東京五輪、女子体操の女王の棄権に見る「降りられる人」の特権
「ノー」と拒否できる人間は実は上級国民だったという悲しい現実
JBPressに寄稿しました。
「世界の体操史上最も偉大な選手」と呼ばれる米国のシモーン・バイルズ選手の東京五輪における棄権をめぐる議論が盛り上がっています。
米リベラル主流メディアでは、おおむね「勇断」「素晴らしいリーダーシップの教訓」「スポーツ界の悪しき体質にリセットボタンを押した」「自らの心と体を守るために極めて重要な場面でも退く勇気」などと好意的な論調で扱われています。事実、一部の論客による「quitter(腰抜け、意気地なし、憶病者)」「unpatriotic(非愛国的、非国民)」「国の恥」「責任の放棄」「子供じみている」という批判的な声は保守派の中でさえ少数派にとどまっています。
もっとも、メンタルヘルスを理由に全仏オープンを棄権した「テニスの女王」こと大坂なおみ選手に触発されたと公言するバイルズ選手の行動を賞賛する論調には、(1)「退く勇気」が一部の層にしか認められない特権であること、(2)バイルズ選手や大坂選手の棄権を動機づけし得る商業的利益、(3)彼女らの問題提起が「私」を「公」に優先させようとするジェンダー文化戦争の文脈で起こっていること──などについて未検証の部分が残ります。
一連の議論におけるバイルズ選手の立ち位置や、意味付けを分析することで、その背景にあるイデオロギーを読み解きます。ご一読ください。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66403
この記事についたヤフコメです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/734c5cd7d894b18e844e19726f5c1588fec5130c/comments
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