見出し画像

オールド団地のひとりごと |シロクマ文芸部

熱帯夜の団地わたしはまるで気の抜けたサイダーだ
昼間の膨張した熱をいまだ隠し持っていて
気だるい空気を吐き出している
そのなかで住民たちは今夜もいっときの夢を見る

わたしはもう何十年もここにいる


皆が寝静まる深夜1時
昔だったらカーテンの揺れるすき間から
つけっぱなしのテレビの音が
眠れない赤子の声が
夜の営みが変声期の呼吸が
聞こえてきたものだった
いまはどの部屋も室外機が回りっぱなしだ

時折り、ゴゴーとかザザーとか
ひときわ大きくドヨーンとか
わたしの内側の配管から
マンホールの下の地面から
昼の名残りのような音が響いてくる


わたしはぜんぶ知っている
ぜんぶぜんぶ聞こえている

6号棟の奥さんが一人風呂場で隠れて泣いていたことも
2号棟の坊ちゃんが妹の面倒をみようとして
お母さんに叱られてベランダに締め出されたことも
11号棟のご主人が深夜の駐車場で
知らないご婦人と懇意にしていたことも

そのたびにわたしは身体をゆすり
きしんだ声をあげてきた
柔らかい腕がほしいと思ったこともある
かたいコンクリートでは受けとめきれない
かなしいパッションがあった

いまもまた……


8号棟のあの子がドアをそっと開けて階段を降りてゆく
クラスの女子から無視されたまま一学期が終わった
ちょっとした誤解と嫉妬
嫌になるくらい見てきたよ
これから夏休みだってのに
お母さんが再婚してから家の中はどうだい?
居場所がないのは辛かろう

あの子の足は団地の奥の通称 ”ドクロ棟” に向かってる
高層エレベーター付きの13号棟から16号棟
いつの頃からか、この一角は子どもたちから
こんな不名誉なあだ名で呼ばれるようになった
でも火のないところに煙は立たぬ


それはそうと
9号棟のあの小僧、あいつは一体何してる?
兄貴のスマホでエロ動画を漁ってる場合じゃないよ
早くあの子を追いかけな
それでなければ……ラジオだ!


9号等の一室で、一人の少年が壁の時計を見上げ、エロ動画を渋々閉じて
ラジオアプリを立ち上げた。

始まりました、オールナイトじゃっぱん!

そう、それでいい
番組にリクエストしたんだろ?
去年の秋、理科の宿題で
あの子と一緒に流れ星を見てたじゃないか
(班が一緒だっただけらしいが)


突然、団地の防災スピーカーがキインと鳴ったかと思うと、ラジオ放送がそのまま流れ始めた。

最初はお便りとリクエストのコーナー!
ラジオネーム 夢見る団地ボーイさん

最近元気がないあの子にこの曲をリクエストします。
また一緒に星を見ようね。あのとき流れ星に何をお願いしたの?
きみがまた笑ってくれますように。

リクエストは BUMP OF CHICKENの『天体観測』

ギターがフワーンと鳴り、疾走感のあるメロディが流れる。

9号棟の少年は、窓の外からラジオが大音量で聞こえてきて部屋から飛び出した。家族は起きてこない。
玄関ドアを開け、廊下から団地を見渡した。どの窓も暗闇に沈み、街灯がぽつぽつあたりを照らしているだけだ。

13号棟の入り口に誰かがいるのが見えた。
髪の毛を下ろして手足が長いシルエット。
あの子だ。
ぼうっと突っ立って曲に耳を傾けているようだ。

少年はころげ落ちるように階段を駆け降りて行った。


やれやれまったく
世話が焼けるかわいい子どもたちだよ


(おわり)


シロクマ文芸部のお題に参加します。
よろしくお願いします。


サムネ画像は ミテイ ナリコ様 にお借りしました。


#シロクマ文芸部
#熱帯夜
#掌編小説
#短編小説
#ショートショート


いいなと思ったら応援しよう!

おすぬさん お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。