世界のペット事情 #14|英国編(後半)
「生きていれば十分」ではない。:英国のFive Freedomsが変えた、動物の幸せの考え方
熊本県で発生した地震により、不安な時間を過ごされている皆さまへ、心よりお見舞い申し上げます。
ペットと一緒に過ごしている方も、どうかご自身の安全を最優先にしてください。
一日も早く、穏やかな日常が戻ることを願っています。
――――――――――
見てくださって、ありがとうございます。
「世界を見れば、日本が見えてくる」。
そんな思いからMaNiYa編集部では、海外のペット事情を調べ、それぞれの国の制度や文化、動物との向き合い方を紹介しています。
見てくださって、ありがとうございます。
「世界を見れば、日本が見えてくる」。
そんな思いからMaNiYa編集部では、海外のペット事情を調べ、それぞれの国の制度や文化、動物との向き合い方を紹介しています。
前回の英国編では、子犬や子猫の第三者販売を規制する「ルーシー法」を取り上げました。
今回のテーマも、英国から世界へ広がった動物福祉の考え方です。
その名は、Five Freedoms(5つの自由)。
動物の暮らしを、なんとなく「かわいがっているから大丈夫」で終わらせず、動物自身の側から見直すためのものさしです。
英国の畜産現場から生まれたこの考え方は、やがて世界の動物福祉に大きな影響を与えました。
そして今、動物福祉の議論は、5つの自由を守るだけではなく、さらにその先へ進もうとしています。

きっかけは、効率化された畜産への疑問
Five Freedomsの原点として語られるのが、1965年に英国で公表されたBrambell Report(ブランベル報告書)です。
第二次世界大戦後、英国を含む多くの国では、食料を安定的かつ効率的に生産するため、畜産の集約化が進みました。
限られた空間で多くの動物を飼育し、生産性を高める。
人間にとっては効率的でも、その環境で暮らす動物にとってはどうなのか。そんな疑問が社会で強まっていきます。
ブランベル報告書では、集約的な畜産環境に置かれた動物の福祉が検討されました。その中では、動物が少なくとも、立つ、横になる、向きを変える、毛づくろいをする、身体を伸ばすといった基本的な動きを妨げられないことが必要だとされました。
現在広く知られているFive Freedomsが、最初からそのままの形で1965年に提示されたわけではありません。
ブランベル報告書を起点に英国で動物福祉の検討が進み、その後、Farm Animal Welfare Councilによって、現在知られる5項目へ整理されていきました。英国政府のAnimal Welfare Committeeによる近年の文書では、Five Freedomsは1979年に当時の委員会が採用したものと説明されています。
動物を守る、5つの自由
英国のFarm Animal Welfare Councilが示したFive Freedomsは、一般に次のように整理されています。
1.飢えと渇きからの自由
新鮮な水と、その動物の健康を維持できる適切な食事へアクセスできること。単に「何かを食べさせている」というだけではありません。
量は十分か。栄養は合っているか。いつでも水を飲めるか。年齢や病気に応じた食事になっているか。食べ物が目の前にあることと、適切に満たされていることは、同じではありません。
2.不快からの自由
雨風や暑さ、寒さから守られ、快適に休める場所があること。
清潔な寝床、適切な温度、落ち着ける空間などが含まれます。室内飼育だから、必ず快適とは限りません。音が大きすぎないか。暑すぎないか。逃げ込める場所があるか。
人間にとって快適な環境が、そのまま動物にとっても快適とは限らないのです。
3.痛み、けが、病気からの自由
病気やけがを予防し、異変があれば素早く診断・治療すること。
予防接種や健康診断だけでなく、日々の小さな変化に気づくことも含まれます。歩き方がおかしい。触られるのを嫌がる。急に食欲が落ちた。
動物は言葉で痛みを説明できないため、人間側の観察が欠かせません。
4.正常な行動を表現する自由
十分な空間と適切な設備があり、その動物らしい行動ができること。
犬なら、匂いを嗅ぐ、歩く、遊ぶ、休む。猫なら、登る、隠れる、爪を研ぐ、狩りに近い遊びをする。
動物にとって自然な行動を、人間の暮らしに合わないからと一方的に抑えてしまうと、身体が健康でも福祉が十分とは言えません。
5.恐怖と苦痛からの自由
精神的な苦痛をできる限り避け、恐怖や強いストレスを感じ続けない環境にすること。
怒鳴り声、乱暴な扱い、逃げ場のない接触、不適切なトレーニング。目に見えるけががなくても、動物がいつも緊張し、怯えているなら、よい状態とは言えません。
英国政府の家畜福祉に関する行動規範でも、Five Freedomsは、飼育環境における福祉を評価するための基本的な枠組みとして示されています。
また、世界各国の動物衛生と福祉の基準を扱う世界動物保健機関(WOAH)も、Five Freedomsを、人間の管理下にある動物が経験すべき状態を示す、国際的に認識された指針として位置づけています。
英国で生まれた問いが、世界共通の言葉になったのです。

家庭で暮らす犬や猫にも当てはまる?
Five Freedomsは、もともと家畜福祉をめぐる議論から発展しました。
けれど、その考え方は家庭で暮らす犬や猫にも、そのまま多くの示唆を与えてくれます。
たとえば、犬に毎日ごはんを与え、動物病院にも連れて行っている。
それだけを見れば、1と3は満たされているように見えます。
でも、その犬が散歩で匂いを嗅ぐことをいつも急かされ、他の犬を怖がっているのに無理に挨拶させられ、一人になれる場所もないとしたらどうでしょうか。
身体は健康でも、「正常な行動を表現する自由」や「恐怖と苦痛からの自由」は、十分に守られていないかもしれません。
猫の場合も同じです。
高価なフードを与えていても、高い場所へ登れず、隠れる場所もなく、遊びの時間もない。
それでは、猫らしい行動を表現する機会が限られてしまいます。
Five Freedomsがおもしろいのは、飼い主の愛情の大きさではなく、動物が実際にどのような状態で暮らしているかを見る点です。
「こんなに大切にしている」ではなく、
「この子は、安心できているだろうか」
「この子らしい行動ができているだろうか」
と、視点を少しだけ動物側へ移してくれます。
英国のAnimal Welfare Committeeも、犬の繁殖を扱った近年の見解で、動物福祉は健康や病気の有無だけではなく、複数の要素から構成されると説明しています。飼い主による評価だけでは、主観や思い込みが入り得ることにも注意を促しています。
愛していることと、その動物の状態を正しく理解できていることは、必ずしも同じではない。
少し耳の痛い話ですが、とても大切な視点です。
── ポメラニアンぽとみの、ちょっと一言。🐾 ──
「正常な行動をする自由」って、なんだか難しそう。
でも、ぽとみにとっては、
好きなところをクンクンしたい。
眠いときは、そっとしておいてほしい。
知らない人に急に触られるのは、ちょっと困る。
たぶん、そんな日常のことです。
人間には小さく見える選択でも、犬にとっては大事なことがあります。

5つの自由だけでは、足りない?
Five Freedomsは、動物福祉を分かりやすい言葉で世界に広げました。
一方で、動物福祉の研究が進むにつれ、この枠組みだけでは捉えきれない部分も指摘されるようになりました。
一つは、「飢えからの自由」「痛みからの自由」のような表現が、苦痛を完全にゼロにできるかのように聞こえることです。
実際には、空腹、喉の渇き、疲れ、軽い不快感などは、動物が生きる中で完全に消せるものではありません。
Five Freedomsの「freedom from」は、本来、苦痛が一切存在しない状態というより、可能な限り苦痛から自由であることを目指す考え方でした。
動物福祉学者のDavid Mellorは、Five Freedomsが大きな影響を与えた一方、現代の科学的理解を十分に表現できない部分があると指摘しています。特に、苦痛を避けることだけでなく、動物が肯定的な経験を得られる環境を整える必要があると論じました。
もう一つの限界は、Five Freedomsが主に「悪い状態を減らす」ことへ重点を置いている点です。
お腹が空いていない。病気ではない。怖がっていない。それはもちろん大切です。でも、苦痛がないことと、幸せであることは同じでしょうか。
動物福祉の議論は、「悪いことが起きていない状態」から、「動物にとってよい経験がある状態」へと広がってきました。
「A Life Worth Living」から「Good Life」へ
英国のFarm Animal Welfare Councilは、2009年の報告書で、Five Freedomsを動物福祉を分析するための論理的で包括的な枠組みと評価しつつ、さらに一歩進んだ目標を示しました。
それが、A Life Worth Living(生きる価値のある生活)と、Good Life(よい生活)です。
A Life Worth Livingとは、動物の一生を通して見たときに、肯定的な経験が否定的な経験を上回る状態です。
Good Lifeは、その最低限をさらに超え、よりよい住環境や、肯定的な心理経験を得られる暮らしを意味します。
英国政府が2025年に公表したイングランドの動物福祉戦略でも、動物の生活の質は、「生きる価値のない生活」「生きる価値のある生活」「よい生活」として捉えられています。「よい生活」には、より高い水準の環境や、肯定的な精神経験が含まれると説明されています。
つまり、動物福祉の目標は、「ひどい目に遭わせない」だけではなく、「この動物にとって、生きることに肯定的な経験がある」というところまで進みつつあるのです。
近年の英国Animal Welfare Committeeも、動物には最低限「生きる価値のある生活」が保障され、理想的には「よい生活」が与えられるべきだという立場を、繁殖技術や犬の繁殖などの検討で引き続き用いています。
動物にも「選べること」が必要
現代の動物福祉研究では、動物がよい経験を得るために、choice(選択)やcontrol(自分で状況に働きかけられること)が重視されています。
たとえば犬が、人と関わるか、少し離れるかを選べる。休む場所を選べる。遊びを続けるか、やめるかを示せる。散歩中に匂いを嗅ぐ時間を持てる。
こうした小さな選択は、動物が自発的に行動し、環境へ関与する機会になります。
現在広く使われる「Five Domains Model」では、栄養、物理的環境、健康、行動的相互作用の状態から、動物の精神状態を評価します。2020年の改訂では、人と動物の関係も明確に含まれ、動物が主体的に行動できる機会や、肯定的な経験にも目が向けられています。
ここまでくると、動物福祉は「飼育設備の問題」だけではありません。
私たちが動物へどう近づくか。どのように触るか。嫌がるサインに気づけるか。その子の選択を待てるか。
日常のコミュニケーションそのものが、福祉に関わっています。
災害時、5つの自由はどう揺らぐ?
災害が起こると、Five Freedomsの多くが同時に失われる可能性があります。断水や物流停止が起きれば、「飢えと渇きからの自由」が揺らぎます。
停電や空調停止、雨風、火山灰、避難所の床環境は、「不快からの自由」に影響します。常用薬が足りない。けがをしてもすぐ診てもらえない。そうなれば、「痛み、けが、病気からの自由」が守れません。「正常な行動を表現する自由」も、大きく制限されます。
さらに、サイレン、揺れ、灰、知らない人、知らない動物、飼い主の緊張。災害時には「恐怖と苦痛からの自由」も、急速に失われていきます。
だから、ペット防災はフードと水を用意して終わりではありません。
普段食べているもの。落ち着けるキャリー。服用している薬。排せつ用品。その子の匂いがついたタオル。他の犬や人との距離について伝える情報。触られたくない場所や、怖がる音。
その動物の5つの自由を、非常時にどこまで保てるか。この視点で備蓄や避難計画を見直すと、必要なものが少し違って見えてきます。

防災は、「自由を完全に守ること」ではない
災害時に、平常時と同じ暮らしを再現するのは困難です。
散歩の時間は短くなるかもしれません。食事も、いつも通りにはいかないかもしれません。慣れないキャリーで過ごす時間も増えます。
その意味で、災害時に5つの自由を完全に満たすことは現実的ではありません。
でも、「完全に守れないから仕方ない」と、「少しでも守れるように準備する」は、まったく違います。苦手なものを事前に知っておく。キャリーを普段から安心できる場所にしておく。飼い主以外でも、その子の情報が分かるようにしておく。避難先を複数考えておく。
日常から使えるものを備えに変えるフェーズフリーの発想は、災害時に突然すべての自由が崩れることを防ぐ方法でもあります。
日本から考えたいこと
Five Freedomsは、とてもシンプルです。
だからこそ、半世紀以上にわたって多くの国や組織で使われてきました。
ただし、5項目をチェックして終わるものではありません。
食事を与えたから、1番は完了。
病院へ連れて行ったから、3番も完了。
そのように丸を付けるだけでは、動物自身の経験が抜け落ちてしまいます。
同じ環境でも、安心できる犬もいれば、怖がる犬もいます。
たくさんの人に触られることを喜ぶ犬もいれば、静かに距離を取りたい犬もいます。
大切なのは、一般的な「犬ならこう」「猫ならこう」だけでなく、目の前にいるその子がどう感じているかを見ることです。
MaNiYaが大切にしたいのも、動物をひとまとめに扱わず、一匹一匹の小さな意思を見えるようにすることです。
話しかけてほしい。
犬には触らないでほしい。
犬同士を近づけないでほしい。
災害時には、この薬が必要。
動物自身が人間の言葉で伝えられないことを、暮らしの中でどう補っていくか。
Five Freedomsを考えていると、制度や設備だけではなく、人と動物の間のコミュニケーションもまた、福祉を支える大切な基盤なのだと感じます。
おわりに
Five Freedomsが生まれた背景には、効率の中で見えにくくなっていた動物の存在がありました。
動物は生産されている。ごはんも与えられている。病気でもない。それでも、本当にその暮らしでよいのか。
英国で生まれたこの問いは、世界へ広がり、今ではさらに先へ進んでいます。
苦痛を減らすだけでなく、楽しみを増やす。命を維持するだけでなく、生きる価値のある生活を考える。そして、できるなら、その動物にとっての「よい生活」を目指す。
Five Freedomsは、そんな問いを私たちへ渡してくれる考え方なのかもしれません。
Instagramでは、海外のペット事情、動物との共生、ペット防災について発信しています。
▷ @maniya_japan

