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正解探しをやめて立ち位置を確かめたら楽に動けた

運は才能ではありません。
努力の量でもありません。
立っている場所で決まります。

昨夜、いつものようにスマホを眺めながら、1通のメルマガを読みました。
何かを学ぼうと気合を入れていたわけではありません。

たまたま届いていた。
ただ、それだけです。

今の私は、まだ何も成し遂げていない人です。
稼いでもいません。実績もありません。
これから挑戦しようとしている段階です。

それでも、そのメルマガは、不思議と頭から離れませんでした。

運がない人はいません。
運が起きない場所に立っているだけです。

この一文を読んだ瞬間、胸の奥が少しざわつきました。
もしこれが本当だとしたら。私は今、どこに立っているんだろう。

これまで、何もしてこなかったわけではありません。
本も読みました。考える時間も取りました。

それでも、現実はほとんど動いていません。
努力が足りなかったからなのか。才能がなかったからなのか。

でも、もしかしたら。
間違った場所で、正しい努力をしていただけなのかもしれません。

このnoteは、成功体験ではありません。ノウハウのまとめでもありません。
昨夜メルマガを読んで、考え方が少し揺れた。その記録です。




【第1部】運は偶然ではなく「立ち位置」で決まる

著者が最初に語っていたのは、とてもシンプルなたとえでした。
サッカーの「ごっつぁんゴール」の話です。

ごっつぁんゴールは、運ではありません。
そこに走っていたから、生まれた結果です。

一見すると、たまたま決まったゴール。運が良かっただけ。
そう見える場面です。

でも、よく考えてみると当たり前です。
ボールが転がってくる場所にいなければ、絶対に触れません。
どれだけ願っても、観客席にいたままでは決められない。

この話を読んだとき、私は少し苦しくなりました。
なぜなら、自分はずっと観客席にいた気がしたからです。

試合は見ていました。
分析もしていました。
勉強もしていました。

でも、ピッチには立っていませんでした。
安全な場所から、眺めていただけ。

著者は、そこでこう続けます。

そもそも試合に出ていない人に、チャンスは来ません。

厳しい言葉です。
でも、否定できませんでした。

行動していない。
だから、何も起きない。
ただ、それだけの話なんです。

さらに、話は続きます。
仮に、運良くボールが足元に転がってきたとしても。

準備ができていなければ、人は必ず焦ります。
焦りは、チャンスを外す最大の原因です。

ここで、ようやく腑に落ちました。
運は奇跡ではない。
突然降ってくるものでもない。

条件がそろった結果に、あとから「運」という名前をつけているだけ。
そういうものなんです。

試合に出ていること。
ボールが来る場所にいること。
最低限の準備ができていること。

この3つが重なった瞬間を、人は「運が良い」と呼ぶ。
それだけの話。

著者は、別の表現でも同じことを伝えていました。

チャンスは、準備された人にしか見えません。

今の私は、まだ何も成し遂げていません。
正直、不安もあります。
自信があるわけでもありません。

それでも、1つだけはっきりしたことがあります。

私はこれまで、運が起きない場所に立ち続けていました。

なら、やることはシンプルです。
まず、立つ場所を変えること。

走り出す前に、ピッチに立つこと。

【第2部】では、運が集まりやすい人が、無意識に持っている6つの前提について、昨夜の私と同じ目線で整理していきます。



【第2部】気持ちが揺れた、その瞬間

メルマガを読み終えた直後、なぜか手が止まりました。
すぐに画面を閉じるつもりだったのに、親指が動かなかったんです。

頭では、言っていることがわかります。理屈も理解できます。
それでも、心のどこかが追いついていない。そんな感覚でした。

行動していない人に、チャンスは見えません。

この一文が、読み終えたあとも、何度も頭に戻ってきました。
強い言葉です。正直、少し怖さもありました。

それなのに、責められている感じはしませんでした。
怒られているというより、静かに事実を置かれた。そんな印象です。

私はこれまで、それなりに考えてきたつもりでした。
調べて、比べて、選んで、時間も使ってきました。

だから、何もしていないわけではない。
そう思っていたんです。

でも、冷静に振り返ると、やっていたことのほとんどは準備でした。

安全な場所でできること。
失敗しない範囲の行動。

そこから外には出ていなかった。

準備は大切です。
でも、準備だけでは何も起きません。

この言葉を読んだとき、胸の奥が少しだけ熱くなりました。
図星だったからです。

私は、準備を重ねている自分に安心していました。
動いていない事実から、目をそらしていたんです。

失敗したくなかった。
恥をかきたくなかった。
否定されたくなかった。

その気持ちを、もう少し勉強してから、もう少し整えてから。
そんな言葉で包んでいました。

でも、よく考えると不思議な話です。
試合に出ていないのに、結果だけは欲しがっている。
それは、少し都合が良すぎました。

ここで、別の一文が頭に浮かびました。

立つ場所を変えない限り、景色は変わりません。

この表現が、やけに現実的に感じられました。
今の私の景色は、いつも似ています。

焦り。
停滞感。
ときどき押し寄せる不安。

この景色が続いている理由を、私はずっと自分の能力のせいにしていました。

努力が足りない。
向いていない。
センスがない。

そう考えていたんです。

でも、もしかしたら違う。
能力の問題でも、努力不足でもない。
ただ、立っている場所が変わっていないだけ。

そう思えた瞬間、肩の力がすっと抜けました。
全部が自分の欠陥だと思っていたからです。

実は、場所の問題だった。
そう考えられるだけで、呼吸が少し楽になりました。

最初の一歩は、大きくなくていい。
立つ場所を、ほんの少し前にずらすだけでいい。

この言葉に、私は救われました。
完璧じゃなくていい。
いきなり成功しなくていい。

成功者みたいに振る舞う必要もありません。
まずは、観客席から降りること。
ピッチの端に立つこと。

それだけで、見える景色は変わる。
今は、その考えを信じてみたいんです。

【第3部】では、著者が何度も繰り返していた「動ける人が持っている前提」を、今の私の目線で整理してみます。



【第3部】動ける人が持っている、静かな前提

【第1部】と【第2部】を何度か読み返していました。
読み終えたあと、心のどこかに小さな引っかかりが残っていたんです。

動ける人と動けない人の違いって、勇気の量なのかな。
それとも、根性や覚悟の差なのかな。
そんなふうに考えていました。

でも、著者の言葉を追い直すうちに、少しずつ違和感の正体が見えてきたんです。

話されていたのは、気合でも才能でもありませんでした。
もっと静かで、もっと地味な前提の話だったんです。

動ける人は、特別な覚悟を持っているわけではありません。
最初から失敗する前提で、立っています。

この一文を読んだとき、胸の奥が少しだけざわっとしました。
私はずっと、失敗しない前提で物事を考えてきたからです。

うまくいく方法が見えてから動こう。
安全そうな道が確認できたら進もう。
そんなふうに、条件がそろうのを待ち続けていました。

だから、動けなかった。
今なら、そう思えます。

著者の視点は、そこから真逆でした。
失敗は、避けるものではない。
起きる前提で扱うもの。

この考え方の違いが、行動の軽さを生んでいる。
読みながら、そんな気がしてきたんです。

失敗してもいいと思えたら、最初の一歩は軽くなります。
評価されなくてもいいと思えたら、外に出る怖さは小さくなります。

私はこれまで、失敗を特別な出来事にしていました。
だから、動く前から身構えてしまっていた。

失敗は、才能の欠如ではありません。
立ち位置を確認するための合図です。

この言葉に触れた瞬間、視界が少しだけ開けました。
失敗は、減点ではない。
方向を確かめるための材料。

そう考えられるだけで、行動への恐怖が少しやわらいだんです。

もう1つ、強く印象に残った前提があります。
それは、結果よりも位置を大事にする考え方でした。

今の結果より、今どこに立っているかを見てください。

結果は、すぐには出ません。
特に、始めたばかりの人には。

それでも、立つ位置は変えられます。

発信する場所。
関わる人。
時間の使い方。

結果が出ないと、自分を否定したくなります。
私も、何度もそうなりました。

でも、位置を見る視点に立てば、否定する必要はなかった。
まだ始まったばかり。
ただ、それだけのこと。

この前提に立つと、焦りの質が変わります。
早く結果を出さなきゃ、ではなく。
少し前に進もう、に変わる。

私は今も、不安を感じています。
自信があるわけでもありません。

それでも、以前とは違います。
失敗してもいい。
立つ場所を確認すればいい。

そう思えるようになったんです。

【第4部】では、この前提を踏まえたうえで、今の私が選ぼうとしている立ち位置について、もう少し具体的に書いてみます。



【第4部】それでも私は、ここに立つと決めた話

【第1部】から【第3部】までを何度か読み返してみました。
読み終えたあとに残ったのは、不思議なくらい静かな感覚でした。

気持ちが高ぶったわけでもありません。
急に自信が湧いたわけでもありません。

ただ、これまで立ち止まっていた理由が、はっきり見えた。
それだけだったんです。

私はずっと、結果が出てから動こうとしていました。
失敗しない場所を探して、頭の中で何度もシミュレーションをしていた。

行動より先に、正解を欲しがっていた。
今思うと、それが一番のブレーキだった気がします。

そんな中で、著者の言葉が目に止まりました。

動く前に正解を探す人は、いつまでもスタートできません。
正解は、動いた人の足元にしか残らないんです。

読んだ瞬間、胸の奥が少し縮みました。
これ、自分のことだな。そう感じたからです。

私はまだ、何も成し遂げていません。
まだ、稼いでもいません。

だから、語る資格がない。動くには早い。
ずっと、そう思っていました。

でも、冷静に考えてみると不思議です。
始める前から、完成した姿であろうとしていた。

それは、かなり無理な注文だった。
自分に対して、少し厳しすぎたのかもしれません。

著者は、結果を出した立場で語っています。
一方で、私は昨夜メルマガを読んだばかりの人です。

立ち位置は、まったく違います。
それでも、受け取れるものは確かにありました。

失敗してもいい。
位置を確認すればいい。
結果は、あとからついてくる。

この前提に立ったとき、胸の奥の重さが、ほんの少し軽くなったんです。

私は、完璧な場所には立てません。
正しいかどうかも、正直まだわかりません。

それでも、今の位置から一歩出ることはできます。

言葉にしてみる。
外に出してみる。
小さくても、動いてみる。

ここでも、もう1つ言葉が残りました。

一歩踏み出した人だけが、自分の現在地を知れます。

今の私には、この言葉がとても現実的に響いています。

もし、この記事をここまで読んでくれたあなたが、
動きたい気持ちはあるのに、立ち止まっているなら。

最後に、問いを1つだけ置いて終わりにします。

今のあなたが、確かめたい位置はどこですか?

結果ではなく、立ち位置。
評価ではなく、現在地。

完璧じゃなくていい。
正解じゃなくていい。

ほんの小さな一歩でいいから、自分が立っている場所を、確かめにいく。

私は、まずそれをやってみようと思います。
あなたは、どうしますか?




最後までお読みいただき、
ありがとうございました。


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