実践するドラッカー 実践編 第51話:「何屋か」をやめて事業が広がった~ある鈑金塗装業の実践⑤(全5話)
事例10-5 人を育てることが、事業になる日
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回は、「塗る」という技術が、光触媒・銀イオン・特殊塗装へと広がっていく過程を見てきました。
最終回となる今回は、少し違う角度からの話です。
事業の展開とは関係なく、ある人への思いから取った行動が、思いがけない形で仕事につながっていく。そしてその行動の根っこには、Jさんがずっと持ち続けてきた「教育者としての姿勢」があった——そういう話です。
会社のお金で、大型免許を取ってもらった
Jさんは、従業員に会社の費用で大型免許を取ってもらいます。
理由は、事業の拡大を狙ったものではありませんでした。
「自動車鈑金塗装業がこれからどうなるかわからない。今の仕事がいつまで続くかわからない。でも、この人には家族を養っていける力を持っていてほしい」
そういう思いからでした。
時間も会社が用意しました。費用も会社が負担しました。
会社にとって必要な人材を育てるのではなく、一緒に働く人の人生を考える。
Jさんのこのスタンスは、経営者というよりも、教育者のものでした。
備えが、仕事になった
ところが、その後に思わぬことが起きます。
大型トラックを扱う販売店と接点ができ、話をしていると相手からこう言われます。
「今まで修理を頼んでいた業者の仕上がりがあまりよくない。そちらでできますか」
大型免許を持つ従業員がいれば、車を預かって動かすこともできます。小回りの利く小さな会社だからこそ、丁寧に向き合える場面もある。
将来への備えとして取った行動が、新しい仕事の入口になりました。
大型車は、普通の乗用車とは規模が違います。一台の仕事が、売上に大きく反映されます。
Jさんは振り返ります。
「計画したわけではなかった。でも、人を大切にしようとしたことが、結果として会社にも返ってきた」
卓越性は、定期的に書き換えられる
ここで、ここまでのJさんの歩みを振り返ってみます。
Jさんの「所」は、少しずつ変わってきました。
車を直す会社から、車を長く使ってもらう会社へ。
塗る会社から、塗る技術で新しい価値をつくる会社へ。
自社だけで施工する会社から、知識を伝え、他業種と組む会社へ。
この変化は、一夜にして起きたものではありません。
防錆に取り組み、光触媒を始め、特殊塗装の代理店になり、大型車の仕事が入ってくる——そのたびに、少しずつ「自分たちの卓越性とは何か」が更新されてきました。
ドラッカーはこう言っています。
卓越性の定義を頻繁に変えることはできない。それはすでに、かなりの程度、従業員とその価値観、行動に体現されているからである。しかし永久に変わらないという定義はない。それは定期的に見直し、そのつど新しく考えていかなければならない。
Jさんが最初に持っていた卓越性の定義は、「鈑金を美しく仕上げること」でした。
それは間違いではありませんでした。
長年、従業員とともに磨いてきた技術であり、会社の行動に深く染み込んでいたものです。
だからこそ、簡単には変えられなかった。
しかしそれは、永久に変わらないものでもなかった。
防錆を通じて、「車を守る」ことへ。
光触媒や銀イオンを通じて、「清潔で安全な環境をつくる」ことへ。
知識を伝える役割を通じて、「他者の仕事を支える」ことへ。
そして、
従業員の将来を思うことを通じて、「一緒に働く人の人生に貢献する」ことへ。
そのつど、卓越性の定義は少しずつ書き換えられてきました。
もともとは、教師になりたかった
ここで、Jさんのもう一つの顔に目を向けます。
Jさんはもともと、教師になりたかった。
大学では外国語系の学部に進み、教員免許を取得して地元に戻りました。
しかし就職環境が厳しい時期と重なり、その道は開けませんでした。
父親の会社を継ぎ、鈑金の世界へ入ります。
教師になるという夢は、完全には消えませんでした。
仕事と並行して、子どもたちへのスポーツ指導をボランティアで長年続けてきました。
関わった子どもたちは、数多くにのぼります。
従業員の将来を思って大型免許を取らせたことも、光触媒の施工方法を他業種の人に伝えるようになったことも、振り返ればどこかに同じ姿勢がありました。
「その人が、自分の力で立てるようにしたい」
それは、鈑金屋の経営者としての姿勢というよりも、ずっと前から持ち続けてきた教育者の姿勢でした。
ドラッカーを学ぶ中で、Jさんは「セルフマネジメント」という考え方に向き合います。自分は何か。強みは何か。果たすべき貢献は何か。
しかし、頭でわかることと、実際に自分や他者の行動を整えることは別です。
「心が大事」と言うだけでは何も変わらない。
心の扱い方そのものを、ちゃんと学ばなければ——。
その問いは、経営者としての自分への問いであり、同時に、指導者として子どもたちに向き合う問いでもありました。
そこからJさんは、メンタルトレーニングの資格取得へと向かっていきます。
子どもたちへの気づき
長年、子どもたちを指導しているうちに、Jさんはあることに気づきます。
最近の子どもたちは、体をうまく動かせない。反応が遅い。集中が続かない。
原因を探っていくうちに、目の使い方や心の整え方に問題があるのではないかという仮説にたどり着きました。
そこからメンタルトレーニング、ビジョントレーニングと学びを深め、今は25年のスポーツ指導の経験と組み合わせた新しい場所をつくる準備をしています。
対象は、スポーツが得意な子どもではありません。学校になじめない子、集中が続かない子、自己肯定感を持ちにくい子——困っている子どもたちです。
「先生になりたかった」という、ずっと前に形を変えた夢が、また戻ってきました。
種は、もうずっと前からあった
会社の強みを問い直した流れと、Jさん自身の第二の人生へ向かう流れは、とてもよく似ています。
会社については、「自動車鈑金塗装業」という業種名の中に閉じ込めず、本当に持っている技術や経験は何かを見直しました。
Jさん自身についても、「鈑金屋の経営者」という肩書きの中に閉じ込めず、自分が本当に持っている経験や関心は何かを見直した。
教えること。人を見ること。心の動きに関心を持つこと。困っている子を放っておけないこと。
それらは、ずっと前からJさんの中にありました。
ドラッカーは、第二の人生について語る時、それは突然どこかからやってくるものではないと言います。
種は、もうすでにある。
ただ、それを「次の人生」として形にするには、問い直しが必要でした。
会社の強みを問い直したように、自分自身の経験を問い直す。
その先に、第二の人生の入口がある。
【今日の問い】
Q:会社にとって必要な人材を育てることと、 一緒に働く人の人生を考えることは、 あなたの中で、同じことでしょうか。
そして、会社の強みを問い直した先に、 あなた自身の第二の人生は見えてこないでしょうか。
その種は、もうすでに、今の仕事の中にあるかもしれません。
解説
Jさんが従業員に大型免許を取らせたのは、「会社のために使える人材にしたい」という発想からではありませんでした。
「この人が、会社がどうなっても自分の力で生きていけるように」という思いからでした。
この違いは、小さいようで大きい。
前者は、会社を中心に人を見ています。後者は、人を中心に会社を見ています。
Jさんが長年教育者として子どもたちと向き合ってきた経験が、経営者としての姿勢にも染み出していたのかもしれません。
そしてその姿勢が、結果として会社にも新しい仕事をもたらした。
打算なく人に向き合った時にこそ、予期しない形で返ってくるものがある。
Jさんの実践は、事業の転換の話であり、同時に、人とどう向き合うかという話でもありました。
本シリーズは、ドラッカーの読書会における実践事例をもとに構成しました。登場する方の固有名詞は伏せています。
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