25年間、書くことだけはやめなかった(耳ビジnote部:大切にしている小さな習慣)
インターネットで情報発信をするようになって、もう25年近くになる。最初は2002年。一社依存していた大手スーパーが突然倒産し、家業は連鎖倒産の危機にあった。
営業経験は皆無。それでも飛び込み営業、電話営業、見よう見まねのダイレクトメール。考えられることは何でもやった。そんな中で手ごたえがあったのが、手作りのホームページだった。
商品を並べるだけでは、わざわざ読みに来てもらえない。なぜか最初からそんな感覚があって、「什器屋さんのお仕事日記」というコーナーを作った。まだブログという便利な仕組みもない時代。HTMLをベタ打ちして、毎週コラムを更新した。
コツコツ続けていると、問い合わせが来るようになった。国内だけでなく、海外からも。そして家業は連鎖倒産を免れ、再建することができた。
その後、WordPressに変わってからも「什器屋二代目社長のブログ」として発信を続けた。
転機は2016年。15年間介護してきた父が亡くなった。私はずっと「ちゃんとした経営者にならなければいけない」と思っていた。
父が創業した会社を守るため。
父と母の夢を守るため。
でも父を「30年続いた会社の創業者」として社葬で送り出したとき、ようやく思った。
「もう、この荷物を降ろしてもいいよね?」
経営者として生きることは、私には重かった。本当は、専門家として生きたかった。父の四十九日が過ぎたころ、「什器屋二代目社長のブログ」は「展示会活用アドバイザー大島節子の展活タイムズ」に名前を変えた。ドメインもtenkatsu.net へ引っ越した。
今思えば、あれは単なるブログの引っ越しではなかった。「私は何者なのか」を、自分で決め直した瞬間だった。ひとつの卒業だったのだと思う。
それから10年。肩書きも、書く場所も、書く内容も変わった。それでも変わらなかったことが一つある。
私は今日も書いている。毎日、何かを見て、考えて、言葉にして、インターネットの海へ放つ。25年続いている、私の小さな習慣だ。
