実践するドラッカー 実践編 第74話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える①(全9話)
事例15-1 利益を追うほど、会社が苦しくなった――「利益は目的ではなく条件」と知った経営者の転換
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
「会社の目的は、利益を上げることだ。営利法人なのだから」
地方都市でクリーニングとリネンサプライの事業を営むRRクリーニング社のRさんは、長い間そう考えていました。
売上を伸ばす。
経費を抑える。
生産性を上げる。
目標に届かなければ、さらに努力を求める。
利益を増やすことこそ経営者の仕事だと信じていたのです。
ところが、利益を追えば追うほど、会社では別のことが起き始めました。
幹部が去る。
社員が自分から考えなくなる。
Rさんと社員との距離が広がる。
そしてRさん自身も、年に何度も入院するほど体調を崩しました。
利益を出そうとして、利益を生み出す組織そのものを弱らせていたのです。
患者さんの布団を、もっと快適にしたい
RRクリーニング社の原点は、病院の寝具でした。
当時、多くの病院で使われていたのは、重くて硬い木綿布団です。
羽毛布団の販売に携わっていたRさんは考えました。
「療養中の患者さんにも、もっと軽くて暖かい布団を使ってもらえないだろうか」
病院へ羽毛布団を貸し出し、定期的に回収して洗浄する。
そこから事業は始まりました。
出発点にあったのは、市場分析よりも先に、
患者さんの療養環境を、少しでもよくしたい
という思いでした。
やがて事業は軌道に乗り、ホテル向けリネンサプライや一般衣類のクリーニングへと広がります。
工場が増え、社員が増え、売上も伸びました。
一方で、大型設備や工場、配送車両への投資も増え、借入金も膨らんでいきました。
「会社を潰してはいけない」
「社員とその家族を守らなければならない」
その責任感が、次第に社員への強い要求へ変わっていきます。
指示に従わない社員に、
「辞めてもらって構わない。代わりはいくらでもいる」
という態度を取ることもありました。
退職した幹部から、父親である社長宛てに、
「あなたの息子は独裁者です」
という手紙が届いたこともあったそうです。
それでもRさんには、自分が間違っているとは思えませんでした。
会社を守るためには、利益を出さなければならない。
そのために厳しくなるのは当然だと考えていたのです。
利益を出そうとして、利益を生む力を弱らせる
成果が足りなければ、さらに高い目標を求める。
社員が動かなければ、もっと細かく指示する。
しかし圧力を強めても、社員の意欲は高まりませんでした。
自分で考えるより、Rさんの顔色を見る。
違う意見を言うより、失敗しないことを優先する。
そして経営者は、
「なぜ自分から動かないのか」
と、さらに統制を強めます。
利益を出そうとして、利益を生み出す人たちの力を奪う。
そんな悪循環に陥っていました。
無理はRさん自身の体にも表れました。
原因のはっきりしない内臓疾患。
突然耳が聞こえにくくなる症状。
年に何度もの入院。
そんな中で、Rさんの頭に一つの問いが浮かぶようになります。
「自分は、何のためにここまで頑張ってきたのだろう」
「利益は目的ではなく条件」
転機となったのは、ある経営セミナーで出会ったドラッカーの言葉でした。
利益は、個々の企業にとっても、社会にとっても必要である。しかしそれは企業や企業活動にとって、目的ではなく条件である。
利益は目的ではなく条件である p.6
(『マネジメント[上]』p.71)
Rさんは強い違和感を覚えました。
「利益が目的ではないなら、会社は何のために存在するのか」
「利益がなければ、給与も払えない。設備投資もできない」
しかし、読み返して気づきます。
ドラッカーは、
「利益は必要ない」
と言っているのではありません。
むしろ、必要であるとはっきり書いている。
問題は、利益を何のために必要とするのか、でした。
創業した頃、Rさんが実現したかったのは、患者さんの療養環境をよくすることでした。
利益は、その仕事を続けるために必要だったはずです。
ところが事業が大きくなり、数字に追われるうちに、
「顧客へ貢献し続けるために、利益を生み出す」
という関係が、
「利益を生み出すために、社員を働かせる」
へと変質していました。
「あの頃の自分には、世の中の役に立ちたいという思いがありました。それが、利益のことしか考えない経営者になっていたんです」
Rさんにとって、痛みを伴う気づきでした。
「利益は幸せの継続のため」
Rさんは、新しい考え方を短い言葉にしました。
利益は、幸せの継続のためにある。
社員が働き続けられること。
顧客へ価値を届け続けること。
取引先と長く仕事を続けること。
地域で必要とされる活動を続けること。
それらを一度きりで終わらせないために、利益が必要なのだと皆に伝えたのです。
この言葉を掲げてから、経営のやり方も変わりました。
最初に取り組んだのが、経営数値の公開です。
それまで経営者だけが握っていた売上や利益、費用を社員にも見せました。
売上のうち、何が人件費や燃料費、設備費に使われるのか。
どれだけの利益があれば、次の設備投資や雇用を続けられるのか。
数字を見せずに、
「もっと売れ」
「もっと経費を下げろ」
と命じるのではなく、同じ情報を共有して、一緒に考えることにしました。
年間計画を立てる際にも、利益目標だけでなく、
「その利益を何に使うのか」
まで話し合いました。
設備を更新するのか。
人を育てるのか。
働く環境をよくするのか。
新しい事業へ投資するのか。
利益が目的なら、多ければ多いほどよい。
しかし利益が条件なら、
必要な利益は、未来に何を実現したいかによって決まります。
利益は、経営者が社員へ押しつける数字から、
会社の未来を一緒に考えるための数字へ変わっていきました。
利益を目的から外すと、利益が増えた
不思議なことに、利益を最終目的にしなくなってから、RRクリーニング社の利益率は以前より高まりました。
社員にとって利益目標が、
「社長の都合で決められた数字」
ではなく、
「自分たちの仕事を明日も続けるために必要な条件」
へ変わったからです。
Rさんの体調も次第に安定しました。
そして何より、社内の空気が変わりました。
2枚の社員旅行の写真
Rさんの手元には、時期の異なる2枚の社員旅行の写真があります。
一枚は、
経営の考え方を変える前。
社員たちは経営幹部を中心に整然と並んでいますが、どこか表情が硬く、緊張した空気が伝わってきます。
もう一枚は、
「利益は幸せの継続のため」という考え方を共有した後です。
現場のスタッフたちが前に出て、思い思いのポーズで笑っています。
Rさんは、探さなければどこにいるのかわかりません。
数年違うだけの、ほぼ同じ会社、同じ社員たちです。
変わったのは、社員の能力ではありません。
経営者のものの見方でした。
「人を変える」ことを迂回する
以前のRさんは、社員が思うように動かなければ、社員そのものを変えようとしていました。
もっと責任感を持ってほしい。
もっと数字に厳しくなってほしい。
もっと経営者の考えを理解してほしい。
しかし、人を正面から変えようとするほど、反発や萎縮が生まれます。
Rさんが変えたのは、社員の性格ではありません。
会社の現状を共有する。
利益の必要性を説明する。
その使い道を一緒に考える。
社員と経営者が対立しやすい構造を変えたのです。
真っ向から人を動かそうとしない。
しかし、会社を存続させ、顧客へ価値を届け続けるという目的からは目を離さない。
目的へ向かう道が塞がれているなら、別の道を探す。
この「迂回する」という姿勢は、この後Rさんが、社員の強み、顧客との価格交渉、原油高、そして感染症による危機に向き合うときにも、何度も現れることになります。
利益は、何を続けるために必要なのか
「利益は目的ではない」という言葉は、利益を軽んじる考え方ではありません。
むしろ利益を本当に大切にするなら、
「いくら必要か」
だけでなく、
「何のために必要なのか」
を決めなければならない、ということなのでしょう。
実現したい未来が明確になったとき、利益は人を追い立てる数字ではなく、経営者と社員が未来を考えるための共通言語になります。
Rさんが取り戻したのは、創業時の思いだけではありません。
目的と利益を結び直すことで、会社が継続して成果を上げるための土台をつくり直したのです。
【今日の問い】
Q:あなたの会社の利益は、何を続けるために必要なのでしょうか。
設備を更新すること。
人を育てること。
新しい仲間を迎えること。
顧客に新しい価値を提供すること。
地域で必要とされる仕事を残すこと。
利益を「目的」から「条件」へ置き直したとき、日々の意思決定はどのように変わるでしょうか。
~次回予告~
RRクリーニング社では、利益が十分に出てから人を雇っていたわけではありません。
元教員だったRさんの母親は毎年のように、障がいのある卒業生を採用してほしいと父親へ頼みました。
父親は、その願いを受け入れ続けます。
やがて会社は、
「利益が出たら雇用する」のではなく、
「雇用を続けるために、どれだけの利益が必要か」
を考えるようになります。
次回、
毎年、人を雇ってから利益を考えた――母の願いが変えた、会社の利益設計
へ続きます。
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