。
美容室FFは、コロナ禍を乗り越える中で、改めて問い直すことになりました。
「自分たちは、いったい何屋なのか?」
髪を切ることは、本当に仕事の目的なのか。
お客様が本当に求めているものは何なのか。
その問いを掘り下げていく中で、Fさんたちは、自分たちの仕事を“技術”ではなく、“お客様の人生への貢献”として捉え直していきます。
仕事の定義が変わったとき、組織の見える景色もまた、大きく変わり始めました。
【今日の問い】
Q:最近、お客様が見ている景色は、どのように変化していますか?
環境が大きく変わるとき、最初に変わるのは「お客様の行動」だけではありません。
不安に感じること、大切にしたいこと、お金や時間の使い方、そして「こうありたい」という価値観そのものが変わっていきます。
しかし、売上や業界の情報ばかりを見ていると、その変化を見失ってしまうことがあります。
美容室FFがコロナ禍でも大きく崩れなかった背景には、「お客様が見ている景色を、自分たちも見る」という習慣がありました。
変化の時代に必要なのは、環境の変化を嘆くことだけではなく、その中でお客様が何を感じ、何を求め始めているのかを観察し続けることなのかもしれません。
■続きの物語はこちらから
このFさんとFF美容室の物語の第①話は
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