実践するドラッカー 実践編 第54話:ドラッカーは、会社の共通言語になる——商人の知恵が受け継がれる地域で育った、8年の実践記③(全7話)
事例11-3 社員の6割が学び始めたとき、会社の会話が変わった
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
リーダーたちの言葉が変わり始めた。
Kさんにとって、それは大きな手応えでした。
最初は、Kさんが必要性を感じて始めたドラッカー読書会でした。
地元の社労士の先生をKK社に招き、全社員で学ぶ場をつくる。
その後、リーダー層にも広げていく。
はじめからすんなり受け入れられたわけではありません。
リーダーたちにも戸惑いがありました。
けれど、3年、4年と続けていくうちに、少しずつ変化が見え始めます。
リーダーがメンバーと話すとき、ドラッカーの言葉を自然に使い始めたのです。
「あ、ここだな」
Kさんはそう感じました。
この会社の中で、ドラッカーが社長だけの言葉ではなくなり始めている。
リーダーたちの言葉になり始めている。
その手応えをきっかけに、Kさんは次の段階へ進むことにしました。
学びたい人、影響力のある人へ
第2フェーズでは、リーダーだけでなく、希望する社員にも読書会を広げていきました。
「ドラッカーの読書会をやってみたい」
「自分も参加してみたい」
そういう人たちに参加してもらい、学びの輪を広げていったのです。
同時にKさんは、社内で影響力がありそうな人にも声をかけました。
公式な役職がある人だけが、組織に影響を与えるわけではありません。
日々の会話の中で、周囲に影響を与えている人。
仕事の進め方で、まわりから信頼されている人。
後輩や同僚にとって、自然と相談相手になっている人。
そうした人たちがドラッカーの言葉に触れることで、会社の中での伝わり方も変わっていきます。
リーダーが学ぶ。
希望者が学ぶ。
影響力のある社員が学ぶ。
それぞれが、自分の仕事に引き寄せて考える。
そうして、ドラッカーの言葉は少しずつKK社の中に染み込んでいきました。
社員の6割が学び始めた頃
今から振り返ると、会社の空気が変わってきたのは、社員の6割ほどがドラッカーの学びに触れ始めた頃からだったような気がします。
もちろん、ある日を境に突然変わったわけではありません。
最初は、Kさん自身が「これは大事だ」と思って始めた取り組みでした。
リーダーたちも、最初から前のめりだったわけではありません。
けれど、続けていくうちに、少しずつ変化が見えてきます。
「あの人も学んでいる」
「この人も同じ言葉を使っている」
「この会社では、こういう考え方で仕事を見るのだ」
そんな空気が、会社の中に生まれてきたのです。
一人が使っているだけなら、その人の言葉です。
リーダーだけが使っているなら、まだリーダー層の言葉です。
けれど、社員の多くがその言葉に触れ、自分の仕事と結びつけ始めると、それは少しずつ会社の言葉になっていきます。
Kさんの感覚では、その転換点が、社員の6割ほどが学び始めた頃にありました。
新入社員に、自然に読書会が案内される
その変化は、新しく入ってくる社員への関わり方にも表れました。
新入社員が入ってくると、Kさんが何も言わなくても、リーダーたちが自然に声をかけるようになったのです。
「さあ、ドラッカーの読書会が始まるよ」
Kさんにとって、それは嬉しい光景でした。
社長が言うからやる。
会社の制度だから参加する。
研修として決まっているから受ける。
そういう段階を超えて、リーダーたちが自然に、新しく入ってきた人へ伝えるようになっている。
ドラッカー読書会が、特別なイベントではなく、KK社で働くうえでの自然な入口になっていたのです。
Kさんはそこに、学びが会社の文化になり始めている手応えを感じていました。
読書会は、発話の訓練でもあった
KK社にとって読書会は、単にドラッカーの知識を得る場ではなくなっていきました。
本を読む。
言葉に触れる。
自分の仕事に引き寄せて考える。
そして、自分の言葉で話す。
何を感じたのか。
どの場面を思い出したのか。
自分の仕事とどうつながるのか。
これから何を変えてみたいのか。
そうしたことを、少しずつ言葉にしていく。
この積み重ねは、社員にとって大切な発話の訓練にもなっていきました。
仕事の中では、感じていることがあっても、それをうまく言葉にできないことがあります。
違和感はある。
困っていることもある。
本当は変えた方がいいと思っていることもある。
けれど、それを言葉にできなければ、ただの不満や反発になってしまいます。
読書会は、その違和感を言葉にして差し出す場になっていきました。
愚痴の奥に、課題の芽があった
読書会を続ける中で、Kさんはもう一つの変化に気づきます。
それは、社員の発話の質が変わっていったことでした。
以前は、とりとめのない愚痴や不平に聞こえることもありました。
あれが困る。
これがうまくいかない。
あの人の言っていることと、こちらの現場感覚が合わない。
前に言われたことと、今求められていることが違う。
一つひとつを聞くと、互いに矛盾しているように聞こえることもあります。
ただ不満を言っているだけに見えることもあります。
けれど、読書会を通じて、同じ言葉に触れ、自分の考えを話す訓練を重ねていくと、その発話の意味が少しずつ変わっていきました。
不平に見えていたものの奥には、現場で感じ取っていた違和感がありました。
愚痴のように聞こえていたものの奥には、仕事をよくしたいという思いがありました。
反発のように見えた言葉の中にも、まだ整理されていない課題の芽がありました。
ドラッカーの言葉を使って考えることで、その違和感を少しずつ課題として扱えるようになっていきます。
これは成果につながっているのか。
お客様にとっての価値は何か。
誰の強みが生かされていないのか。
どこで仕事の流れが止まっているのか。
そうした問いがあることで、ただの不満が、建設的な議論の土台になっていきました。
Kさんは、そこに大きな発見を感じました。
この人たちは、ただ文句を言っていたのではない。
ちゃんと考えてくれていたのだ。
そう受け止められるようになったとき、愚痴や不平に見えていた発話は、感謝すべき材料にも変わっていきました。
言葉にするから、一緒に考えられる
職場では、ときに「言わなくても察してほしい」という気持ちが生まれます。
自分が困っていること。
不安に思っていること。
仕事の中で感じている違和感。
本当はこうした方がいいと思っていること。
それを言葉にしないまま、相手に気づいてほしいと期待してしまうことがあります。
けれど、言葉にされていないものを正確に受け取ることは、簡単ではありません。
病院に行けば、自分の症状を伝える必要があります。
美容室に行けば、どうしたいのかを伝える必要があります。
相手が専門家であっても、こちらが何も言わなければ、望んでいることは伝わりません。
職場も同じです。
状況を伝える。
希望を伝える。
気づきを伝える。
違和感を伝える。
それをせずに、「どうしてわかってくれないのか」と思い続けると、お互いに不幸になります。
読書会は、自分の感じていることを言葉にして伝える練習の場にもなっていました。
言葉にすることで、相手が受け取れるようになる。
相手が受け取れるようになることで、はじめて一緒に考えられるようになる。
この変化も、KK社のコミュニケーションを少しずつ変えていきました。
共通の体験が、相手を見る目を変えていく
読書会の意味は、知識を得ることだけではありませんでした。
同じ本を読み、同じ言葉に触れ、同じ問いを自分の仕事に引き寄せて考える。
そして、それぞれの受け止め方を聞き合う。
その経験そのものが、KK社の中で大切なコミュニケーションの場になっていきました。
『実践するドラッカー[チーム編]』には、次のような言葉があります。
コミュニケーションは、必ずしも情報を必要としない。実際いかなる論理の裏づけもなしに経験を共有することこそ、完全なコミュニケーションをもたらす。
経験を共有する p.188
(マネジメントエッセンシャル版 p.161)
読書会では、正解を一つに決めるわけではありません。
同じ言葉に触れても、何を感じるかは人によって違います。
どの経験と結びつくかも違います。
自分の仕事のどの場面を思い出すかも違います。
その違いを聞くことで、相手の見ている景色が少しずつ見えてきます。
「相手のために」と思って動いていることが、ときにお節介になったり、独りよがりになったりすることがあります。
本当に大切なのは、相手の立場に立って考えることです。
読書会で、同じ問いに向き合い、互いの受け止め方を聞く。
その共通の体験を重ねることで、相手が何を大切にしているのか、どこに強みがあるのか、どんな場面で力を発揮しやすいのかが見えやすくなっていきました。
読書会は、情報を伝える場である前に、経験を共有する場でした。
その共有された経験が、KK社のコミュニケーションを深めていったのです。
社長が言わなくても、受け継がれる
Kさんにとって大きかったのは、自分がすべてを言わなくてもよくなっていったことでした。
最初は、Kさんが読書会を会社に持ち込みました。
Kさんが必要性を感じ、場をつくりました。
しかし、学びが広がるにつれて、リーダーたちが言葉を使うようになります。
社員たちも、その言葉に触れるようになります。
新入社員に対しても、リーダーが自然に読書会を案内するようになる。
それは、トップの思いが、組織の中で受け継がれ始めたということでした。
会社は、トップひとりの力だけでは続きません。
トップが考えたことを、リーダーが自分の言葉にする。
リーダーが語ったことを、社員が自分の仕事に引き寄せる。
新しく入った人にも、その考え方が自然に伝わっていく。
Kさんは、そうした変化の中に、ドラッカーがKK社の共通言語として根づき始めた手応えを見ていました。
【今日の問い】
Q:あなたの会社やチームでは、不満や反発の奥にある「課題の芽」に目を向けられているでしょうか?
とりとめのない愚痴に聞こえる言葉の中にも、現場で感じ取っている違和感が含まれていることがあります。
反発に見える言葉の奥にも、仕事をよくしたい思いや、まだ言葉になっていない問題意識が隠れていることがあります。
大切なのは、それをそのまま否定することではなく、建設的な議論の土台になる課題として受け止め直すことです。
あなたの会社やチームでは、不満や反発を、どのように課題設定へと変えていけるでしょうか。
~次回予告~
ドラッカーの学びは、KK社の中で少しずつ広がっていきました。
リーダーから社員へ。
希望者から新入社員へ。
社長の言葉から、会社の言葉へ。
そして読書会は、単に知識を学ぶ場ではなく、言葉を使って考え、違和感を課題に変え、相手の立場に立って考えるための場にもなっていきました。
しかし、Kさんの実践が興味深いのは、単に読書会を続けたことだけではありません。
Kさんは、ドラッカー経営を一つの「パッケージ」として捉えていました。
人、組織、事業、成果、利益。
それぞれをバラバラに考えるのではなく、統合されたものとして見る。
Kさんはそれを、少しユニークな言葉で表現しています。
「ドラッカー経営とは、良き意図によるERPパッケージ導入である」
次回は、この独自の表現を手がかりに、Kさんがドラッカー経営をどのように捉えていたのかを見ていきます。
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