実践するドラッカー 実践編 第69話:守るために、外を見る――地域病院に起きたドラッカー実践記②(全6話)
事例14-2 売上を追わないことで、患者数が増えた――透析センターの実践
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
成果の見方が変わる
「成果は外にある」
この言葉に出会ってから、Nさんのものの見方は大きく変わりました。
それまでのNさんにとって、病院を守ることは大きな使命でした。地域に一つしかない総合病院として、病院を存続させなければならない。職員を守らなければならない。地域医療を途切れさせてはならない。
その存続の責任は、時には自分を精神的に追い詰めてしまうほどのものでした。
しかし一方で、「守らなければならない」という思いが強くなりすぎると、どうしても意識は病院の内側に向きやすくなります。
患者数は減っていないか。
売上は足りているか。
人員は確保できているか。
問題は起きていないか。
もちろん、どれも病院経営にとって大切なことです。
けれども、そればかりを見ていると、いつの間にか本来の目的を見失ってしまうことがあります。
病院は、何のために存在しているのか。
その問いに立ち返ったとき、Nさんの中で見えてきたものがありました。
病院の成果は、病院の中にはない。
成果は、患者さんの中にある。
患者さんにどんな変化が起きたのか。
地域の人たちの暮らしがどう変わったのか。
そこにこそ、病院の本当の成果がある。
この視点を、Nさんが最初に現場で強く意識して伝えた場所の一つが、透析センターでした。
売上を中心に考えていた透析センター
当時、透析センターにも、どこか売上を中心に考える空気が育っていました。
患者さんを増やすこと。
稼働を上げること。
収益を確保すること。
もちろん、病院を継続していくためには、経営的な数字は無視できません。医療機器も、人材も、施設も、安定した経営基盤がなければ維持できないからです。
しかし、売上を直接の目的にしてしまうと、現場の問いの視野はどうしても狭くなります。
どうすれば患者数が増えるか。
どうすれば稼働が上がるか。
どうすれば収益が改善するか。
それらは必要な問いではあります。
けれども、それだけでは医療の本質には届きません。
Nさんは、透析センターの部長に伝えました。
「患者さんの変化を中心に考えてほしい」
透析を受ける患者さんにとって、治療は生活の一部です。週に何度も通院し、長い時間を病院で過ごします。体調の変化、不安、感染リスク、生活上の制約。その一つひとつが、患者さんの人生に直接関わっています。
だからこそ、透析センターの成果は、単に患者数や売上だけでは測れません。
患者さんが、より安全に治療を受けられること。
感染の不安が減ること。
合併症のリスクが下がること。
生命予後が改善すること。
日々の生活を少しでも安心して送れるようになること。
そこに、透析センターの本当の成果があります。
努力や効率ではなく、外の世界に表れる成果を見る
ドラッカーは、こう述べています。
効率すなわち努力を記録し、これを定量的に把握することは容易である。だが、成果すなわち外の世界に表れるものを記録し、定量的に把握する手法はほとんどない。しかしながら、いかに効率的であろうと、馬車のムチだけをつくっている企業はつぶれる運命にある。
把握すべきは外の世界 p.114
(マネジメント エッセンシャル版 p.166)
馬車のムチは、比喩です。
たとえどれほど品質がよくても、
どれほど熟練した技術でつくられていても、
どれほど低コストで効率よくつくられていても、
それを必要とする人がいなければ、成果を生むことはできません。
大切なのは、内側の努力や効率だけではありません。
外の世界に、どんな価値や変化を生み出しているかです。
透析センターでも同じでした。
患者数を増やす。
稼働を上げる。
収益を確保する。
それらは大切な数字です。
けれども、それだけを見ていても、患者さんの人生にどんな変化が起きているかは見えてきません。
透析を受ける患者さんにとって、成果とは何か。
より安全に治療を受けられること。
感染のリスクが減ること。
生命予後が改善すること。
日々の生活を少しでも安心して送れること。
そこに目を向けたとき、透析センターが本当に力を集中すべきことが見えてきました。
カテーテル感染ゼロを目指す
その考えを、透析センターの部長も受け止めてくれました。
そして始まったのが、カテーテル感染防止の取り組みでした。
透析を受ける患者さんにとって、感染リスクはとても重要な問題です。
その中でも、カテーテル関連感染は、患者さんの体調や生命予後に関わる重大なリスクです。
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
これは、NN病院で感染が頻繁に起きていたという話ではありません。
カテーテル関連感染は、一般に「カテーテル留置日数1,000日あたり何件」という形で把握されることが多く、その発生率はカテーテルの種類や管理状況によって異なります。
それでも、一般的には「カテーテル留置日数1,000日あたり」で1ケタ未満のような、低い頻度で管理される指標です。
つまり、この実践は、多発していた感染を減らしたという話ではありません。
もともと低頻度で起こる重大リスクを、さらにゼロへ近づけようとした取り組みでした。
なぜなら、たとえ低頻度であっても、患者さんの命や生活に深く関わるリスクだからです。
「めったに起きないからよい」ではなく、
「限りなくゼロに近づけるには、何ができるか」。
その問いに向き合ったことに、この実践の意味がありました。
医療の安全は、起きてしまった問題への対応だけで守られるものではありません。
起きる前に気づく。
小さな違和感を見逃さない。
手順を整える。
意識をそろえる。
リスクをさらに下げる。
その積み重ねによって守られていきます。
Nさんたちは、カテーテル感染を「仕方のないこと」として受け止めるのではなく、患者さんの生命予後を守るために、さらに減らすべき課題として捉えました。
そして、その取り組みによって、カテーテル感染は9割近く減少していきました。
これは、すでに低い頻度で管理される重大リスクを、さらに低減しようとした実践です。
患者さんの安全と安心を守るために、見えにくい成果に目を向けた取り組みでした。
患者さんの安全に目を向ける
透析を受ける患者さんにとって、治療そのものが生活の一部です。
だからこそ、安心して通い続けられる環境が必要です。
感染を防ぐための意識や手順は、単なる院内管理の問題ではありません。
それは、患者さんの日々の生活に関わります。
患者さんの体調に関わります。
そして、生命予後にも関わります。
Nさんたちは、透析センターの仕事を、あらためて患者さんの側から見直していきました。
治療の安全をどう高めるか。
感染リスクをどう下げるか。
スタッフの意識をどうそろえるか。
小さな違和感やリスクをどう見逃さないようにするか。
そこで問われていたのは、単に「ミスを減らす」ということではありません。
患者さんが安心して治療を受けられる環境をつくること。
患者さんの生活と命を守ること。
透析センターとして、本当に果たすべき貢献に集中すること。
そう考えるようになると、現場の見方も変わっていきます。
日々の処置。
確認の手順。
スタッフ同士の声かけ。
リスクへの感度。
患者さんの小さな変化への気づき。
一つひとつの仕事が、患者さんの成果につながるものとして見えてきます。
患者さんの変化を見た先に、数字がついてきた
Nさんたちは、売上を上げるために患者さんを見たのではありません。
患者さんの安全を高めること。
感染リスクを限りなく下げること。
安心して治療を受けられる環境を整えること。
生命予後に貢献すること。
そうした外の世界の成果に目を向けました。
すると、透析センターの現場にも少しずつ変化が生まれていきました。
患者さんの状態を見る目が変わる。
安全への意識がそろう。
スタッフ同士の連携が変わる。
治療の場としての信頼が高まる。
その積み重ねの先に、患者数の増加がありました。
売上を追っていた頃にはずっと超えられなかった患者数100人の壁を透析センターは、いつの間にか超えていきました。
これは、単に営業努力が実ったという話ではありません。
患者さんにとっての成果を考えた。
安全と安心に目を向けた。
生命予後に貢献する仕事として、透析センターを見直した。
その結果として、患者さんや地域から選ばれる理由が生まれていったのです。
成果を見る順番が変わった
ここで大切なのは、順番です。
売上を上げるために、患者さんを見るのではありません。
患者さんの変化を見た結果として、売上や患者数が変わっていく。
数字は大切です。
患者数も、売上も、稼働率も、病院を運営するうえで欠かすことはできません。
けれども、それらは最終目的ではありません。
患者さんが安心して治療を受けられる。
体調が安定する。
感染への不安が減る。
生活を続ける力になる。
生命予後が少しでもよくなる。
そうした外の世界の変化があってこそ、数字にも意味が生まれます。
Nさんにとって、透析センターでの実践は、「成果は外にある」という言葉を現場で確かめる経験になりました。
売上を追わないことで、売上につながる。
患者数を追うのではなく、患者さんの成果を見ることで、患者数が増える。
それは、一見遠回りのように見えます。
けれども、組織が本当に成果をあげるためには、最も大切な順番なのかもしれません。
【今日の質問】
Q:あなたの組織がいま一生懸命に磨いているものは、外の世界にどんな変化を生んでいるでしょうか?
品質を高める。
手順を整える。
効率を上げる。
コストを下げる。
専門性を磨く。
どれも大切なことです。
けれども、それらは組織の内側で行われる努力でもあります。
その努力が、外の世界にどんな変化を生んでいるのかを見なければ、本当の成果は見えてきません。
お客様の不安は減っているでしょうか。
患者さんの健康は改善しているでしょうか。
利用者さんの生活は、よりよくなっているでしょうか。
働く人は、自分の力を発揮しやすくなっているでしょうか。
どれほど丁寧に、どれほど効率よく仕事をしていても、それが外の世界に価値を生んでいなければ、成果とは言えません。
Nさんの透析センターでの実践は、患者数や売上を直接追いかけるのではなく、患者さんの生命予後という外の世界の変化に目を向けることから始まりました。
あなたの組織がいま磨いている技術、仕組み、サービス、習慣は、誰の、どんな変化につながっているでしょうか。
そして、その変化をさらに大きくするために、今どこに力を集中すべきでしょうか。
~次回予告~
次回は、看護部と広報委員会に起きた変化を見ていきます。
看護部では、夜間のオムツ交換という長く続いてきた慣例を見直しました。
それは単なる効率化ではなく、患者さんと働く人の双方にとって、よりよい方法を探す取り組みでした。
また広報委員会では、「何のための広報か」という問い直しが行われました。
上から言われたからやる広報から、地域住民のための広報へ。
「これまでそうしてきたから」ではなく、
「誰に、どんな変化をもたらすためにあるのか」へ。
次回は、目的を問い直すことで、現場の当たり前がどのように変わっていったのかを見ていきます。
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