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急性期病院だからこそ、性暴力被害を「聞かない」で終わらせないでほしい


「性被害の可能性があるかもしれない」
そんな患者さんが病院に来たとき、医療者はどうするでしょうか。

もちろん、まず目の前の傷病への対応が優先されます。

急性期病院は忙しい場所です。
次々に患者さんが来る。
検査がある。処置がある。入院がある。急変がある。

その中で「もしかしたら性被害があるかもしれない」という情報が出てきたとき、

「そこまで聞く必要があるのだろうか」
「警察が聞くことでは?」
「自分にはどう聞いたらいいかわからない」

そんな空気になることがあります。

私自身、大学病院で働きながらSANE(Sexual Assault Nurse Examiner:性暴力被害者支援看護職)として、この壁を感じてきました。

でも、私はむしろ逆だと思っています。

急性期病院だからこそ、性暴力被害を見過ごしてはいけない


なぜなら病院は、被害を受けた人が初めて専門職と出会う場所、つまり「ファーストコンタクト」になる可能性があるからです。

被害者が自分から「性被害に遭いました」と言えるとは限らない

性暴力被害というと、
「被害に遭ったのなら、本人が医療者に話すのでは?」
と思われるかもしれません。

しかし、現実はそんなに単純ではありません。

性暴力の被害者は、恥、自責感、恐怖、「信じてもらえないかもしれない」という不安などから、被害を他者に伝えられないことがあります。

CDCも、性暴力の実態は過小評価されていると指摘しており、その理由として、被害者が恥や恐怖を感じていたり、周囲に信じてもらえない、助けてもらえないと考えたりして、被害を話さないことを挙げています。

だから、
「本人が言わなかったから、性被害はなかった」
とは言えません。


そしてWHOは、暴力を経験した女性はそうでない女性より医療機関を利用することが多い一方、暴力について医療者に伝えるとは限らないこと、さらに医療者が最初に接触する専門職になる可能性があることを指摘しています。

病院には、本人がまだ「性暴力被害者」として支援機関につながる前の段階で来院する人がいるのです。

性暴力被害の医療には「時間」が関係する


ここが、急性期病院の医療者に特に知ってほしいところです。

性暴力被害後に必要となる医療の一部には、時間的な制約があります。

WHOは、状況に応じてHIV曝露後予防(PEP)は72時間以内、緊急避妊は120時間以内の対応を示しています。

さらに、性暴力被害後の身体には、捜査や裁判で意味を持つ可能性のある生物学的・微物的証拠が残っている場合があります。

米国司法省の性暴力被害者に対する医療法医学的診察のプロトコルでは、証拠の消失を最小限にするため、患者を速やかに診察することが推奨されています。

体液は洗い流されることがあります。
衣服などに残った物質が失われることもあります。

もちろん、DNA検査技術の進歩によって採取可能な時間は以前より延びていますし、「○時間を過ぎたらすべて無意味」という単純なものではありません。

それでも、
「今、対応することに意味がある」
という事実は変わりません。

だから性暴力被害への対応には、医療的な意味でも、法医学的な意味でも、時間という要素があるのです。

「事情聴取」は警察の仕事 では医療者は何もしなくていいのか

ここは、とても大事な線引きです。

私は、病院スタッフ全員が警察のような事情聴取をするべきだと言いたいわけではありません。

むしろ、詳細を何度も聞いたり、誘導的に質問したり、本人が望んでいないのに無理に話させたりすることは避けなければなりません。

WHOが医療者に求めているのも、本人を問い詰めることではありません。

話を聴く。
ニーズを確認する。
本人の経験を否定せず受け止める。
安全を確認する。
必要な支援につなげる。


WHOはこれを「LIVES」というファーストライン・サポートとして示しています。

そして、性暴力被害後の診療では、必要な医療・法医学的な病歴を聴取し、身体所見などを適切に記録することにも意味があります。

つまり医療者に必要なのは、

「捜査をすること」ではなく、「支援につながる入口を閉ざさないこと」なのです。

自分で対応できなければ、対応できる人につなげればいい。

院内にSANEなどの専門的な訓練を受けた医療者がいるなら、その人が患者さんと話せる時間をつくる。

院内で対応できなければ、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターなどにつなぐ。

日本では全国共通番号「#8891(はやくワンストップ)」から、最寄りのワンストップ支援センターにつながります。

日本の警察庁の資料でも、性犯罪・性暴力被害者には、外傷への治療だけでなく、妊娠や性感染症への対応、緊急避妊、そして本人が希望する場合には適切な証拠採取が必要になることが示されています。

つまりこれは、病院の本来業務から外れた「余計な仕事」ではありません。
性暴力によって生じた健康問題に対する医療の一部です。

でも、急性期病院は忙しい

ここが、私がずっと感じているジレンマです。

急性期病院は、本当に忙しい。
だから新しい仕事が一つ増えることへの負担感も、私は医療者として理解できます。

まして性暴力被害への対応は、普段から関わっていなければ、
「何を聞けばいいの?」
「どこまで聞いていいの?」
「警察には連絡するの?」

と戸惑って当然です。
問題は、医療者個人の善意が足りないことではないと思います。
忙しい医療者でも適切な支援につなげられる仕組みが、病院側に十分整備されていないことです。

WHOも、性暴力被害者への対応を医療者個人の能力だけに任せるのではなく、研修、十分な人員、設備、紹介体制、プロトコルやクリニカルパスなど、医療機関側が支援できる環境を整える必要性を示しています。

つまり、
「忙しいからできない」
を個人の責任にするのではなく、

忙しい急性期病院だからこそ、誰が来ても最低限の対応ができる仕組みを作っておく。
私はそこが必要だと思っています。

私自身も「理解されない」を経験した

これは、私がこの問題を強く感じるようになった理由の一つです。

私はSANEの資格を持っています。
勤務している病棟で性被害が疑われる患者さんがいたとき
「このような患者さんが来た場合、可能であればSANEとして関わらせてほしい」
とその日のリーダーに伝えたところ
「ただですら忙しいのに、何のために必要だって言うの?!」
と猛反発をうけたことがあります。
もちろん、これは一つの職場で起きた個人的な経験です。

でも、そのとき私は強く感じました。

専門的に対応できる人が同じ病院にいても、
性暴力被害への対応そのものが「病院がそこまですることなの?」と思われてしまえば、患者さんまで支援が届かない。


資格を持った人間がいるだけでは駄目なのです。

その人につなげる意味を、周囲が理解していなければならない。

急性期病院こそ「最初の扉」になれる


私は、すべての看護師や医師にSANEと同じ知識を持ってほしいとは思っていません。

詳細な聴取も、証拠採取も、専門的な支援も、すべて一人でできる必要なんてありません。

ただ、
「もしかしたら性被害があるかもしれない」
と気づいたときに、その扉を閉めないでほしい。


本人が話せるプライバシーの守られた場所をつくる。

否定せずに話を聴く。
無理に話させない。
必要な医療がないか確認する。

そしてSANEや院内の専門職、ワンストップ支援センターなど、適切な支援につなぐ。

それだけでも、その後は大きく変わる可能性があります。

性暴力被害者への支援というと、どこか特殊な専門領域の話に聞こえるかもしれません。

でも被害直後の人が最初に現れる場所の一つが病院なら、
それはもう、病院と無関係な問題ではありません。

救急外来。
産婦人科。
小児科。
精神科。
外科。

さまざまな入口から、その人はやって来るかもしれない。

そしてその瞬間には、まだ本人自身も「支援を受ける人」になれていないかもしれません。

だからこそ、急性期病院には大きな役割があると私は思っています。

急性期病院は忙しいから、性暴力被害まで対応できない。

ではなく、

急性期病院だからこそ、最初の支援につなげられる。
その認識が、もっと医療現場に広がってほしい。

私たちがすべきなのは、被害者からすべてを聞き出すことではありません。

でも、
その人が話そうとしたときに、話せる場所と時間を奪わないこと。

そして、
「ここから先は、支援できる人につなぎます」と言えること。

それは、急性期医療の中でもできる性暴力被害者支援の、最初の一歩だと思っています。

参考資料
・World Health Organization. Responding to intimate partner violence and sexual violence against women: WHO clinical and policy guidelines. 2013.
・World Health Organization. Health care for women subjected to intimate partner violence or sexual violence: a clinical handbook. 2014.
・World Health Organization. Responding to children and adolescents who have been sexually abused: WHO clinical guidelines. 2017.
・U.S. Department of Justice, Office on Violence Against Women. A National Protocol for Sexual Assault Medical Forensic Examinations.
・警察庁「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターとは」
・内閣府男女共同参画局「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター

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