6/8はX68000の日!【その2】1995年のデスク周りと、震災の教訓
今年も6月8日「X68000の日」に向けて、思い出を振り返るシリーズ第2弾です。
今回は、私が当時使っていたX68000周りの写真を発掘しました。撮影されたのは1995年8月3日。あの阪神・淡路大震災があった年の夏です。当時の機材構成や、震災をきっかけに変わった私のPCライフについて語りたいと思います。

1995年当時のPC環境
これが1995年当時の私のデスク周りです。
機器の増減は頻繁にありましたが、撮っている写真はこれだけでした。
当時デジカメもなかったですし、いちいちフィルムカメラで写真を撮る習慣はなかったです・・。
写真には、当時使っていた機材の数々が写っています。それぞれ番号を振って解説してみましょう。

当時の機材
① X68000 compact XVI
当時のX68000のメインマシンです。初代やEXPERTの巨大なツインタワーから一転、非常に省スペースになったコンパクトモデル。16MHz駆動でキビキビ動きました。X68000初の3.5インチFDD(フロッピーディスクドライブ)搭載機です。PC-98など3.5インチへの移行が進んでいたので、当然の流れではありましたが、X68000ではゲームなどで3.5インチFD版を用意してくれるメーカーは少なかったです。まぁ、本体売れませんから…
で、この3.5インチFDDは挿入口にシャッターがないので、ゴミが入りやすい(と思う)ので、常に3.5FDを差し込んでました。
② X68000 EXPERT II
かつてのメイン機。この時は本体としては引退していましたが、外付け5インチFDDドライブとして活用していました。外付けFDDとして接続するためのケーブルが売ってました。前述のとおり、3.5インチFDでのソフトの共有が少なかったので、5インチFDDは必須になります。
③ X68000 EXPERT II のキーボード
コンパクトのキーボードではなく、使い慣れたEXPERT IIのものを引き続き愛用していました。Compactのキーボードもかっこよかったのですが、ゲームするときにテンキーが必要でした。
④ MITSUBISHI RD-15D(モニタ)
三菱の15インチCRTモニター。三菱のマルチスキャンモニターの初期の製品です。15,24,31KHz対応のモニターが壊れたので買い換えました。15KHzは映りませんが、特に困りませんでした。
当時はトリニトロンやダイヤモンドトロンなど、各社がブラウン管の画質を競っていました。
⑤ EPSON MJ-500(プリンタ)
エプソンの初代インクジェットプリンタ。マッハジェットと呼ばれていました。のちに大ヒットしたカラーのMJ-500Cとは違います。初代はモノクロです。でも、それまで熱転写プリンタ(PC-PR406)を使っていたので、インクリボンを無駄に消費しながらチンタラ印刷していたのに比べると速くてびっくりしました。
⑥ Logitec LMO-340(MOドライブ)
ロジテックのMO(光磁気ディスク)ドライブ。もちろんSCSI接続。当時は大容量データの保存といえばMOでした。X68000ユーザーはMOの普及率が高かったですね。
⑦ Logitec SHD-???(ハードディスク)
型番は忘れましたが、ロジテックの外付けSCSIハードディスクです。X68000ユーザーにとってSCSI HDDは必須でした。
⑧ SUNTAC MS-144AF(モデム)
SUNTACのモデム。ピーヒョロロロ…という音とともにパソコン通信に繋いでいた時代です。Nifty-Serveなど大手もありましたが、いわゆる”草の根ネット”にお世話になりました。14.4kbpsという速度が懐かしいですね。テレホーダイやタイムプラスなど回線の割引プランをうまく使ってやってました。
SUNTACのモデムの後は、定番のスポスタUS Robotics Sportster 28,800、その後、ISDNに・・・。
⑨ YAMAHA TG-100(MIDI音源モジュール)
ヤマハのDTM用音源モジュール。X68000の内蔵FM音源に加えて、MIDIで外部音源を鳴らすのは当時のユーザーとしては基本でした。
定番のRoland MT-32も持ってました。のちにSC-88VLも追加しました。
⑩ AIWA ACD-300(CD-ROMドライブ)
アイワのCD-ROMドライブ。もちろんSCSI接続。型番の通り倍速ドライブです。前面に液晶画面が付いていてかっこよかったです。
⑪ MOディスク
積み上げられたMOディスク。X68000ユーザーの基本か。
⑫ ジョイスティック
特にアーケードゲームの移植作を遊ぶためのジョイスティック。(アーケードスティック)
X68000といえばやはりゲーム環境も(が)重要でした。
ストリートファイターIIに付属のCPSFアダプタを接続することにより6ボタンのスティックが使えるようになりました。
震災の教訓:パソコンラックからローテーブルへ
この写真が撮影された1995年は、1月に阪神・淡路大震災が発生した年です。当時兵庫県西宮市に住んでいました。
写真は追悼の場として整備されている「西宮震災記念碑公園」です。
西宮市では阪神・淡路大震災で1,146人の方が犠牲となりました。公園で犠牲者追悼之碑に犠牲者の名前が刻まれています。

そばに「火垂るの墓 誕生の地」の記念碑もあります
実は震災当時、私は一般的な背の高い「パソコンラック」に機材を設置していました。そして、ラックの上段に置いていた②の「X68000 EXPERT II」が、激しい揺れによって落下してしまったのです。
幸いにも本体に破損はなく、無事に動いてくれましたが、この出来事を教訓に、私は背の高いパソコンラックを使うのをやめました。写真にある通り、機材はすべて低い位置(ローテーブルなど)に設置するようになったのです。あれから何十年も経ちましたが、PCに限らず「低い位置に設置する」というマイルールは、今でもずっと続けています。
一枚の古い写真から、当時の熱狂的なX68000ライフと、自然災害から学んだ教訓が蘇ってきました。
皆さんも「X68000の日」を機に、昔を振り返ってみてはいかがでしょうか?
