【創作】プロジェクト・ヘル(メット)・マリア|シロクマ文芸部
(約1600字)
水たまりをよけて、PTA専用と書かれた駐輪場に自転車をとめる。
天野テルヨは大急ぎでヘルメットを脱いで前かごに放り込んだ。
校舎裏の通路を急ぐと、子どもが同じクラスの湯浅美也子に追いついた。美也子は日傘をさしている。
「おはようございます」
「おはよう。あれ?自転車?」
テルヨの乱れた前髪を見て美也子は言う。
「はい。湯浅さんは?」
「ダンナに車で送ってもらっちゃった。ウフフ」
土曜日の朝八時五十五分。生徒たちはとっくに授業を受けている。
この日、一部の母親だけが講堂脇のチャペルに集められた。
天野テルヨの一人息子の仁は、この春中高一貫の共学校、山登学園に入学した。
自宅からは自転車で三十分ほど。電車とバスを乗り継ぐと四十五分はかかる。
入学説明会の日、自転車通学を申請するとPTAの別組織「JTP」=「自転車通学保護者の会」に強制加入させられた。
今日は新入生の保護者が参加する初めての「JTP集会」である。
受付で新入りの保護者全員に真っピンクのヘルメットが手渡された。
山登学園の校章にJTPのロゴマーグがしっかり入っている。
「集会には毎回お持ちくださいね」
係の女性はそう言った。
「ダサっ」
湯浅美也子が小声で呟く。
テルヨは自分のヘルメットもあるのに面倒くさいなあと思う。どっちみちこんな派手なヘルメットじゃ外を走れない。
チャペル内は学年ごとに席が指定されていた。テルヨたちは後方の空いている席にそっと腰を下ろした。
「時間が来ましたので始めます。会長お願いします」
司会のアナウンスに続き、祭壇の中央に一人の女性が進み出る。
栗色のウェーブががったロングヘア、サテンの花模様のブラウス。
ステンドグラスから差し込む光が彼女を照らした。
「皆様ごきげんよう。今日のよき日も、ともに祈りましょう」
となりの美也子がふわぁっとため息をついた。
山登学園PTA会長兼JTP会長の石倉真理亜。四人の男児を育てる母だと聞いた。現在三男が高二、四男が中二に在籍している。
長男だか次男だかが自転車事故に遭ったことからヘルメット普及の活動を始めたのだという。
しかも、もう十年近くPTA会長の座についているそうだ。
「祈りの前に。新入生保護者の皆様、学生のヘルメット普及率をご存知ですか」
石倉真理亜がテルヨたちが座る後方に視線を向ける。
テルヨは今朝も仁にヘルメットを被るよう口酸っぱく言ったことを思い出す。思春期の子どもにとって自転車ヘルメットはカッコ悪いものらしい。
「高校生の全国平均は三十から三十五パーセント。東京都では二割にも満たないと言われています。ヘルメットをかぶっていれば助かる命があります。
今年度より、我が学園はヘルメット普及率100%プロジェクトを始動いたします。共に活動してまいりましょう」
石倉真理亜は言葉を切った。
一瞬の静寂。
ひと呼吸のち、真理亜は凛と告げた。
「かぶりなさい」
上級生の保護者たちが一斉に真っピンクのヘルメットを被る。
新入り保護者は面食らった。
テルヨはあたふたとヘルメットを頭に被せる。
美也子は髪型を気にしながら渋々ヘルメットを乗せた。
「ご唱和ください」司会の声。
石倉真理亜が「おりん」のようなものを鳴らす。
前方の集団から厳かな発声が。
かぶるー
かぶるときー
かぶればー
かぶろうー↓うー↑う
(節までついている)
へールーマーリーィーアー
石倉真理亜自身も真っピンクのヘルメットかぶり、目を閉じておりんを鳴らしながら恍惚の表情を浮かべていた。
「なんなのこれ?」
湯浅美也子がこっそり耳打ちする。
祈りのあとチャペルは不思議な余韻に満たされた。
心酔する者、戸惑う者、それぞれの胸のうちに。
もしかして。テルヨは思う。子どもがヘルメットを被らない代わりに、こうやって親が被ることでせめてもの埋め合わせにしてるのだろうか。
司会者からはオンラインでの祈りの会の告知や、当番制のヘルメット検査の説明が続いた。
テルヨは今朝自転車でたどった道のりを頭の中で反芻する。
自転車表示のない車道、見通しの悪い五差路、歩道との段差、危険な箇所はいくつもある。
「会長さんがキレイな人だろうとこんなことやってらんない。ウチは自転車通学やめるわ。車で送り迎えする」
湯浅美也子がついと席を立った。
祈るより先に、やることが、きっとある。
「何かご意見ご質問ありますか」
チャペル後方から天野テルヨは静かに手を挙げた。
(おわり)
今月から勇気を出してシロクマ文芸部さんに参加いたしました。
まだ勝手がよくわからないでのすが
小牧部長様、部員の皆様どうぞよろしくお願いします。
サムネ画像は N.Atsume様 にお借りしました。
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お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。