世界のペット事情 #5|アイスランド編
みてくれてありがとうございます。「世界を見れば日本が見えてくる」ということで、MaNiYa編集部が、海外のペット事情について調べてまとめています。
第5回は、アイスランドです。
アイスランドについて調べていて、まず驚いたことがあります。
それは、首都レイキャビクで、かつて犬を飼うことが長い間、厳しく制限されていたという歴史です。
犬は、人間の最も身近な動物のひとつです。日本でも、犬は家族であり、癒しであり、散歩を通じて地域とつながる存在でもあります。だからこそ、「都市で犬を飼うことが禁止されていた」と聞くと、少し不思議に感じます。
でも、アイスランドの歴史をたどると、それは単なる“犬嫌い”ではなく、公衆衛生、都市化、島国としてのリスク管理が重なった結果だったことが見えてきます。
なぜ制限?:島国ならではのリスク管理
アイスランドには、牧羊の文化があります。広い自然の中で羊を管理するために、犬は大切な働き手でした。
しかし、レイキャビクのような都市に犬が入ってくると、話は変わります。
犬が街を歩き回る。糞尿が出る。吠え声がある。家が密集する。人との距離が近くなる。さらに、当時は犬を介して人に感染しうる寄生虫病への恐れもありました。
つまり、犬は農村では「暮らしを支える仲間」でしたが、都市では「公衆衛生上のリスク」として見られる面があったのです。
エキノコックス症と、公衆衛生の記憶
アイスランドで犬が厳しく管理されるようになった背景として、外せないのがエキノコックス症です。
エキノコックス症は、犬などを介して人に感染しうる寄生虫病です。現在の日本でも北海道などで知られていますが、アイスランドでも歴史的に大きな問題でした。
レイキャビクで犬の飼育が制限された背景には、この病気への強い恐れがありました。『Smithsonian Magazine』は、1924年にレイキャビクで犬の飼育が禁止された理由について、犬から人に感染しうるエキノコックス症の予防が目的だったと説明しています。また、1880年代のアイスランドでは、剖検例の20%でこの病気が確認されたとも紹介しています。(出典:Smithsonian Magazine “Illegal in Iceland”, 2015)
当時の人々にとって、犬はただかわいい存在ではありませんでした。場合によっては、人間の健康を脅かす可能性のある存在でもありました。
2010年の論文 “Dogs and echinococcosis in Iceland” では、アイスランドでエキノコックス症を減らすために、犬の数を税金で抑えること、不要な犬への高い税、許可なしの犬飼育禁止、犬が生の内臓に触れないようにすること、犬への定期的な駆虫などが行われたと説明されています。(出典:Sigurdarson, 2010)
島国は、動物を慎重に受け入れる
その背景として、アイスランドは島国です。
島国では、外から入ってくる動物や病気に対して、とても慎重になります。これは日本とも共通する感覚です。
アイスランドでは、犬や猫を輸入するには、アイスランド食品獣医庁(MAST)の輸入許可が必要です。犬や猫は、ワクチンや検査などの条件を満たしたうえで、到着後に2週間の隔離を受ける必要があります。(出典:Icelandic Food and Veterinary Authority “Import of live animals”)
また、エキノコックス症の再侵入を防ぐため、犬の輸入は1909年から1989年まで制限されていました。1989年に輸入制限が解除された後も、隔離や医療管理、駆虫などが求められるようになったと研究では説明されています。(出典:Saarma et al., 2023)
これは、動物を拒んでいるというより、島の環境を守るための慎重さです。
一度外から病気や寄生虫が入れば、人間だけでなく、家畜、野生動物、生態系にも影響が及ぶ可能性があります。アイスランドにとって、動物を受け入れることは、個人のペットの問題であると同時に、国土全体のリスク管理でもあります。
ここも、日本と比較できる点です。
日本も島国であり、動物検疫はとても重要です。海外から犬や猫を連れてくる場合、条件を満たさなければ長期間の係留や返送の対象になることがあります。
法律は、動物をどう見ているのか
では、現在のアイスランドでは、法律的に動物はどのように扱われているのでしょうか。
アイスランドの動物福祉法である、Act No. 55/2013 on Animal Welfareは、動物福祉を促進することを目的とし、動物が苦痛、飢え、渇き、恐怖、苦しみ、痛み、けが、病気を受けないようにすることを掲げています。また、動物を「感受性ある存在」として考慮し、動物ができる限り自然な行動を表現できるようにすることも目的とされています。(出典:Act No. 55/2013 on Animal Welfare)
動物は、ただ人間が所有するものではない。
痛みを感じ、恐怖を感じ、空腹や渇きを感じ、自然な行動を必要とする存在である。
法律の中に、その視点が入っているのです。
もちろん、法律に書かれているからといって、すべての動物が理想的に守られるわけではありません。
けれど、少なくともアイスランドの動物福祉法は、動物を単なる財産や道具としてだけではなく、苦痛を避け、自然な行動をする権利のある存在として扱おうとしています。
ここは、アイスランド編でとても重要なポイントです。
かつて犬は、公衆衛生上のリスクとして都市から遠ざけられました。
一方で現在の法律では、動物は感受性ある存在として、その福祉を守る対象になっています。
犬を社会から遠ざける歴史と、動物の感受性を認める法律。
この二つが同じ国の中にあることが、アイスランドの面白さだと思います。

犬が少ない社会では、ペット市場も小さい
アイスランドは人口規模が小さく、犬の数も多い国ではありません。
FCIの統計では、Icelandic Kennel Clubが把握するアイスランドの犬の概数は、約15,000〜30,000頭とされています。人口規模を考えても、犬社会は日本や欧州大国に比べるとかなり小さいと見られます。(出典:FCI Statistics)
市場も大きくはありません。民間市場データでは、アイスランドのペットフード売上は2023年に約310万ユーロとされ、欧州の大きな市場と比べると非常に小規模で、やや縮小の傾向があります。(出典:ReportLinker)
火山国アイスランド:ペット防災はどう見えるか
アイスランドは、火山と地震の国です。
氷河、火山、地熱、地震、暴風、洪水など、人々は、自然の大きな力とともに暮らしています。
アイスランドの国家リスク評価では、自然災害や人為災害、疫病などによる人々の身体・健康、環境、財産への被害を防ぎ、可能な限り抑えることがCivil Protectionの目的だと説明されています。(出典:National Risk Assessment for Iceland)
しかし、ペット防災という視点で見ると、日本ほど「犬や猫と一緒にどう避難するか」が生活者向けに体系化されているわけではなさそうです。
この問題が大きく表面化したのが、2023年のグリンダヴィーク避難です。
2023年、アイスランド南西部の町グリンダヴィークでは、火山活動の高まりにより大規模な避難が行われました。『The Guardian』は、3,000人以上の住民が避難し、その後、一部の住民が警察や民間防衛当局の管理のもと、短時間だけ自宅に戻り、ペットや必需品を回収することを認められたと報じています。(出典:The Guardian, 2023)
また、『Iceland Review』系の報道では、動物福祉団体が、グリンダヴィークに残されたペットを救出できるよう当局に求めたとされています。(出典:The Reykjavík Grapevine, 2023)
MaNiYaとして考えたいこと
MaNiYaが大切にしているのは、犬への愛を、知識と倫理によって社会に翻訳していくことです。
犬を愛している。
かわいい。
一緒に暮らしたい。
その気持ちは、とても自然で、とても尊いものです。
でも、今回の記事を執筆する中で、犬と暮らす自由は、社会の中で支えられている自由だと感じました。
アイスランドの歴史を見ると、犬は一度、都市から遠ざけられました。それは、犬が嫌われていたからではなく、当時の社会が、犬を都市に迎え入れる条件をまだ十分に持っていなかったからかもしれません。
今、私たちは犬を家族として迎えることができます。けれど、その自由を守るためには、犬のことだけでなく、社会のことも考える必要があります。
MaNiYaとしては、犬を迎える前のチェックリストや、日々のケア記録、ペット防災、地域でのつながりづくりを通じて、犬への愛を行動に変える仕組みを考えていきたいです。
知ることから、愛は深くなる。
備えることで、愛は強くなる。
そんなことを教えてくれる、アイスランド編でした。
instagramもやってます▷@maniya_japan

主な参考資料
Act No. 55/2013 on Animal Welfare
アイスランドの動物福祉法。動物を感受性ある存在として捉え、苦痛や恐怖、飢え、渇き、けが、病気を避け、自然な行動を表現できるようにする目的について参照。Icelandic Food and Veterinary Authority|Import of live animals
犬猫の輸入許可、健康要件、2週間の隔離について参照。Reykjavík City|Dog keeping
現在のレイキャビクにおける犬の登録制度、犬の飼育に関する案内について参照。『Smithsonian Magazine』|Illegal in Iceland
レイキャビクにおける犬飼育禁止の歴史、エキノコックス症への懸念について参照。Sigurdarson|Dogs and echinococcosis in Iceland
エキノコックス症対策としての犬の課税、許可制、駆虫、犬の生内臓への接触防止などについて参照。Saarma et al.|Cystic echinococcosis in Iceland
エキノコックス症の歴史、1909年から1989年までの犬輸入制限、輸入再開後の隔離・医療管理について参照。National Risk Assessment for Iceland
アイスランドにおける自然災害、人為災害、疫病などのリスク管理について参照。『The Guardian』|Residents of volcano-threatened Icelandic town allowed brief visit home
2023年のグリンダヴィーク避難と、住民が短時間だけペットや必需品を回収するために帰宅を認められた件について参照。The Reykjavík Grapevine|Animal Welfare Coalition Urges Abandoned Pets Be Evacuated From Grindavík
グリンダヴィークに残されたペットの救出を動物福祉団体が求めた件について参照。環境省|災害、あなたとペットは大丈夫?
日本におけるペット防災、同行避難、日頃の備えについて参照。
