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第13回 身体が緩むのは、音が鳴っている間だけではない――静寂と、涙の生理学

疲れた夜に、音量を絞ってゆっくりした曲を流す。それで少し楽になった気がする。静けさに近い音楽ほど、身体は休まる。そう思っていた。

けれど、実際に身体を計測した研究は、もう少し込み入ったことを示している。

イタリアの研究チームは、音楽家12名と、年齢を揃えた対照群12名に、6種類のスタイルの音楽を順不同で聴かせた。実験中には、2分間の無音もランダムに挿入された。測ったのは主観的なリラックス感ではない。心拍、血圧、換気量、脳血流速度といった身体の指標である。

この実験では、テンポが速く、リズムが単純なほど、換気量や血圧、心拍などが上昇した。身体反応との関係が強かったのは、音楽のジャンルよりもテンポだった。

そして興味深いのは、音が止まった2分間である。心拍、血圧、分時換気量が大きく下がり、音楽を聴き始める前のベースラインさえ下回った。

では、音楽は身体を興奮させ、無音は休ませる。そういう単純な話なのだろうか。

日本の研究チームは、音楽によって起きる強い情動反応を「鳥肌」と「涙」に分けて計測している。

鳥肌が出るときには、皮膚電気活動が上がり、主観的な覚醒度も高くなった。一方、涙が出るときに起きていたのは、心拍が加速しながら、呼吸は遅くなるという状態だった。どちらも快感を伴い、どちらも呼吸を深くする。それでも、涙を誘った曲は、鳥肌を誘った曲よりも穏やかだと受け取られていた。

涙が出るとき、身体の中では覚醒と鎮静が同時に起きている。

心拍が上がっているから、緊張している。心拍が下がっているから、リラックスしている。身体は、そこまで単純ではないらしい。一つの指標だけを見ても、その人が体験している感情の全体まではわからない。

ライブで、サビの前に音が消える数秒。次に何が来るかわかっているのに、胸のあたりが持ち上がる。そんな感覚を知っている人も多いだろう。

音楽による快感を調べた脳画像研究では、快感のピークで線条体からドーパミンが放出されることが確認された。また、次の展開を予期している時間には尾状核が、快感のピークでは側坐核が、より強く関与していた。

間や無音が期待を強める可能性は考えられる。ただし、この研究が無音そのものを検証したわけではない。音が消えれば必ず快感が高まる、という意味ではない。

ここで挙げた三つの研究は、それぞれ違うものを測っている。循環と呼吸の指標、鳥肌と涙の生理反応、報酬系の時間差。同じ仕組みを、別の角度から証明した研究ではない。

それでも、共通して見えてくることがある。

身体は、
音楽に対して「興奮かリラックスか」の二択で反応しているわけではない。指標ごとに、そして時間ごとに別々に動いている。心拍が上がりながら呼吸が遅くなることもあれば、音が消えた休止中に、心拍、血圧、分時換気量がベースラインを下回ることもある。

ただし、いずれも実験室での計測であり、被験者は多くても数十名規模である。ライブ会場で起きる感情まで、同じ仕組みで説明できるわけではない。音楽家のほうが、テンポに対する呼吸の反応が敏感だったという違いも報告されている。

それでも、ひとつ試せることがある。

音楽を聴き終えたあと、すぐに次の曲を再生せず、短い無音を置いてみること。

音楽を聴くことは、音だけでなく、音が消えたあとの身体に耳を澄ますことなのかもしれない。

【この記事の科学的根拠】

・Bernardi L, Porta C, Sleight P(2006)
Cardiovascular, cerebrovascular, and respiratory changes induced by different types of music in musicians and non-musicians: the importance of silence.
Heart 92(4):445–452
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16199412/

・Mori K, Iwanaga M(2017)
Two types of peak emotional responses to music: The psychophysiology of chills and tears.
Scientific Reports 7:46063
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28387335/

・Salimpoor VN, Benovoy M, Larcher K, Dagher A, Zatorre RJ(2011)
Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music.
Nature Neuroscience 14(2):257–262
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21217764/

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