どこまでが「創作」?
どーも、ここ最近は生成AIの習熟のため、無料の生成AIチャットアプリをいじくり回していた男、乙楽です。
何が何でも下半身系に話を持っていこうとする流れに抗いながら、強度のヤンデレを純愛に導き、幼馴染のJKを凄腕の傭兵として紛争地帯に送り込んだりと、やりたい放題を尽くしてきました。
生成AI、現時点では分析や要約に使うのが無難ですね。まぁそれはともかく。
今回はちょっと巷で見かけた、AIを含む事柄について少し話そうかなと思います。
自分自身、まだ明確な答えや持論がないものなので、とりとめのないものになることをご了承ください。
創作の一部、またはプロットなどをどこまでAIを含めた他者に委ねていいものか、正直なところ線引きに悩んでいます。
あからさまな盗作やプロットのパクリ、これは今も昔も論外であることは明確です。しかし、物語の創作においてどこまでが許容できるのか、これについては、様々な場面で意見が分かれている模様です。
実際、私自身が生成AIを用いて、適当なプロットを作って展開してみたところ、概ね6〜7割は導入から完結までそれらしきものを生成できました。
無論、文脈や細かい描写では随所に怪しい部分が散見されますが、そこを手直しするだけでそこそこの出来が保証されることに、現代のAIの精度が表れています。
でも、これって「創作」なんでしょうか?
面白いプロットを思いついてしまえば勝ち、それはごもっともです。
ただ、それをAIに丸投げした挙げ句、「創作」と銘打つのは、上手く言えませんが何か違う気がします。
AIは、あくまで道具、ツールです。
進化途中の現在であっても、便利に使えばこれほど有用なものはありません。
ただ、現時点でAIに指示を出すのは、我々人間です。
文芸という分野で何がしかを書くにあたり、その問題をどう考えていくかは、私の今後の課題となりそうです。
まぁ、どんなに腐っても「集合知」と称して他人の面白ネタをかっさらった上で生成AIに投げるような真似だけはしませんので、どうかその点だけはご安心ください。
