実践するドラッカー 実践編 第77話:逆境を「迂回」する~目的は変えず、道を変える④(全9話)
15-4 人を支える気持ちが、人を育てた――仲間を休ませるため、彼は資格を取った
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
「強みを生かす」と聞くと、その人が得意な仕事で高い成果を上げる姿を思い浮かべるかもしれません。
人より速く働く。
正確に仕事をする。
優れた能力を発揮する。
けれど、強みは一人の中だけで完結するものではありません。
自分の強みを差し出すことで、誰かの弱みを補う。
自分の弱みは、別の誰かの強みに支えてもらう。
前回、RRクリーニング社では、仕事の目的と成果から工程を組み直すことで、一人ひとりの異なる特性を成果へつなげていきました。
その考え方は、障がいのある人のためだけのものではありませんでした。
やがて営業チームにも広がり、そして工場では、一人の若いスタッフに思いがけない変化を生みます。
仲間を支えたいという気持ちが、その人自身の新しい力を育てたのです。
全員に、すべてを求めるのをやめた
RRクリーニング社の営業担当者は、以前、一人で多くの仕事を担っていました。
新しい顧客を探す。
提案する。
契約を結ぶ。
定期的に訪問する。
問題が起きれば対応する。
担当エリアを持ち、最初から最後まで一人で顧客を受け持つ。
責任の所在は明確です。
しかし、すべてを同じように得意とする人はいません。
初対面の相手と関係をつくるのが得意な人。
既存顧客を丁寧にフォローする人。
情報整理が得意な人。
問題が起きたとき、落ち着いて関係を修復できる人。
それぞれに強みがある一方、苦手な仕事もあります。
それでも以前は、
一人で全工程をこなせるようになることが成長
だと考えられていました。
そこでRさんたちは、工場で行った仕事の再設計を、営業にも応用します。
営業チームとして必要な成果は何か。
新しい顧客をつくる。
関係を深める。
情報を正確に共有する。
問題を解決し、取引を続ける。
その成果から仕事を分け、誰の強みと結びつくかを考えました。
新規開拓が得意な人は、新しい接点づくりへ。
関係づくりが得意な人は、既存顧客のフォローへ。
情報整理が得意な人は、チーム全体の管理へ。
一人の弱みを直そうとするのではなく、
別の人の強みで補えるように、仕事を組み合わせ直したのです。
「できないこと」ではなく、「できること」を見る
仕事の組み合わせを変えるには、人を見る姿勢も変える必要がありました。
「この人は新規開拓が苦手だ」
ではなく、
「この人は既存顧客との関係を丁寧に育てられる」
と見る。
「細かな管理が苦手だ」
ではなく、
「初対面の相手と自然に関係をつくれる」
と見る。
できないことだけを見れば、誰もが不完全な働き手に見えます。
しかし、
「この人は何ができるのか」
という視点で見直せば、その人がチームへ差し出せる貢献が見えてきます。
ドラッカーは、強みを生かす姿勢について、次のように述べています。
強みを生かすことは、行動であるだけでなく姿勢でもある。しかしその姿勢は行動によって変えることができる。同僚、部下、上司について、「できないことは何か」でなく、「できることは何か」を考えるようにするならば、強みを探し、それを使うという姿勢を身につけることができる。
行動によって姿勢を変える p.174
(『経営者の条件』p.133)
この言葉には、もう一つ大切な意味があります。
周囲の人について「何ができるか」と考えるようになると、やがて自分自身についても、
「自分には何が足りないか」
ではなく、
「自分には何ができるだろう」
と考えられるようになる。
工場で働く一人の若いスタッフにも、その変化が起きました。
誰よりも早く工場へ来る人
工場には、ボイラーを担当する技士がいました。
クリーニング工場では、大量のお湯や蒸気を使います。
洗浄設備や仕上げ設備を動かすために、ボイラーは欠かせません。
始業時刻になってから動かしていては、ほかの社員が仕事を始められません。
そのためボイラー技士は、毎朝、誰よりも早く工場へ来ます。
まだ外が暗いうちから設備を点検し、ボイラーを動かす。
夏は熱のこもるボイラー室へ入り、冬は雪の朝でも早く出勤する。
多くの社員が出勤する頃には、すでに工場は働ける状態になっています。
その仕事は欠かせない一方で、
きちんとできているほど、周囲からは見えにくい仕事
でもありました。
「あの人を、少しでも休ませたい」
そのボイラー技士に、いつも優しくしてもらっていた若いスタッフがいました。
幼い頃の脳性麻痺により、四肢に不自由があります。
分からないことがあれば、急かさずに教えてくれる。
困っている様子を見れば、そっと声をかけてくれる。
できることまで奪わず、必要なところだけ手を貸してくれる。
彼にとって、そのボイラー技士は安心して一緒に働ける大切な先輩でした。
そして毎朝、その人が早くから工場を支えていることも知っていました。
暑い日も。
雪の日も。
みんなが働き始められるよう、誰よりも先に準備している。
そんな姿を見ながら、彼の中に一つの思いが生まれます。
「あの人を、少しでも休ませてあげたい」
自分もボイラーを扱えるようになれば、交代できる。
毎日ではなくても、休んでもらえる日をつくれるかもしれない。
けれど、ボイラーを扱うには資格が必要でした。
初めて、勉強する理由が生まれた
彼は、学生時代から勉強が好きではありませんでした。
机に向かうことも苦手だったそうです。
勉強しても、それが何の役に立つのか分からない。
「将来のためだ」
「覚えなさい」
と言われても、気持ちはなかなか動きませんでした。
ところが、今回は違いました。
資格を取れば、あの人を休ませることができる。
自分の勉強が、具体的な誰かの役に立つ。
初めて、学ぶ理由が自分の中に生まれたのです。
彼はボイラーの資格試験に向けて勉強を始めました。
専門用語を覚える。
設備の仕組みを理解する。
安全に関する決まりを学ぶ。
問題を何度も解く。
決して簡単な勉強ではありません。
それでも、以前のように
「なぜ勉強しなければならないのか」
と迷うことはありませんでした。
目的が、はっきりしていたからです。
仲間を休ませるために、資格を取った
彼は、これまでにないほど熱心に勉強しました。
分からないところを教えてもらい、同じ問題に何度も取り組みます。
仕事をしながら準備を続け、ついにボイラーを扱うための資格を取得しました。
それを知った両親は、とても驚いたそうです。
学校に通っていた頃には、あれほど勉強を避けていた。
将来のためと言われても、なかなか机へ向かわなかった。
その本人が、自分から学び、資格まで取ったのです。
彼を動かしたのは、
「もっと成長しなさい」
という指導ではありませんでした。
「あの人を休ませてあげたい」
という、
具体的な誰かへ貢献したいという思い
でした。
資格を取ることが、ゴールではなかった
もっとも、資格を取ればすぐに仕事ができるわけではありません。
彼には身体的な不自由があります。
設備を操作する。
道具を扱う。
安全に決められた手順をこなす。
そこには、資格試験とは別の難しさがありました。
それでも彼は、自分の体でどうすれば操作できるのかを一つずつ確かめていきました。
持ち方を工夫する。
姿勢を整える。
時間がかかっても手順を省略しない。
必要なところは周囲に支えてもらう。
そうして、自分で担える範囲を少しずつ広げていきます。
彼の成果は、資格証を手にしたことだけではありません。
実際にボイラーの業務を担えるようになり、
毎朝早く出勤していた技士に、休んでもらえる日をつくったこと。
そこに本当の貢献がありました。
彼を動かしたのは、
「障がいを乗り越えたい」
という思いではありません。
大切な仲間を支えたい、という思いでした。
支える側と、支えられる側を分けない
障がい者雇用という言葉からは、
障がいのない社員が、障がいのある社員を支える姿を想像しがちです。
もちろん、必要な支援や配慮はあります。
しかし、RRクリーニング社で起きていたことは、それだけではありませんでした。
機械操作が得意な人が、工場の生産性を支える。
記憶力の高い人が、発送工程を支える。
新規開拓が得意な営業担当者が、仲間の仕事をつくる。
顧客対応が得意な人が、新規開拓へ集中する仲間を支える。
そして、これまで周囲から支えられることの多かった若いスタッフが、
今度はボイラー技士を支えようと、自分から新しい力を身につけた。
誰もが、ある場面では支えられ、別の場面では誰かを支えます。
支える側と支えられる側は、固定された役割ではないのです。
人は、貢献したいときに力を探し始める
彼には、もともと学ぶ力がなかったのでしょうか。
そうではありません。
学ぶことと、自分の仕事や人生とのつながりが見えていなかっただけなのかもしれません。
誰かの役に立ちたい。
あの人の負担を軽くしたい。
自分にもできることがあるはずだ。
そう思ったとき、人は自分の中にある力を探し始めます。
資格を取ったことは、できる仕事が一つ増えただけではありません。
「自分は誰かを助けられる」
「自分の力で職場へ貢献できる」
という実感にもつながりました。
チームとは、今ある能力を持ち寄るだけの場所ではありません。
誰かに貢献したいという思いによって、まだ使われていなかった力が現れ、新しい能力が育つ場所でもあります。
優しさを、仕事として続けられる形にする
ボイラー技士が彼に優しく接したこと。
彼が、その人を休ませたいと思ったこと。
そこには、人と人との素朴な思いやりがあります。
しかし、思いやりだけでは仕事は続きません。
休ませてあげたいと願うだけでは、代わりにボイラーを動かすことはできないからです。
知識が必要です。
資格が必要です。
安全に働ける仕組みも必要です。
営業チームでも同じでした。
助け合おうという気持ちだけでは、役割は曖昧になります。
仕事の目的と成果を確認する。
一人ひとりのできることを見る。
役割を組み合わせる。
必要な力を身につける。
RRクリーニング社は、
人への思いやりを、継続できる仕事の仕組みに変えていきました。
仲間を支えることが、自分を育てる
誰かを支えることと、自分らしく働くことは、反対ではありません。
自分の強みを、誰かのために差し出す。
できないことは、相手の強みに支えてもらう。
必要ならば、誰かへ貢献するために新しい力を身につける。
そうした関係の中で、人は自分の役割を見つけていきます。
「自分には何ができないか」
ではなく、
「自分は誰に、どんな貢献ができるだろう」
と考えられるようになる。
RRクリーニング社では、障がい者雇用から始まった仕事の再設計が、営業チームの働き方にも広がりました。
そして、仲間を支えたいという思いが、一人のスタッフに初めて学ぶ理由を与えました。
人を支える仕事は、支えられた人だけを助けるのではありません。
支えようとした人自身の力を引き出し、その人を育てる仕事にもなるのです。
【今日の問い】
Q:あなたは誰をどんなふうに支え、誰にどんなふうに支えられていますか?
職場での支え合いは、いつも目立つ形で見えるとは限りません。
新しい顧客をつくる人が、仲間の仕事を生み出している。
情報を整える人が、周囲の判断を支えている。
誰よりも早く準備する人が、全員の仕事の始まりを支えている。
自分が強みを発揮できているのも、誰かが別の仕事を引き受け、環境を整えてくれているからかもしれません。
同時に、自分にとっては何気ない仕事が、誰かにとって大きな助けになっていることもあります。
自分は誰に、どんな貢献を差し出しているでしょう。
そして、誰のどんな貢献によって、自分らしく働けているでしょうか。
そうして周囲を見直すと、普段は見過ごしている支えが見えてくるかもしれません。
~次回予告~
RRクリーニング社が学んだ「互いの強みを生かす」という考え方は、やがて顧客との関係にも広がっていきます。
ホテルから値下げを求められたとき、価格を奪い合うのではなく、別の道はないのか。
Rさんが目を向けたのは、ホテルの先にいる「顧客」でした。
次回、
顧客と利益を奪い合わない方法はないか――「顧客の顧客」を増やし、味方を増やす
へ続きます。
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