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実践するドラッカー 実践編 第61話:後継者は、家業から距離を置いていた――受け継いだ家業に、未来を描けるか③(全5話)

事例12-3 競合がパートナーに変わった日――“強度”という価値の発見

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

顧客に聞いたことで、仕事の見え方が変わり始めた

Lさんは、顧客に聞いてみました。

「なぜ、価格が高いにもかかわらず、LL社を選んでくれているのですか。」

返ってきた答えは、Lさんにとって意外なものでした。

「納期を守ってくれるから」
「品質に信用があるから」
「安心して任せられるから」

顧客が買っていたのは、製品だけではありませんでした。

LL社は、鍛造品をつくっている。自動車部品を納めている。強度が求められる金属部品を加工している。

もちろん、それは間違いではありません。

けれど、顧客の側から見ると、LL社の仕事は少し違って見えていました。

「自分たちの仕事を止めない」ための確かさ。
「品質への不安」を減らしてくれる安心感。
「困ったとき」に相談できる信用。

顧客は、そうした価値も一緒に受け取っていたのです。

この気づきによって、Lさんの中で、LL社の仕事の意味が少しずつ変わり始めていました。

自分たちは、鍛造品を売っている。
たしかに、そうです。

けれど、それだけなのでしょうか。

自分たちは、顧客にどのような価値を届けているのか。
顧客は、どのような困りごとを抱えたときに、LL社を思い出してくれるのか。

その問いが生まれ始めた頃、LL社に予期せぬ依頼が届きました。

「それは表面的な理解ではないのか」

ドラッカーの言葉には、いつもこんな問いかけが含まれている気がします。

「それは、表面的な理解ではないのか。」
「本当に顧客が求めているものを見ているのか。」
「自分たちの都合のよい解釈で、顧客の価値をわかったつもりになっていないか。」

前回、Lさんは顧客に聞くことで、LL社が「信用」や「安心感」を買われていることに気づきました。

納期を守ってくれる。
品質に信用がある。
安心して任せられる。

それは、とてもありがたい評価でした。

しかし、その理解にとどまってしまうと、次の選択肢は限られてしまいます。

もっと納期対応を頑張る。
もっと品質管理を徹底する。
もっと顧客の要望に応える。
もっと無理をきく。

もちろん、それらは大切です。

けれど、もしそれだけなら、LL社の未来は「今まで以上に頑張る」ことの延長線上にしか描けません。

市場が変化している。
価格競争もある。
主力製品の先行きにも不安がある。

その中で、ただ努力量を増やすだけでは、未来は開けにくいでしょう。

必要だったのは、もっと頑張ることではなく、顧客が本当に求めている価値を、もう一段深く見ることでした。

その扉を開いたのが、予期せぬ依頼でした。

予期せぬ成功は、ほとんど無視される

ドラッカーは、こう述べています。

予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないイノベーションはない。しかるに予期せぬ成功はほとんど無視される。困ったことには存在さえ否定される。

『実践するドラッカー 事業編』第7章 事業機会を発見する
予期せぬものを探す p.220
(イノベーションと起業家精神   p.18)

予期せぬ成功は、こちらの計画通りに現れるとは限りません。

むしろ、違和感のある依頼としてやってくることがあります。

なぜ、こんな依頼が来たのか。
なぜ、顧客はこれを喜んだのか。
なぜ、自分たちが思っていた以上の意味がそこにあるのか。

そう問うことができるかどうかで、見える未来は変わってきます。

LL社に届いた依頼も、まさにそうでした。

「鋳造品を、鍛造してほしい」

ある日、LL社にこんな依頼が届きました。

「鋳造でつくられた製品を、鍛造してほしい」

それは、社内にとっても、聞き慣れない依頼でした。

LL社の仕事は「鍛造」です。
一方、「鋳造」は別の加工方法です。

「鍛造」は、金属を高温に熱し、叩いて形を変える。"お餅"のイメージ。
「鋳造」は、金属を溶かして型に流し込み、固める。"おにぎり"のイメージ。

似ているようで、考え方も工程も違います。

しかも、業界の見方でいえば、鋳造は鍛造と比較される加工方法でもありました。

鋳造は、複雑な形をつくりやすい。
大量生産にも向いている。
コスト面で有利になることもある。

鍛造の会社から見れば、鋳造メーカーは、"競合”のように見えました。

その鋳造でつくられた製品を、「さらに鍛造」してほしい。

社内では、当然のように戸惑いが生まれました。

そんなことは聞いたことがない。
見たこともない。
本当にできるのか。
やる意味があるのか。

そんな反対の声もありました。

それは、無理もないことだったと思います。

人は、自分たちの仕事を、これまでの経験の範囲で理解しています。

過去にやったことがない依頼は、まず違和感として受け止められるものです。

「普通はやらない」
「前例がない」
「それはうちの仕事なのか」

そう考えること自体は、決しておかしなことではありません。

けれど、「予期せぬ成功」というイノベーションの機会は、そうした違和感の中に隠れていることがあります。

予期せぬ依頼を、小さく試してみた

Lさんはその依頼を、すぐには切り捨てませんでした。

小さく試してみることにしたのです。

ドラッカーは、イノベーションについてこう述べています。

イノベーションに成功するには、小さくスタートしなければならない。

『実践するドラッカー 事業編』第4章 イノベーションの可能性
イノベーションの始め方、進め方~5つのなすべきこと p.118
(イノベーションと起業家精神 p.158)

新しいことを始めるとき、最初から大きな構想にしすぎると、かえって動きにくくなります。

大がかりな設備投資。
大きな組織変更。
完璧な計画。
大きな売上目標。

それらを整えてから始めようとすると、始める前に止まってしまうことがあります。

Lさんがしたことは、もっと小さかった。

まず、やってみる。
顧客が何に喜ぶのかを確かめる。
自分たちの技術で、どこまで応えられるのかを見てみる。

実際にやってみると、作業としては、いつもの鍛造と大きく変わるわけではありませんでした。

金属を熱し、叩き、形を整える。
それは、LL社が日々積み重ねてきた仕事です。

もちろん、素材や条件の違いはあります。
簡単だったということではありません。

けれど、まったく未知の仕事というより、これまでの鍛造の知識と経験を活かせる仕事でした。

そして、発注者は喜びました。

Lさんは、そこに引っかかったのです。

なぜ、顧客は喜んだのか。

LL社から見れば、やっていることはいつもの鍛造の延長でした。
しかし、顧客にとっては、そこに明確な価値がありました。

そこでまた、Lさんは聞きました。

なぜ、この加工を必要としていたのですか。

返ってきた答えは、はっきりしていました。

鋳造品の弱点である強度を増したかったのです。

本当に求められていたのは「強度」だった

ここで、LL社の仕事はもう一段違って見えてきました。

顧客が求めていたのは、LL社の努力そのものではありませんでした。
鍛造という加工方法そのものでもありませんでした。

顧客が本当に必要としていたのは、「強度」という価値でした。

自分たちは、鍛造品を売っている。
そう考えているうちは、鋳造は競合だった。

鍛造か、鋳造か。
どちらの加工方法を選ぶのか。

顧客が鋳造を選べば、鍛造の仕事はなくなります。

しかし、顧客が求めていたものを「強度」と捉えると、見え方は変わってきます。

鋳造でつくったものに、もっと強度を持たせたい。
複雑な形状やコスト面では鋳造の良さを活かしながら、必要なところに鍛造の強みを加えたい。

そう考えれば、鋳造は必ずしも競合ではなくなってきます。

むしろ、顧客の求める価値を補完するために、一緒に組める相手になるのです。

競合が、パートナーに変わる。

これは、単なる営業先の拡大ではありません。
事業の定義が変わる瞬間でした。

LL社は、鍛造品をつくる会社です。

しかし、それだけではありません。

強度が必要な場面で、顧客の困りごとを解決する会社。
金属に力を加え、形だけでなく、価値を変える会社。
顧客が「もっと強くしたい」と考えたときに、相談できる会社。

そう捉え直すことで、LL社の未来は少し広がっていきました。

「もっと頑張る」から「価値を定義し直す」へ

前回までの理解は、決して間違いではありませんでした。

LL社は、納期を守っていた。
品質を大切にしていた。
顧客に安心感を与えていた。

それは、Lさんや社員たちが積み重ねてきた努力の成果でした。

しかし、そこだけを伸ばそうとすると、どうしても「もっと頑張る」方向に進んでしまいます。

もっと早く。
もっと正確に。
もっと丁寧に。
もっと柔軟に。

もちろん、それも大切です。

けれど、努力を重ねるだけでは、未来の選択肢は増えにくいです。

本当に大きかったのは、努力の価値を否定したことではありません。
努力の奥にある、本当の価値を見つけたことでした。

納期を守ることの奥には、顧客の仕事を止めないという価値がありました。
品質を守ることの奥には、安心して使えるという価値がありました。
そして鍛造という技術の奥には、強度を必要とする顧客の成果がありました。

表面的な理解から、本質的な価値へ。

その一歩によって、LL社は「今まで以上に頑張る会社」から、「自分たちの価値を定義し直せる会社」へ変わり始めたのだと思います。

営業の言葉が変わった

この変化は、営業の言葉にも表れました。

それまでは、営業の場面でこう言っていました。

「鋳造品を、強度が高い鍛造品に切り替えませんか」

これは、鍛造会社としては自然な言い方です。

鍛造のほうが強い。
だから、鋳造から鍛造に替えてほしい。

しかし、この言い方では、鋳造メーカーや鋳造を使っている顧客にとっては、置き換えの提案に聞こえます。

ある意味では、相手の仕事を否定する言い方にもなりかねません。

ところが、見方が変わると、言葉も変わりました。

「より強度の出る鋳造品を、一緒につくりませんか」

この言葉には、まったく違う響きがあります。

鋳造を否定していない。
鍛造に置き換えようとしているだけでもない。

顧客が実現したい価値に向かって、鋳造と鍛造の強みを組み合わせようとしている提案です。

競合ではなく、協力。
置き換えではなく、価値の追加。
加工方法の売り込みではなく、顧客の成果への提案。

同じ技術を持っていても、自社の定義が変わると、営業の言葉が変わってきます。

営業の言葉が変わると、会うべき相手も変わる。
会うべき相手が変わると、市場の見え方も変わる。

これは、Lさんにとって大きな変化でした。

自社の卓越性を、狭く見すぎない

ドラッカーは、こう述べています。

卓越性の定義の適切さを判定できるのは経験だけである。卓越性の定義は、事業に弾力性や成長と変化の余地をもたせることができるように、大きく、しかも集中が可能なように範囲を特定するものでなければならない。

『実践するドラッカー 事業編』第6章 知識を強みに変える
狭すぎず、広すぎず、集中して高さを出す p.196
(創造する経営者 p.265)


自社の強みを狭く定義しすぎると、可能性を失ってしまいます。

「うちは鍛造品をつくる会社です」

それは正しい。
けれど、それだけに閉じてしまうと、鋳造でつくられた製品を鍛造するという依頼は、奇妙なものに見えます。

一方で、広げすぎてもいけません。

「金属加工なら何でもやります」

そう言ってしまえば、焦点がぼける。
自社らしさも、強みも見えにくくなる。

大切なのは、狭すぎず、広すぎず、自社らしい価値の範囲を見つけることこそが必要です。

LL社の場合、それは「鍛造品」という製品名だけに閉じることではありませんでした。
かといって、金属加工なら何でもやるということでもありません。

強度が必要な場面で、顧客の困りごとを解決する。

そこに、LL社らしい広がりがありました。

事業の定義が変わると、未来の見え方が変わる

この気づきは、すぐに大きな売上につながったわけではないかもしれません。

けれど、未来の見え方を変えました。

自分たちは、衰退する市場の中で、ただ仕事が減っていくのを待つしかないのでしょうか。

それとも、自社の強みを捉え直すことで、新しい相談を受けられる会社になれるのだろうか。

その違いは大きい。

Lさんは、少しずつ、自分の仕事を自分の言葉で語れるようになっていきました。

鍛造とは、ただ金属を叩いて形を変える仕事ではない。
必要とされる強さを、顧客の仕事の中に生み出す仕事である。

そう思えたとき、LL社の未来は、以前よりも少しだけ明るく見えました。

しかし、会社の存在理由を問われる出来事は、まだこれからでした。

顧客に聞くことで、自社の価値は見えてきました。
予期せぬ依頼によって、強みの広がりも見えてきました。

それでも、Lさんはまだ知りませんでした。

やがて自然災害によって、工場そのものが大きな被害を受けることを。
そして、会社が止まったときにこそ、自分たちがどれほど必要とされていたのかを知ることになることを。

【今日の問い】

Q:あなたの会社が「もっと頑張る」以外に選べる道は、どこにあるでしょうか。

納期を守る。
品質を高める。
丁寧に対応する。
お客様の要望に応える。

それらは、どれも大切な努力です。

けれど、その努力を伸ばそうとするだけでは、いつの間にか「もっと早く」「もっと正確に」「もっと無理をきく」という方向に進んでしまうことがあります。

大切なのは、努力を否定することではありません。
その努力の奥にある、本当の価値を見つけることです。

あなたの会社が頑張っていることは、お客様のどのような成果につながっているでしょうか。
その成果を起点に考えると、これまでとは違う商品、提案、顧客、パートナーが見えてこないでしょうか。

~次回予告~

次回は、LL社を襲った自然災害の場面に入ります。

顧客に聞くことで、自社の価値が見えてきた。
予期せぬ依頼によって、「強度」という価値も見えてきた。

しかし、Lさんが本当に「自分たちは必要とされている」と実感する出来事は、このあとに起こります。

工場が止まったとき、LL社は何を失い、何を失わなかったのか。

そして、関係者から届いた支援や声は、Lさんに何を教えたのか。

この災害は、LL社にとって大きな被害であると同時に、会社の存在理由を問い直す出来事になっていきます。

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