映画「でっちあげ」私たちは誰もが「決めつけ刑事」になってしまう
フジテレビのCMが一斉にACに差し代わった今年前半、中でも秀逸だったCMが「決めつけ刑事」だった。「知らない人がつぶやいてるんだよ!」とSNSの書き込みを見て決めつけた容疑者を、刑事が連行してしまう。
笑ってしまう。いるよな、ネットにそういうやつ。
だが「決めつけ刑事」はネット以前からあちこちにいた。マスメディアは流れができると大勢で決めつけ報道をする。それを鵜呑みにして私たちも決めつけ刑事になってしまう。そんなことを私たちは、松本サリン事件をはじめ何度も経験しているのに、また何度でも決めつけてしまう。
「でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男」は2003年に福岡市で実際に起きた「決めつけ報道」に遭った男性教師の物語を映画化した作品だ。事実に取材したルポルタージュを原作に映画にしている。それをあらかじめ知って見るので、こんな異常なことが本当にあったのかと、どんどん胃が痛くなる映画だった。そのしんどさも含めて、十分に面白かった。メディアについて考える、格好の教科書でもある。
構成がよくできている。出だしは、いじめられたと訴えた母親の視点で教師が描かれる。残虐で陰湿な「殺人教師」を綾野剛が演じると、悪魔のような教師に見える。
一転して本人の証言が映像化されると、心優しい、でも自己主張が苦手な教師になっている。そのギャップが演技も演出も上手い。
「羅生門」の昔から、同じ出来事を違う視点で見るとまったく別々の物語になる。訴えた母親には、優しい教師が残虐な教師に見えていたのかもしれない。
だが世間は、一方の視点だけで出来事を語り始めると、恐ろしいことに止まらない。何もしてないのに殺人教師のレッテルを貼られることがどれだけ恐ろしいか。自分では証明しようがなく、絶望に向かってどんどん進む。決して犯罪者として有罪になったわけでもないのに、犯罪者同然に世間から扱われ、逃れようがない。その恐ろしさを擬似体験できるこの映画には、娯楽を超えた社会的価値があると思う。冤罪で社会全体から責められることがどれだけ苦しいか、感じることができる。
裁判を軸に進むこの映画は法廷劇の側面もあり、誰も引き受け手のなかった弁護を買って出た初老の弁護士が、意外にも優秀で他の誰も気づかなかった原告側の穴を見つけ出す。これ、実際にもそうだったらしい。曽祖父がアメリカ人で、そのことを教師が差別のネタにしたと言っていたのに、曽祖父がアメリカ人との事実はなかった。そこがすべての発端なのに!どうしてそんな嘘を言ったのか。母親の歪さが垣間見えたそこから、冤罪を晴らす突破口が開かれる。
いやらしいのが定年間近の校長。主人公にひたすら、いじめを認めて謝罪しろと促す。あとで謝ったことを後悔するが、あの状況で謝罪を断るのは難しいだろう。謝罪すれば終わるからと上司に言われれば、普通は謝罪してしまう。このことから、身に覚えのないことを認めては絶対にいけないと私たちは学んだ。
裁判が決着し、自分に非がないと認められても、苦味しか残らない。映画では描かれないが、あの時主人公を追い詰めたマスコミはその後どうなったのだろう。特に、どう見ても文春をモデルにした雑誌記者は騒ぎを大きくした記事を書いた。その責任は取ったのだろうか。
いや実は、すっかり忘れているが私だってきっとこの報道を見て「ひどい教師がいるもんだ」と受け止めたかもしれない。マスコミと一緒に決めつけ刑事になった。
それが良くないとしたら、私たちはどうすればいいのだろう。毎日酷いことをした連中が逮捕され、実名も顔も晒されるニュースを目にする。「ひどいやつだ」と思ってしまう。でも本当のことはわからないのだ。何年後かに実は冤罪だったとわかっても、誰も「あの時に犯人扱いして報道されたあいつは無実だったんですよ!」と訂正しない。訂正されたとしても忘れているので、「そんなことありましたっけ」と言ってしまうのだろう。
20年と少し前のこの福岡の教師だって、きっと私は「殺人教師め!」と非難したのだ。そのことを私はどうつぐないようがあるのだろうか。
少なくともマスコミに従事する人は、自分が向けたマイクはナイフにもなることを強く自覚しなければならない。警察発表や周囲の憶測報道が洪水のように押し寄せても、少しでも疑うならカメラを向けなくてもいい。
みんなが報道するから遅れを取らない、という姿勢が本当にいいのか、自分たちがいる報道村の論理が正しいかを今一度振り返る必要があると思う。悪いことをしたと世間が決めたらカメラを向ける、そんな流されて報じるならそのカメラはいらない。
決めつけ刑事は、ネットだけにいるのではない。マイクやカメラを向けたら、決めつけている可能性はある。それを見ている私たちも決めつけているかもしれない。そんな「懸念」は持ち続けなければならないと私は思う。
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