53歳103キロが人生初のSUPに挑戦。ライフジャケットを着てたのに、人生終了と思った件
今回は、前回の能登旅エッセイの続編。
岩ガキを食べて、古民家宿で一晩過ごした。そのあとのお話。
走馬灯のように回った人生が、ほぼ恋愛回想だった
ここまで来たら大丈夫だろう。そう思って油断した刹那、海に落ちた。落ちていく瞬間、これまでの人生が走馬灯のように脳裏を巡った。
初恋相手の純子ちゃん。空が黄色く見える朝を教えてくれた香ちゃん。一生一緒にいてくれや…って思ってたのに、交際5年で別れちゃった千絵ちゃん。もう結婚はいいや…って思ってた時に出会って、今年も海に行くって、いっぱい映画も見るって約束してたのに、先に旅立ってしまった希美ちゃん……。
……って、女の子ばっかりだな。
人生最後のダイジェスト映像が、ほぼ恋愛回想だった。もっと他にあっただろ。仕事とか、家族とか、友だちとか、これまで書いてきたnoteとか。
いや、noteが出てきてもそれはそれで怖い。死の間際に「この導入、ちょっと弱いな」とか考え始めたら、もう成仏できない。
着水した瞬間からは、スローモーションで覚えてる。
鼻と耳に海水が入り込む。自分の息がブクブクと水面に上がっていく。透明度の高い海は先まで見通せる。小さなフグと、目が合った。その瞬間、素早い動きでフグは逃げていった。
わかる。海の中で、急に103キロの中年男性が降ってきたら、そりゃ逃げる。自分がフグでも逃げる。むしろ、あの判断の速さは見習いたい。
自分は人生の判断を、いつも先延ばしにしてるってのに。
なんか、いろいろなことがあったけど、人がいっぱいかまってくれて、なんやかやでいい人生だったな。お前のおかげでいい人生だった…って言える相手はいないけど、それでもいい人生だったな。
ありがとう、みんな。
愛してる。
……って思った瞬間、身体は海面に浮き上がった。
当たり前だ。ライフジャケットをつけてるんだから。思いっきり蛍光オレンジのあれだ。自力では無理でも、誰かが助けてくれる想定で、綿密に設計されてるあれだ。
しかも、落ちた場所は足がつくとこだった。
人生最後の旅にはならなかった。ホッとしてる。ホッとしてるんだけど、ちょっと面白みに欠ける…って思ってる自分もいる。命が助かった直後に、話のオチの強さを気にしてる。
ほんとにめんどくさい。大げさにもほどがある。
やらない理由だけ、やたらプレゼンがうまい

今回、SUPに挑戦することになったのは、やっぱり、マサヒコさん(以下、まさ兄)の一言だった。
「俺、SUPやってみたい」
うん。自分もそう思ってた。ホームページ制作を請け負ったとき、預かった画像素材やInstagramの発信を見て、楽しそうだな、いつかSUPやってみたいな…って常々思ってた。
2年前のゴールデンウィークのころから思ってた。でも、「思ってた」と「やる」の間には、ちょっとした崖がある。自分にとっては、かなりでかい崖だった。
実は自分、まともに泳げない。プールの授業ではいつも、3回か4回立ちながら25メートルを泳いでた。泳いだ…っていうより、水中を分割払いで移動してた。幸い、デブだから水には浮く。でも、泳ぎ切る体力がない。
高校生のころからそんな感じだったのに、ここ数年は運動不足がたたって、もしもSUPボードから落ちたら、よじ登れる自信がない。何と言っても、左肩が痛い。水上で左腕を上げる自信がない。
そもそも、今となっては腕立て伏せの体勢になるんだって困難だ。肩に激痛が走る。
あと、もう一つ。心臓の疾患のこと。冷たい海水に落ちる。心臓がびっくりする。心停止。AED。救急車。病院は遠い。SUPをやるかどうか考えてるだけなのに、脳内ではすでに救急搬送まで終わってる。
考えすぎだ。でも、考えすぎる人間にとって、考えすぎはけっこう現実に近い。
これ、たぶん自分だけの話じゃない気がする。何かを始めようとしたとき、「やりたい理由」ってだいたい、ふわっとしてる。楽しそう。やってみたい。いい感じ。超超超超いい感じ。
でも「やらない理由」のほうは、めちゃくちゃ具体的だ。お金がない、時間がない、体力がない、失敗したら恥ずかしい、そもそも自分に向いてない。
解像度が全然違う。やらない理由だけ、やたらプレゼンがうまい。
どうすればできるかを考えればいいのに「どうすればやらなくて済むか」のほうが先に走り出す。そっちの足が速い。
昔からそうだった。やりたいと思う。少し調べる。気が重くなる。やらない理由を集める。そのうち、めんどくさくなる。結局、やらない。それがいつもの自分だ。
でも、まさ兄のおかげで、今回はちょっと違った。どうすればできるかを考える……かと思いきや、考えなかった。
やるかやらないか。で、やると決めた。
考えたら負けだって、どこかでわかってたんだと思う。
地獄絵図は、ライフジャケットから始まった

当日の朝を迎えた。
最初に渡されたライフジャケットは、前が止まらなかった。左肩が痛すぎて、腕を通すのに悶絶した。53歳103キロのデブが、ライフジャケットに腕を通そうとして、悶絶してる。なんだ、この地獄絵図は。
その様子を見て、ふた回り大きいライフジャケットを持ってきてくれた。優しさが沁みる。沁みるんだけど、ふた回り大きいサイズが必要だった事実のほうが、じわじわ効いてくる。
天気は曇り。日差しはない。風もない。完全な凪。初心者のSUPデビューには最高の環境だった。環境だけは完璧。つまり、言い訳ができない日だった。
最初に説明が入る。SUPボードの乗り方、オールの漕ぎ方、乗り場の海の中は岩場で、落ちると頭を岩で打つ可能性があるので、海底が砂地になってるところまで座って移動すること……などなど。
頭を岩で打つ。
さっきまで心停止の妄想をしてた男に、新しい恐怖を追加しないでほしい。
あぐらをかけるってだけで、もう勝ってる

まさ兄は、20代のころまでサーフィンをやってた。今は週2ペースで釣り船に乗ってる。
さっそくSUPに乗った。すっと乗れてた。本人は「立とうと思ったけど、海に落ちそうで立てなかった」。そう言ってたけど、自分から見ると充分すぎるくらい余裕だった。
SUPボードの上で、あぐらをかいてた。
海の上で、あぐら。その時点で、もうだいぶマサってる。
こちらは、四つん這いになるだけで全身に防災警報が鳴ってるのに、まさ兄はボードの上で普通に座ってる。
しかも「こうすれば楽だよ」って、お手本まで見せてくれた。なるほど。そうすれば楽なのか。やってみようとした。
できなかった。
体が硬くて、あぐらがかけないんだな、このデブは。
SUPって、体幹とバランスと勇気だけじゃなく、股関節まで試してくるアクティビティなのか。聞いてないよー!
まさ兄は、魚への導線がまっすぐだ。眠らない街の回らない寿司屋で板前をして、夜勤明けに東京駅へ来て、あなごのちらし寿司を持ってきて、金沢では回転寿司を食べ、能登では釣り竿を出す。
そのまさ兄が、海の上であぐらをかいてる。なんだか、正しい場所にいる人に見えた。
一方、自分はどうだ。ホームページ制作の素材として見てた海に、ようやく身体を持ってきたと思ったら、あぐらもかけず、四つん這いで固まってる。
人生の導線が、毎回どこかで詰まる。
四つん這いで運ばれる53歳

まさ兄がボードに乗って、次に自分の番が来た。乗った。四つん這いになった。でも、安定しない。信じられないくらい安定しない。女将が言う。
「もう一歩、後ろに下がってみて」
桟橋のへりにつかまりながら、四つん這いのまま一歩後ろに下がる。安定した。安定したことに感動してる。四つん這いだぞ。ハードルが低い。低すぎる。
それにしても、体重103キロの53歳が、2本の腕と2つの膝で全体重を支えてる。この体勢、大腸内視鏡検査のときにしたな。あのときは……いや、この話はやめておこう。海の話をしてる。下の話は今じゃない。
身体を起こせない。体幹の問題もあるけど、海に落ちるのが怖くて起こせない。
海底が砂地になってるところまでは、女将がオールを漕いで運んでくれた。
53歳の男が、四つん這いのまま、海の上を運ばれてる。赤ちゃんか。文章にすると、なかなか味わい深い。現場では、味わってる余裕はなかった。
海に落ちるのが怖いってより、落ちたあとに戻れないのが怖かった。たぶん、自分がいちばん怖がってたのは、そこだ。失敗することそのものより、失敗したあとに、元の場所へ戻れる自信がない。
これまでの人生、いつもそうだった。やりたいと思っても、やろうと思ってるうちに気が重くなり、やらない理由を並べて自分を慰めて、そのうちめんどくさくなって、結局やらなかった。
先延ばしして、結局はやらない。それがいつもの自分。
でも今、自分は大海原にいる。助けてくれる人はいるけど。すぐそこが岸壁だけど。これを、大海原って言っていいのかは微妙か。
意を決して、上体を起こしてみた。オールをSUPボードに立てる。立て。立つんだ……って、上体を起こすだけなのに、いちいち大げさだ。でも、大げさになるくらい怖かった。
で、上体を起こすことに成功。
上体を起こすと、少し景色が変わった。同じ海なのに、目線が変わると、海が少しだけこちらを受け入れてくれたような気がした。たぶん気のせいだ。
海はそんなにこちらに興味がない。でも、こっちは勝手に距離を感じたり、勝手に許された気持ちになったりしてる。自分の心は、いつも忙しい。
オールで漕ぐ。海水を掴む。進む。でも曲がる。そうか、交互に漕ぐんだな。で、気づいたら流されてる。180度反転しようと思っても、なかなか方向転換できない。気づいたら、ちょっと沖まで来てた。
肩は痛い。息は上がる。四つん這いになって、ひとやすみ。
きっと、はたから見たら、海の上で絶望してる人に見えただろう。もしくは、土下座を拒んでる銀行マン。
海に落ちたあとの朝ごはんが、猛烈にうまかった

本当は、2時間遊ばせてもらえるはずのSUPだった。けれど、1時間で体力の限界が来た。早い。あまりにも早い。でも、これが今の身体だった。
なんとか、最初にSUPボードへ降り立った桟橋まで、自力で戻れた。
どこかにつかまりたい。休みたい。そう思って桟橋のへりに手を伸ばした瞬間、冒頭のシーンに戻る。
落ちた。
疲れた。とにかく疲れた。でも、楽しかった。最後に海に落ちたときも、「これはおいしいネタになるな…」って思えた。そう思えたことに、ちょっとだけ救われた。
怖いことも、しんどいことも、あとから書けるかもしれないって思うと、ほんの少しだけ形が変わる。まあ、その「書ける」もまた、先延ばしにしがちなんだけど。
桟橋に上がったあと、腕も足もガクガクだった。立ち上がれなかった。ひざの痛みをこらえて、這いながら、つかまれる場所に移動した。情けない。かなり情けない。
でも、情けなさにも種類がある気がする。
何もしないまま自分を責める情けなさと、やってみたあとに床を這う情けなさは、ちょっと違う。どっちも情けないんだけど、後者のほうが、なんていうか、少しだけ風通しがいい。
前者は部屋の中でずっと同じ空気を吸ってる感じ。後者は、少なくとも海の匂いがする情けなさだ。
その後の朝ごはんが、猛烈に美味しかった。心地よい空腹。身体を使ったあとのごはん。ただそれだけの話だ。でも、それがよかった。
何かをするとき、つい意味を探してしまう。
これは何になるのか。書けるのか。人に話せるのか。価値があるのか。でも、海に落ちて、肩が痛くて、膝が笑って、朝ごはんを食べたときは、もう少し単純だった。
腹が減ってた。だから、うまかった。
それでいい。
たぶん、それでいい。
海に落ちる前に、収益導線を落としてた

移動中は、まさ兄と喋るか、寝るか、本を読んでた。詰め込んだ本は5冊。実際に読んだのは3冊。
新幹線の往復では、小説。藤沢周さんの「世阿弥最後の花」。行きの在来線では、エッセイ。燃え殻さんの「夢に迷ってタクシーを呼んだ」。帰りの在来線でも、エッセイ。松浦弥太郎さんの「眠れないあなたに」。
ああ、こういう時のためにAmazonアフィリエイトをやって、リンクを貼ればよかったな。そういうところがいつも詰めが甘い。
海に落ちる前に、まず収益導線の設計が抜け落ちてる。
もちろん、本を読んでたのはアフィリエイトのためじゃない。作品を楽しみたかったし、伝わるストーリーの作り方とか、物ごとをとらえる視点とか、読ませる文体とか、そういうものを少しでも学びたかった。
ぶっちゃけ、将来的には「あなたのエッセイが読みたいです」って、読み手のほうから、noteの定期購読マガジンを買ってくれる存在になりたい。
なれるかなんてわからない。自分の魅力も強みも、誰かを惹きつける力があるのかどうかも、まだよくわからない。
でも、なりたいとは思ってる。
燃え殻さんのエッセイを読んで、ちょっと何かを掴んだ気がした。何を掴んだのかは、まだうまく言葉にできない。この話は、また別の機会にしようかな。
……って、これもまた先延ばしだな。
先延ばしの男が、海に落ちるとこまでは行けた

今回の旅で、また一つ、人生初の出来事が増えた。
いつも先延ばしにしてた自分が、SUPに挑戦した。
そして、海に落ちた。
落ちたことまで含めて、やってよかったと思う。
旅に出れば人生が変わる…とは思わない。SUPにボードに乗れば自分が変わる…とも思わない。能登の海はきれいだったけど、きれいな景色を見たくらいで、自分の面倒くささが全部、洗い流されるわけじゃない。海水で洗い流されたのは、たぶん鼻の奥くらいだ。
でも、やらない理由を山ほど抱えたまま、海まで行った。
SUPボードに乗った。
四つん這いになった。
肩を痛がりながら漕いだ。
まさ兄のあぐらを見て、自分の股関節の硬さに絶望した。
最後に、ちゃんと海に落ちた。
先延ばしばかりしてきた自分が、海に落ちるとこまでは行けた。
最近思うんだ。「一つの出来事は、次の出来事のためにある」って。
なんか、そんな気がしてる。
能登に行ったから、岩ガキを食べた。
まさ兄が「SUPやってみたい」って言ったから、海に出た。
海に出たから、落ちた。
落ちたから、こうして書けてる。
もちろん、そんなにきれいにつながってるわけじゃない。現実はもっと雑だ。でも、あとから振り返ると、前の出来事が次の出来事の扉を、少しだけ開けてたように見えることがある。
自分は、この「なりたい」を、自分はこれまで何度も先延ばしにしてきた。
いつか書けるようになったら。
もっと上手くなったら。
もっと実績ができたら。
もっと自信がついたら。
そう言ってるうちは、たぶん何も始まらない。SUPも同じだった。
怖くなくなったらやろう。
肩が治ったらやろう。
体力がついたらやろう。
泳げるようになったらやろう。
そう言ってたら、一生やらない。
今回は、怖いままやった。そして落ちた。でも、浮いた。足もついた。朝ごはんも食べた。
このあと自分が、何をどこまで書けるようになるかはわからない。でも少なくとも、海に落ちた日の朝ごはんはうまかった。
今のところは、それくらいで十分な気もしてる。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
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