魯州溽暑 -rosyu jyokusyo-
魯州は湿りの深い土地で、庭の木々はいつも葉を濃くしていました。夏には夕刻にも熱を含んだ風が軒をくぐりました。
その町に、昔、異母兄弟がいました。
兄は父の前妻の子で、弟は後妻の子です。
父は最初の妻を亡くしたあと、その子を連れて再婚しました。後妻は、白い肌の奥に漠とした艶を沈めた若い女で、やがて弟が生まれました。
その後、父が亡くなり、兄と幼い弟は、ともにその母に育てられることになりました。母は、弟だけでなく兄も、我が子のように育てました。
そして兄もまた、継母を実の母以上に大切にしていました。
或るとき、兄弟が野良仕事から戻ると、泥酔した隣家の男が、抗う母を罵り、力ずくで押さえつけていました。
兄弟は、その光景に忘我し、男を止めようとして打ち、とうとう打ち殺してしまいました。砕けた頭から、暗いものが土間へゆるりと広がりました。
衽の裾を乱し放心した母から屍を除け、兄弟は門を開け、役人の来るのを待ちました。
母を思う気持ちからしたことでしたが、罪は軽くはありませんでした。
やがて役人が来て二人を捕え、処刑しようとしました。兄は「罪を犯したのは私です。弟には罪はありません。私を殺してください」と言いました。
すると弟は「兄は悪くありません。男を殺したのは私です。私を殺してください」と言いました。
二人は互いに、自分が死ぬと譲りません。
役人は困惑し、国王に報告しました。
国王は賢者と名高い眇(斜視)の大臣に相談し、母を呼び出して尋問しました。
「お前の子たちは、なぜ互いに自分が死ぬと庇い合うのか――」
母は答えました。
「すべては私の責任です。私が子どもたちを教え、このようなことをさせてしまいました」
国王は言いました。
「法律には決まりがある。親が子の罪を代わりに受けることはできない。ただし、二人のうち一人は処刑し、一人は許す。お前はどちらを助け、どちらを殺すべきだと思うか」
母は答えました。
「弟は私の実の子で、兄は夫の前妻の子です。夫は死の間際『この子は母がいない。私が死んで身寄りがなくなるのが心残りだ』と言いました。私は『私が母のように育てますから、心配しないでください』と約束しました。夫は安心して亡くなりました。ですから、約束は違えませぬ。たとえ我が子を失おうとも、兄をお助けください」
国王はその言葉を聞くと、しばらく目を伏せました。そして二人を許そうとしました。が、眇の大臣は、低く息を吐いて、一歩前へ出ました。その瞳は、人の涙を映さず、理のみを量っていました。
「罪は罪にございます。情にて曲げれば、法は立ちませぬ。男にも妻子があります故――」
「されば、如何にすべきか」
眇の大臣は国王に「恐れながら」と耳打ちをしました。母の悲痛な献身を、もっとも残酷な形で叶えてやろうとするかのように、その口元がわずかに緩みました。
国王は口髭を指先で弄びながら頷きました。
――殿上にしばし沈黙が落ちました。
国王は「兄弟の利き手ではない方を肘より落とし贖いとする。互いに隻腕で助け合い母を支えよ」とお命じになりました。が、国王はそれきり、誰も見ようとはしませんでした。
母は黙礼し城を出ました。
暮れ方、肘に幾重にも布を巻いた子どもたちが戻りました。二人とも、ひどく蒼ざめていました。
魯州の溽暑が過ぎる頃には、傷も癒えて元の暮らしに戻る――。
家族のそんな期待も虚しく、その晩から子どもたちは高熱に魘され日に日に衰弱していきました。
傷に巻いた布は血膿が固着し、間には腐臭がこもりました。
湿りの深い土地は、傷の乾きを許しませんでした。
一月半ほど床に臥せた後、子どもたちは相次いで死にました。
二人の死罪と、畢竟、何も変わりませんでした。
悲嘆ののち、母が倦怠に苛まれ、飯の匂いにも顔を背けるようになった頃、狭庭の柑橘が熟しました。
母は一つをもぎ、皮を剥きました。
指に滲んだ香を嗅ぎ、房を口に含みました。それだけは、喉を通るような気がしました。
