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実践するドラッカー 実践編 第60話:後継者は、家業から距離を置いていた――受け継いだ家業に、未来を描けるか②(全5話)

事例12-2 高いのに、なぜ選ばれるのか

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

顧客に聞いて見えた「信用」という価値

未来を語りたい。でも、未来は楽観できない・・。

Lさんは、未来を語れずにいました。

後継者として会社に戻ったということは、いずれ自分が、この会社を担っていく立場にあるということ。

けれど、会社に戻ったからといって、すぐに未来が見えるわけではありません。家業だからといって、自然に誇りが湧いてくるわけでもありません。

むしろLさんの中には、焦りがありました。

幹部候補だと思っていた部下が会社を去ったこと。
その出来事は、Lさんにひとつの問いを残しました。

自分は、この仕事の明るい未来を示せていたのだろうか。

しかし、未来を語ろうとしたとき、Lさんの目の前にあった現実は、決して楽観できるものではありませんでした。

LL社の主力製品は、自動車の駆動系に使われる金属部品です。

自動車産業は、大きな変化の中にありました。電気自動車へのシフトが進めば、従来の部品構成は変わっていきます。これまで必要とされてきた部品が、これからも同じように必要とされ続けるとは限りません。

しかも、LL社の主力技術である鍛造は、決して安い加工方法ではありませんでした。

伝わる言葉を探してみた

鍛造とは、金属を高温に熱し、叩いて形を変える加工方法です。

金属を真っ赤になるほど熱し、大きな力を加えながら、目的の形に近づけていく。そういう加工法です。

同じ金属加工でも、「鋳造」という方法があります。

鋳造は、金属を高温で溶かし、型に流し込んで固める方法です。複雑な形状をつくりやすく、大量生産にも向いています。コスト面でも、鍛造より有利になることが少なくありません。

では、なぜわざわざ鍛造なのか。

この違いを、専門用語だけで説明しようとすると、どうしても伝わりにくくなります。

金属組織がどう変化するのか。内部の密度がどう高まるのか。強度にどのような違いが生まれるのか。

もちろん、技術的には大切な説明です。けれど、初めて聞く人にとっては、すぐにイメージしにくいものでした。

そこでLさんは、あるとき、鍛造と鋳造の違いを身近な食べ物にたとえて話してみた。

鍛造は、"おもち”のようなものです。

餅米を蒸し、臼と杵で何度もつく。そうすると、米粒はひとつにつながり、かんたんにはバラバラにならないおもちになる。

一方、鋳造は ”おにぎり” のようなものです。

ご飯を手で握れば、おにぎりという形になります。しかし、落としたり、強い力が加わったりすれば、崩れてしまうことがあります。

もちろん、これはあくまで比喩。けれど、この説明をすると、相手の反応が変わった。

「ああ、なるほど」

「そういう違いなんですね」

「だから鍛造は強いんですね」

専門的な説明だけでは届きにくかったものが、"おもち”と”おにぎり”という身近なイメージを通すことで、相手の中にすっと入っていきました。

Lさんには、こういうところがありました。

難しい技術を、難しいまま語らない。相手が知っているものに置き換えながら、仕事の本質を伝えようとする。

これは、単なる説明上手というだけではありません。

自分たちの仕事をどう理解してほしいのか。顧客や周囲の人に、どんな価値として受け取ってほしいのか。

そこを考えているからこそ、比喩が生まれるのでしょう。

強い。しかし、高い

鍛造は、叩いてつくるから強い。力を加えて形を変えるから、内部の組織が締まり、強度が高まる。

LL社が長年つくってきたのは、まさにそのような強度が求められる部品でした。

しかし、この「強さ」という価値は、ただ技術仕様として語るだけでは伝わりにくいものです。

伝わる言葉に変えたとき、はじめて相手の中で価値になります。

Lさんは、少しずつそのことをつかみ始めていました。

ただし、強いからといって、簡単に売れるわけではありません。

鍛造は手間がかかる。設備も必要になる。経験も必要になる。だから、価格は高くなりやすい。

実際、Lさんが事業を分析していくと、自社の製品は同業他社と比べても、決して安くないことが見えてきました。

さらに、主力である自動車部品の将来には不安があります。需要はこの先、段階的に減っていくかもしれません。

安くない。市場も楽観できない。従来の延長線上に、明るい未来がそのまま見えているわけでもない。

そんな中で、Lさんはひとつの疑問を持ちました。

なぜ、顧客はLL社を選んでくれているのだろうか。

価格が安いからではない。むしろ、高いかもしれない。

それでも取引が続いている。注文してくれる顧客がいる。必要としてくれている顧客がいる。

だとすれば、顧客は一体、LL社の何を買っているのだろうか。

机の上で考えるのをやめ、顧客に聞いた

ここでLさんは、机の上で考えるだけではなく、顧客に聞くことにしました。

なぜ、当社を選んでくれているのですか。価格が高いにもかかわらず、なぜ取引を続けてくださっているのですか。

返ってきた答えは、Lさんにとって意外なものでした。

「以前から取引があり、納期を守ってくれるから」

「多少高くても、品質に信用があるから」

「安心して任せられるから」

顧客が買っていたのは、製品だけではなかった。

もちろん、部品そのものの品質は大切である。強度も必要である。寸法も精度も必要である。

しかし、それだけではありませんでした。

納期を守ってくれること。問題が起きたときに対応してくれること。品質に対する信頼があること。任せておけば大丈夫だと思えること。

顧客は、LL社から「信用」や「安心感」を買っていたのだ。

製品ではなく、顧客の安心を支えていた

Lさんにとって、これは大きな気づきでした。

それまでは、自分たちは製品を売っていると思っていました。鍛造品をつくり、納めている。それが仕事だと考えていました。

しかし、顧客の側から見れば、少し違っていました。

顧客は、単に金属部品を買っていたのではなく、
自分たちの製品づくりを止めないための確かさを買っていた。
計画通りに進め、人を手待ちにさせないための安心を買っていた。
品質問題を起こさないための信頼を買っていた。

この違いは、とても大きい。

「何をつくっているか」は、会社の側から見た仕事です。

「何を買われているか」は、顧客の側から見た価値です。

そして、事業の未来を考えるときに本当に大切なのは、後者のはずです。

顧客にとっての価値は、顧客にしか答えられない

ドラッカーは、こう述べています。

顧客にとっての価値はあまりに多様であって、顧客にしか答えられない。したがって、答えを推察してはならない。直に聞かなければならない。

『実践するドラッカー 事業編』第3章 マーケティングを問い直す
顧客に聞く p.78
(マネジメント(上)p.109)

これは、当たり前のようでいて、実践するのは難しい。

会社の中にいると、自分たちの製品やサービスのことは、自分たちが一番よくわかっていると思いがちです。技術の特徴も、品質の違いも、手間がかかる理由も、説明できます。

けれど、顧客が本当に何を価値として受け取っているのかは、顧客に聞かなければわかりません。

こちらが「品質」だと思っているものを、顧客は「安心」と受け止めているかもしれません。

こちらが「納期対応」だと思っているものを、顧客は「自分たちの仕事を止めない確かさ」と受け止めているかもしれません。

こちらが「昔からの取引」だと思っているものを、顧客は「困ったときに相談できる関係」と受け止めているかもしれません。

顧客に聞くことは、自社の価値を顧客の言葉で見つけ直すことだったのです。

顧客の言葉を受け取ると、自社の価値を語り直せる

同時に、顧客の言葉を受け取ったからこそ、自社の価値を相手に伝わる言葉で語り直すこともできました。

Lさんにとって、おもちとおにぎりの比喩も、顧客の声も、別々の話ではありませんでした。

どちらも、自分たちの仕事を、相手の世界に届く言葉に変えていく実践でした。

自社の価値は、自分たちの中だけにあるのではありません。

顧客の言葉の中にある。
相手の反応の中にある。
「なるほど」と受け取ってもらえた瞬間の中にある。

Lさんは、自分たちの仕事を、少しずつ自分の言葉で語れるようになっていきました。

リスクのある未来に、ビジョンを描くために

リスクのある未来に、ビジョンを描く。

これは、簡単なことではありません。

市場が伸びている。注文が増えている。価格競争にも勝てている。

そういう状況なら、未来は語りやすいのかもしれません。

けれど、LL社が置かれていた状況はそうではありませんでした。

主力市場には変化の兆しがありました。
自社製品は安くない。若い人に、この仕事の明るい未来を見せられているのかという不安もある。

その中で未来を描くには、まず自分たちの本当の価値を知らなければなりません。

それは、社内で会議をしているだけでは見えにくい。技術の説明をしているだけでも見えにくい。売上や原価を見ているだけでも、十分には見えない。

顧客に聞いて、初めて見えるものがある。

そこでLさんは、それを実践したのです。

すると、LL社の仕事は少し違って見えてきました。

鍛造品をつくる会社。自動車部品を納める会社。地方にある金属加工会社。

それだけではなかったのです。

顧客の仕事を止めない会社。品質への不安を減らす会社。強度が求められる場面で、安心して頼れる会社。

そこに、LL社が必要とされる理由がありました。

そしてこの気づきは、やがて次の一歩につながっていきました。

自分たちは、鍛造品を売っているのか。それとも、強度という価値を提供しているのか。

その問いが生まれたとき、これまで競合だと思っていた相手の見え方まで変わっていくことになります。

予期せぬ依頼が届いた

ある日、LL社に予期せぬ依頼が届きました。

「鋳造でつくられた製品を、鍛造してほしい」

社内では、驚きと戸惑いの声があがりました。

そんなことは聞いたことがない。見たこともない。本当にやる意味があるのか。

けれど、その依頼こそが、LL社の強みをもう一段深く教えてくれることになるのです。

【今日の問い】

Q:あなたの仕事の価値を、お客様に伝わる言葉で表すと、どのような表現になるでしょうか。

自分たちにとって当たり前の技術やこだわりは、お客様にとっては少し難しく聞こえることがあります。

専門用語で説明すれば正確かもしれません。しかし、正確であることと、相手に伝わることは同じではありません。

Lさんが鍛造と鋳造の違いを「おもち」と「おにぎり」にたとえたように、価値は、相手が知っている世界に置き換えたときに伝わりやすくなります。

あなたの仕事には、どのような技術やこだわりがあるでしょうか。それを、お客様の日常や困りごとに引き寄せて表すと、どのような言葉になるでしょうか。

その言葉によって、お客様はあなたの仕事の価値をどのように受け取り直してくれるでしょうか。

~次回予告~

次回は、LL社に届いた予期せぬ依頼を見ていきます。

それは、「鋳造でつくられた製品を、鍛造してほしい」という、これまでの常識からすれば少し不思議な依頼でした。

しかし、その依頼によってLさんは、自社の仕事を「鍛造品をつくること」ではなく、「強度という価値を提供すること」として捉え直していきます。

競合だと思っていた相手が、パートナーに変わる。

その変化は、LL社の未来の見え方を大きく変えていくことになります。

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