実践するドラッカー 実践編 第78話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える⑤(全9話)
事例15-5 顧客と利益を奪い合わない方法はないか――「顧客の顧客」を増やし、味方を増やす
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
ホテルから、リネン料金の引き下げを求められました。
クリーニング会社にとって、珍しい話ではありません。
ホテルは、宿泊料金を抑えながらサービスの質を維持しなければなりません。
電気代も、人件費も、食材費も上がる。
そのなかで、シーツやタオルの洗濯費用も、削減したいコストの一つになります。
けれど、RRクリーニング社にも守るべきものがあります。
燃料費が上がる。
設備の維持費もかかる。
人を雇い続けるには、必要な利益を確保しなければならない。
値下げを受け入れれば、自社が苦しくなる。
断れば、顧客との関係が悪くなるかもしれない。
互いに利益を守ろうとすれば、話は限られた取り分の奪い合いになります。
そこでRさんは考えました。
ホテルとRRクリーニング社が、利益を奪い合わずに済む方法はないだろうか。
その問いから目を向けたのは、リネンの価格ではありませんでした。
ホテルが、本当に必要としているもの。
それは、ホテルを利用する顧客でした。
値下げの向こうにある問題を見る
ホテルが料金の引き下げを求めるのは、単に安く仕入れたいからとは限りません。
宿泊客が十分に集まらない。
冬場の稼働率が落ちる。
売上が伸びなければ、利益を確保するために支出を削らなければならない。
値下げの要望は、ホテルが抱える経営上の苦しさの表れでもあります。
Rさんは、
「いくらまでなら下げられるか」
を考える前に、
「ホテルはいま、何に一番困っているのか」
と考えました。
答えの一つが、冬場の集客でした。
寒さや雪で地域を訪れる人が少なくなる。
地元の人も、市内のホテルをわざわざ利用する機会は少ない。
一方、ホテルには温泉など、冬場にも楽しめる設備があります。
だったら、価格を下げる代わりに、
ホテルを利用する人そのものを増やせないだろうか。
Rさんの発想は、そこから始まりました。
ホテルの顧客を、RRクリーニング社が連れていく
RRクリーニング社には、一般家庭向けクリーニングを利用する会員がいました。
社員送迎用のバスも持っていました。
そしてホテルには、冬場に利用者が少なくなる温泉施設があります。
クリーニング店の会員。
社員送迎のバス。
ホテルの温泉。
Rさんは、この三つを組み合わせました。
会員をバスに乗せ、ホテルの温泉へ案内する。
地域の人に、気軽にホテルを楽しんでもらう企画です。
参加者にとっては、近くにありながら行く機会の少なかったホテルを楽しめる。
ホテルには、新しい利用者との接点が生まれ、飲食などの利用ができる。
「今度は、家族みんなで一緒に来よう」という声もいただく。
RRクリーニング社も、自社の顧客へ新しい楽しみを提供できる。
誰かの利益を削ったわけではありません。
それぞれがすでに持っていた資源を組み合わせ、新しい利用者を生み出したのです。
自社のサービスからではなく、顧客から考える
RRクリーニング社にとって、直接の顧客はホテルです。
自社のサービスから考えれば、
何枚のシーツを扱うのか。
どの頻度で回収するのか。
どの料金なら契約を続けてもらえるのか。
という話になります。
もちろん、それも必要です。
しかしRさんは、そこからいったん離れました。
ホテルは、なぜ値下げを求めているのか。
ホテルが必要としている成果は何か。
何が増えれば、ホテルの経営はよくなるのか。
そう考えると、必要なのは安いリネンだけではありません。
何より必要なのは、
ホテルを利用してくれる顧客
でした。
ドラッカーは、マーケティングについて次のように述べています。
これまでマーケティングは、販売に関係する全職能の遂行を意味するにすぎなかった。それではまだ販売である。我々の製品からスタートしている。我々の市場を探している。これに対し、真のマーケティングは顧客からスタートする。
スタートラインそのものを変える p.72
(『マネジメント[エッセンシャル版]』p.17)
販売は、自分たちの製品やサービスから始まります。
「このサービスを、どう売るか」
と考える。
一方、マーケティングは顧客から始まります。
「顧客は何に困っているのか」
「どんな成果を必要としているのか」
と考えます。
Rさんが見たのは、リネン価格の向こうにいる、ホテルの利用者でした。
ホテルの顧客が増えれば、売上が増えます。
使われるシーツやタオルも増えます。
それは、RRクリーニング社の仕事にもつながります。
自社のサービスをどう売るかではなく、顧客が必要とする成果をどう生み出すか。
出発点を変えたことで、
「値下げを受け入れるか、断るか」
という二者択一から抜け出す道が見えてきました。
「顧客の顧客」を見る
顧客から考え始めると、その先にいる人も見えてきます。
ホテルの顧客は誰なのか。
その人たちは、なぜホテルを利用するのか。
まだ利用していない人に、どんなきっかけをつくれるか。
ホテルの顧客が増えれば、ホテルの成果が高まる。
その成果が高まれば、RRクリーニング社の仕事も増える。
つまり、
自社の顧客だけでなく、「顧客の顧客」を見る。
そこに、双方が共有できる成果がありました。
価格交渉では、自社の事情を説明しがちです。
燃料費が上がっています。
人件費も必要です。
品質を守るには、これ以上下げられません。
どれも正当な説明です。
しかし、ホテルにも事情があります。
双方が自社の苦しさだけを主張すれば、
「どちらが我慢するか」
という話になってしまいます。
RRクリーニング社が選んだのは、値下げを必要とする状況そのものを変えようとすることでした。
仕入先から、「顧客を連れてくる会社」へ
ホテルから見れば、RRクリーニング社は本来、リネン費用を支払う相手です。
つまり、コストです。
ところが、地域の人をホテルへ連れてくるようになると、その意味が変わります。
単なる仕入先ではない。
顧客を連れてきてくれる会社
になります。
やがて、ホテル側からリネン料金の見直しを提案されるようになりました。
Rさんが値上げを強く迫ったからではありません。
先に、相手の成果へ貢献した。
そのことで、取引の意味が変わったのです。
工場見学が、地域の宿泊需要になった
RRクリーニング社では、工場の朝礼を外部へ公開していました。
そこでは、さまざまな特性を持つスタッフが、それぞれの強みを生かして働いています。
仕事を通じて人が成長する。
互いの弱みを補い合いながら成果を上げる。
その職場づくりを見たいと、県外からも見学者が訪れるようになりました。
朝早く始まる朝礼を見るには、前日に地域へ入る必要があります。
当然、見学者は市内のホテルへ泊まります。
つまり、工場見学そのものが、
地域へ宿泊者を呼ぶ資源
になっていったのです。
取引のないホテルにも、バスを回す
RRクリーニング社は、見学者をホテルから工場へ送迎するバスも運行しました。
そのとき、自社がリネンを納めているホテルだけを回ったわけではありません。
取引のないホテルにも立ち寄りました。
一見すると、不思議です。
自社の顧客ではないホテルへ宿泊者を送れば、競合の取引先を助けることにもなります。
しかし、Rさんが増やそうとしていたのは、
自社の取引先だけの宿泊者ではなく、地域へ来る人そのもの
でした。
見学者にとっては、ホテルの選択肢が多い方が便利です。
宿泊者が増えれば、飲食店や交通機関にも仕事が生まれます。
地域へ来る人が増えれば、長い目で見ればRRクリーニング社の仕事にもつながります。
目の前の取引を奪い合うより、
成果が生まれる土壌そのものを大きくする。
Rさんは、その道を選びました。
顧客から、味方へ
価格だけでつながる取引は、より安い会社が現れれば切り替えられるかもしれません。
しかし、
顧客を増やしてくれる。
困っていることを一緒に考えてくれる。
地域全体がよくなる方法をつくってくれる。
そんな会社は、単なる仕入先ではありません。
味方です。
RRクリーニング社は、ホテルへ
「うちを選んでください」
と迫ったのではありません。
先に、
「私たちは、あなたたちの成果に貢献できます」
という行動を示しました。
ホテルを「値下げを求めてくる相手」と見るのではなく、
「どんな成果を必要としている顧客なのか」
と見る。
すると、対立の向こう側に、新しい仕事の組み合わせが見えてきました。
正面から争わず、成果の源泉を増やす
RRクリーニング社は、相手の要求をすべて受け入れる会社ではありません。
必要な利益を手放せば、設備も雇用も守れません。
だからといって、自社の正しさを押し通し、相手に我慢を求めるだけでもありません。
値下げを求められたとき、
「なぜ値下げが必要なのか」
と、その背景を見る。
相手が本当に必要としているのは、安いリネンなのか。
それとも、ホテルを利用する顧客なのか。
目的までたどれば、別の道が見つかることがあります。
価格を下げる代わりに、利用者を増やす。
自社の取引先だけを囲い込む代わりに、地域へ来る人を増やす。
正面から争わない。けれど、自社の目的も手放さない。
そのために、取り分を争うのではなく、
分け合える成果そのものを大きくする。
それが、Rさんの選んだ経営でした。
地域そのものを、一つの顧客として見る
Rさんの視点は、「顧客の顧客」から、さらに広がっていきます。
ホテルの利用者を増やす。
そのために、地域へ訪れる人を増やす。
訪れる人が増えれば、ホテルだけでなく、飲食店や交通機関にも仕事が生まれます。
地域の事業者が元気になれば、雇用も残ります。
結果として、RRクリーニング社の顧客や働き手も地域に残ります。
そう考えると、
「クリーニング会社だから洗濯だけを考える」
必要はなくなります。
地域にどんな成果を生み出せるのか。
そのために、自社の顧客基盤や送迎バス、工場見学という資源をどう使えるのか。
Rさんは、自社の事業の枠からではなく、
必要とされる成果から、自社の役割を考えるようになっていきました。
味方を増やす経営
RRクリーニング社が新しく使ったものは、特別な資源ではありませんでした。
すでにいたクリーニング店の会員。
社員送迎用のバス。
地域にあるホテル。
見学したい人がいる工場。
それらを、別の目的でつなぎ直したのです。
すると関係が変わりました。
値下げを求めるホテルが、共に顧客をつくる相手へ変わる。
取引のないホテルも、地域へ人を呼ぶ仲間になる。
工場見学が、地域の宿泊需要になる。
Rさんがつくったのは、新しい商品だけではありません。
互いの成果につながる関係でした。
相手を弱くして、自社が勝つのではない。
相手の成果が高まることで、自社の成果も高まる道をつくる。
それが、利益を奪い合う相手ではなく、
味方を増やす経営
だったのです。
【今日の問い】
Q:あなたは、自社の製品から考えていますか。それとも、顧客から考えていますか。
自社の商品やサービスから考えると、
「どうすれば、もっと買ってもらえるか」
という問いになりやすくなります。
価格を変える。
伝え方を変える。
販売先を増やす。
それも大切です。
けれど顧客から考えると、問いは変わります。
顧客は何を実現しようとしているのか。
いま、何に困っているのか。
どんな変化が生まれれば、顧客は成功したと言えるのか。
RRクリーニング社が考えたのは、
リネンサービスをどう売るかではありませんでした。
ホテルが必要としている顧客を、どう増やすか。
そこから考えたことで、自社の役割そのものが変わりました。
さらに一歩進めて、
あなたの顧客の、その先にいる「顧客」は誰でしょうか。
その人たちの成果を高めるために、自社の資源やつながりを使うことはできないでしょうか。
そこから、新しいマーケティングの道が見えてくるかもしれません。
~次回予告~
次にRさんたちが目を向けたのは、高齢者施設で暮らす人たちの衣類でした。
効率を優先すれば、大きな洗濯機でまとめて洗うのが合理的です。
しかし、そのために衣類へ名前を書き込むことは、本当に当然なのでしょうか。
次回、
名札を外したら、親子の時間が戻った――尊厳を守ることを、経済価値に変える
へ続きます。
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