実践するドラッカー 実践編 第46話:働きがいに、環境も肩書きもいらなかった ― ある読書会参加者の3年間③(全3話)
事例9-3 最近、なんか言うことが違う
本記事は、実際の実践事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
Jさん自身は、誰かを変えようとしたことはありません。
勧誘もしなければ、説教もしない。ただ、コツコツと実践を続けていただけです。
しかし、かつて一緒に愚痴を言い合っていた同僚がある日こう尋ねました。
「なんで最近、愚痴を言わないの?」
その問いが、Jさんの変化が周囲に波及していく始まりでした。
愚痴仲間の異変
第1話で触れたように、読書会に来て最初の数か月、Jさんの口から出るのは愚痴ばかりでした。
そしてその愚痴には、いつも相手がいました。
職場で一緒に不満を語り合う、いわば「愚痴仲間」です。
ところが、読書会を2クールほど重ねた頃から、Jさんは愚痴を言わなくなっていきました。
本人にとっては自然な変化だったのかもしれません。けれど、隣にいた愚痴仲間にとっては異変でした。
「最近、なんか言うことが違う」
「なんで最近、愚痴を言わないんだろう」
「あんなに辞めたい、辞めたいと言っていたのに、辞めたいという話をしなくなった」
不思議に思ったその同僚は、Jさんに聞いたそうです。
「なんで?」
Jさんは答えました。
「読書会というのに行っている」
するとその同僚は、こう返しました。
「行きたい」
姿勢が人を動かす
読書会に来たその同僚は、グループ会社の中でも大きな店舗で働くマネージャークラスの方でした。
この方の変化も印象的です。
Jさんがコツコツと積み重ねてきた姿をそばで見ていたからでしょうか、読書会に来てからの吸収がとても早かったそうです。
毎回の読書会で実践を持ち帰り、ワンクールのうちに会社の仕組みをひとつ変えてしまいました。
ただ、それはJさんが「こうしなさい」と言ったからではありません。
Jさんが愚痴をやめ、自分の仕事に向き合い、少しずつ変わっていく姿を見ていたからこそ、「自分にもできるかもしれない」と素直に思えたのだと思います。
Jさんは誰かに読書会を勧めたわけでもなく、変わるように働きかけたわけでもありません。
ただ実践を続けていた。
その姿が、言葉以上のものを伝えていたのです。
飾らない人
Jさんの実践報告には、ひとつの特徴があります。
飾らないことです。
読書会では毎回、前の月にやってみたことを報告する時間があります。
Jさんは、うまくいったことはうまくいったと言い、できなかったことはできなかったと言います。
嫌なときは嫌そうな顔をします。
周りの目を気にして、発表のときに何かいいことを言わなきゃと取り繕うことがありません。
成功談で自分を飾ることもなければ、失敗を隠すこともない。
ただ、
「やった」
「やれなかった」
「次はこうしてみる」。
それだけです。
この飾らなさが、周囲に安心感を与えているのだと思います。
完璧な人の成功談は眩しいだけで終わることがあります。
でも、嫌々ながらも一個ずつやり続けている人の姿は、「自分にもできるかもしれない」という気持ちを生むのではないでしょうか。
共通言語が生まれた
現在も、Jさんと同じ会社から読書会に参加している方がいます。
その方もまた、読書会を通じて変化してきているそうです。
Jさんに、社内の人が読書会に参加するようになって何がよかったかを聞くと、こう答えました。
「社内で同じ言葉で話せる人ができたことが嬉しい」
仕事がスムーズになった、という話もしています。
「貢献」「強み」「成果」――読書会で繰り返し使ってきた言葉が、職場の中でも通じるようになりました。
説明しなくても、同じ目線で話せる相手がいる。
それがどれほど心強いことか、Jさんは実感として語っています。
共通言語は、Jさんが意図して作り出したものではありません。
自分が読書会で学び、実践し、変わっていく姿を見た人が、同じ場に足を運ぶようになった。
その結果として、自然に生まれたものです。
セルフマネジメントの向こう側
第1話では、Jさんが思考停止の殻を破り、「やる」と決めて一歩を踏み出したことを描きました。
第2話では、ブライアン看護師の問いや自分の強みと出会い、主体性を取り戻していく姿を追いました。
そして第3話。Jさんの変化は、Jさん自身の中で完結しませんでした。
セルフマネジメントというと、自分を律すること、自分の時間や仕事を管理することだと思われがちです。
もちろんそれも大切です。
けれど、Jさんの三年間を見ていると、その向こう側にあるものが見えてきます。
ドラッカーは『経営者の条件』のまえがきで、こう書いています。
普通のマネジメントの本は、人をマネジメントする方法について書いている。しかし、本書は、成果をあげるために自らをマネジメントする方法について書いた。ほかの人間をマネジメントできるなどということは証明されていない。しかし、自らをマネジメントすることは常に可能である。
そもそも自らをマネジメントできない者が、部下や同僚をマネジメントできるはずがない。マネジメントとは、模範となることによって行うものである。
「マネジメントとは、模範となることによって行うものである」。
Jさんの三年間は、まさにこの言葉を体現していたのだと思います。
自分自身と向き合い、実践を続ける。その姿を周りの人が見ている。
すると、言葉で説得しなくても、「あの人、変わった。なんで?」という問いが周囲に生まれる。
その問いが、次の誰かの一歩になる。
Jさんは人に勧めたり、強く働きかけたりしたわけではありません。姿勢で見せていたのです。
愚痴と「建設的な不満」は違う
ここで、ひとつ大切なことに触れておきたいと思います。
Jさんの物語を読むと、「愚痴ばかり言っていた人が、仕事に満足できるようになった話」と受け取られるかもしれません。
けれど、それは少し違います。
ドラッカーは『現代の経営』の中で、「満足」という概念に疑問を投げかけています。
今日、従業員満足度が関心を集めている理由は、産業社会において、もはや恐怖が動機づけとなりえなくなったからである。しかし、従業員満足に関心を移すことは、動機づけとしての恐怖が消滅したことによってもたらされた問題に正面から取り組まず、横に逃げているに過ぎない。
~やる気に火をつけ、成長を支援する p.52
満足度と動機づけは異なる
(現代の経営(下) p.161)
ドラッカーは、「満足」は受け身の概念だと言っています。
「大過なく過ごせる職場だ」という満足は、組織に所属する動機にはなっても、自ら考え、決定し、行動する知識労働者が仕事をする動機づけにはなりません。
むしろ共に働く人たちは、「建設的な不満」を持っていた方がいい。
もっといい仕事にしたい、チームの仕事を改善したい。そういう不満です。
三年前のJさんが抱えていたのは、ただの愚痴でした。
「どうせ変わらない」という諦めから生まれる、受け身の不満です。
思考停止の殻の中で、不満を言うことだけが唯一の発散でした。
今のJさんが持っているのは、それとはまったく質の異なるものです。
「今の仕事が好き」と言いながらも、
「お客さんにとって一番良いことは何か」を問い続けている。
会社に何ができるかを考え続けている。
それは「満足して落ち着いた」のではなく、
「建設的な不満」を手にしたということなのだと思います。
環境も肩書きもいらなかった
三年前のJさんは、環境のせいにしていました。
大きなグループ会社の中の小さな子会社にいる自分には、何も変えられないと思っていました。
肩書きや権限がないことを理由に、行動しない自分を正当化していました。
今のJさんは、同じ会社にいます。
肩書きも変わっていません。
環境も同じです。
変わったのはJさん自身です。
自分の仕事を「社内のシステム開発」ではなく「全国の家具屋さん向けのシステム開発」と語るようになりました。
「辞めたい」が口癖だったのが、
「今の仕事が好きなんだよね」と言うようになりました。
社内に共通言語で話せる仲間ができ、読書会のファシリテーターも務めるようになりました。
どれも、嫌々ながら社是を調べてきたあの日から、一個ずつ、一個ずつ積み重ねてきた結果です。
働きがいに、環境も肩書きもいらなかった。
必要だったのは、自分自身への主導権を取り戻すこと。
そしてそれは、「やるか、やらないか」から始まるのだと、Jさんの物語は教えてくれます。
【今日の問い】
Q:あなたがこれまで「この人のようになりたい」と思った人は誰ですか? ――そしてあなた自身は今、誰かにとってそういう存在になれていますか?
ドラッカーは、「マネジメントとは、模範となることによって行うものである」と書きました。人は、誰かの模範となっているか、反面教師となっているか、必ずどちらかだと言われます。中間はありません。
Jさんは、誰かを変えようとしたわけではありません。ただ嫌々ながらも実践を続け、飾らずに仕事と向き合い続けていただけです。けれどその姿が、かつての愚痴仲間にとっての模範となり、「自分も変われるかもしれない」という一歩を生みました。
振り返ってみてください。自分を変えてくれた模範は誰だったか。そして今の自分の姿勢は、隣にいる人にとって模範と反面教師のどちらに映っているか。その問いに向き合うことが、セルフマネジメントの向こう側への一歩なのだと思います。
本記事は、ナレッジプラザが主催する『実践するマネジメント読書会®』における実践事例発表をもとに構成しました。
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