Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)が好きな人におすすめの5枚|ルーツ・同時代・後継から選ぶ名盤ガイド

「『Unknown Pleasures』のあの凍てついた美しさ、他にないかな」——そう思ってここに来たなら、うれしいです。冷たくて、暗くて、それなのに手放せない。あの静かな崩落の感触に一度つかまると、次がなかなか見つからないんですよね。私も同じで、Joy Divisionから糸をたどるように音楽を探してきました。

Joy Divisionが好きなら、きっとこの5枚も好きになると思います。音が似ているから選んだのではありません。イアン・カーティスが最期の夜に聴いていた盤。バンドの最初の名前の由来になったアルバム。彼が影響源に挙げたニューヨークの伝説。同じ一夜の衝撃から生まれた同郷のバンド。そして、その冷たい美しさを海の向こうで受け継いだ後継。本人の言葉や記録でたどれる、Joy Divisionと本当につながった5枚です。だから、ぜひ聴いてほしい。棚の隣に並べるように、1枚ずつ紹介します。

まず、Joy Divisionのこの2枚から

この記事は、『Unknown Pleasures』(1979)を聴き込んだ人が「次」を探しに来る前提で書いています。マーティン・ハネットのプロダクションが、バンドの生々しい演奏を氷のような空間へと変えた、彼らのデビュー作です。あのパルサーの波形が描かれたジャケットは、音楽そのものより有名かもしれません。

もう1枚、1980年の『Closer』も置いておきます。フロントマンのイアン・カーティスが自ら世を去るわずか2ヶ月前に録音され、その2ヶ月後にリリースされた2作目にして遺作です。凍てつくような美と、崩れ落ちていく静けさ。ここから、カーティスが何を聴いて、何につながっていたのかへ線を引いていきます。

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出典:『Unknown Pleasures』(1979)=Joy Divisionのデビュー作・プロデュースMartin Hannett…Wikipedia「Unknown Pleasures」(https://en.wikipedia.org/wiki/Unknown_Pleasures)/『Closer』(1980)=カーティスの死の2ヶ月前録音・2ヶ月後リリースの遺作…Wikipedia「Closer (Joy Division album)」(https://en.wikipedia.org/wiki/Closer_(Joy_Division_album))

① Iggy Pop『The Idiot』(1977)——カーティスが最期の夜に聴いていた盤

Joy Divisionのルーツをたどると、イギー・ポップに行き着きます。イアン・カーティスが影響を受けたアーティストとして、デヴィッド・ボウイやクラフトワークと並んで名前が挙がるのが、イギー・ポップです。そして、忘れがたい記録があります。トニー・ウィルソンによれば、カーティスは自ら世を去る前の数時間、ヴェルナー・ヘルツォークの映画『Stroszek』を観て、この『The Idiot』を聴いていたといいます。

イギー・ポップの1977年のこのソロ・デビュー作は、デヴィッド・ボウイと共に作られ、仕上げのミックスをベルリンで行った1枚。荒々しかったストゥージズの彼が、冷たく沈んだ電子の質感へと深く潜っていった作品です。カーティスが最後に聴いた音の手ざわりが、ここにあります。

【店員ポップ】イアン・カーティスが影響源に挙げ、そして最期の夜に聴いていたと伝えられるのが、この1枚です。荒々しさを脱ぎ、冷たい電子の質感へ潜っていったイギー・ポップ。Joy Divisionのあの手ざわりの、いちばん近い源がここにあると思います。ひとり、静かに沈みたい夜に。——オビ

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出典:カーティスの影響源にIggy Popが挙げられる…Wikipedia「Joy Division」(https://en.wikipedia.org/wiki/Joy_Division)/トニー・ウィルソンによればカーティスは死の直前に『Stroszek』を観て『The Idiot』を聴いていた…Wikipedia「Ian Curtis」(https://en.wikipedia.org/wiki/Ian_Curtis)/『The Idiot』(1977)=ボウイと共作したソロ・デビュー作(主要録音は仏・ミュンヘン、ミックスはベルリン)…Wikipedia「The Idiot (album)」(https://en.wikipedia.org/wiki/The_Idiot_(album))

② David Bowie『Low』(1977)——バンドの最初の名前の由来

Joy Divisionには、最初の名前がありました。「Warsaw(ワルシャワ)」です。この名前は、デヴィッド・ボウイの曲「Warszawa」に由来しています。そしてその「Warszawa」が収められているのが、1977年のこの『Low』——ボウイがベルリンで、ブライアン・イーノを迎えて作った、いわゆるベルリン三部作の1枚です。

前半はねじれたポップ、後半は言葉のほとんどない、ひやりとした音の風景。この静かで冷たい実験が、まだWarsawだった若者たちの心に焼きついたのだと思うと、あの名前ひとつに彼らの出発点が刻まれているのがわかります。ボウイは、カーティスが影響を受けたアーティストとしても名前が挙がる存在です。

【店員ポップ】Joy Divisionの最初の名前「Warsaw」は、この『Low』に入った曲「Warszawa」から取られました。ボウイがベルリンで作った、冷たく静かな音の風景。バンドの出発点が、この1枚に刻まれています。夜がふけて、言葉がいらなくなった時間に。——オビ

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出典:バンドの旧名Warsawがボウイの「Warszawa」に由来・カーティスの影響源にBowieが挙げられる…Wikipedia「Joy Division」(https://en.wikipedia.org/wiki/Joy_Division)/『Low』(1977)=ボウイのベルリン三部作の1枚・「Warszawa」収録…Wikipedia「Low (David Bowie album)」(https://en.wikipedia.org/wiki/Low_(David_Bowie_album))

③ The Velvet Underground『The Velvet Underground & Nico』(1967)——カーティスが名を挙げたニューヨークの伝説

もう少し源流をさかのぼると、ニューヨークにたどり着きます。イアン・カーティスが影響を受けたアーティストの並びには、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの名前もあります。1967年、アンディ・ウォーホルの庇護のもとで生まれたこのデビュー作は、当時ほとんど売れなかったのに、後のロックの地図を書き換えてしまった1枚として知られます。

美しいものと不穏なもの、甘いものと危ういものが同居する感覚。ポップスの表通りではなく、その裏の暗がりを歩く音楽。Joy Divisionが降りていった暗さの、いちばん古い水源のひとつがここにあります。

【店員ポップ】イアン・カーティスが影響を受けたアーティストに名を連ねるのが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドです。1967年、売れなかったのに後のすべてを変えた1枚。表通りではなく裏の暗がりを歩く感覚。Joy Divisionの暗さの、いちばん古い水源です。世界の見え方を変えたい夜に。——オビ

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出典:カーティスの影響源にThe Velvet Undergroundが挙げられる…Wikipedia「Joy Division」(https://en.wikipedia.org/wiki/Joy_Division)/『The Velvet Underground & Nico』(1967)=アンディ・ウォーホル関与のデビュー作・後世への多大な影響…Wikipedia「The Velvet Underground & Nico」(https://en.wikipedia.org/wiki/The_Velvet_Underground_%26_Nico)

④ Magazine『Real Life』(1978)——同じ一夜の衝撃から生まれた、同郷のバンド

Joy Divisionの物語は、1976年のある夜から始まります。マンチェスターのレッサー・フリー・トレード・ホールで開かれたセックス・ピストルズの公演です。この一夜が、Joy Division、New Order、Magazine、Buzzcocks、The Smithsといったバンドの結成につながったと言われる、伝説の公演でした。バーナード・サムナーとピーター・フックは、この公演に触発されてバンドを始めています。

同じ震源から生まれたのが、Magazineです。ハワード・ディヴォート(Buzzcocksを離れたばかりでした)が1977年にマンチェスターで結成したこのバンドの1978年のデビュー作『Real Life』は、最初期の英ポストパンク盤のひとつとされます。冷たい知性とドラマチックな展開。同じ街の、同じ時代の空気を吸った音です。

【店員ポップ】Joy DivisionもMagazineも、1976年のピストルズ公演という同じ一夜から生まれました。ディヴォートが同じマンチェスターで作った1978年の『Real Life』。冷たい知性と劇的な展開が、同じ時代の空気を伝えます。ひとつの時代を丸ごと味わいたいときに。——オビ

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出典:1976年のレッサー・フリー・トレード・ホールでのピストルズ公演がJoy Division・New Order・Magazine・Buzzcocks等の結成につながった…Wikipedia「Lesser Free Trade Hall」(https://en.wikipedia.org/wiki/Lesser_Free_Trade_Hall)/サムナーとフックが1976年の同公演に衝撃を受けバンドを始めた…Wikipedia「Joy Division」(https://en.wikipedia.org/wiki/Joy_Division)/Magazineは1977年マンチェスターでディヴォート(元Buzzcocks)が結成・『Real Life』(1978)は最初期の英ポストパンク盤のひとつ…Wikipedia「Magazine (band)」(https://en.wikipedia.org/wiki/Magazine_(band))

⑤ Interpol『Turn On The Bright Lights』(2002)——冷たい美を海の向こうで受け継いだ後継

Joy Divisionの冷たい美しさは、海を越え、時代を越えて受け継がれました。その代表が、ニューヨークのInterpolです。2002年のこのデビュー作が出たとき、批評家たちは繰り返しJoy Divisionの名前を持ち出しました。NMEはそのつながりを「明白で紛れもない」と評したほどです。

とはいえ、これは物真似ではありません。9.11直後のニューヨークの、張り詰めた不安と夜の光。凍った叙情を受け継ぎながら、そこに彼ら自身の街の空気を吹き込んだ1枚です。Joy Divisionが灯した冷たい光が、21世紀のニューヨークでもう一度ともった——そんな聴こえ方をします。

【店員ポップ】このデビュー作が出たとき、批評家たちは繰り返しJoy Divisionの名を挙げ、NMEはそのつながりを「明白で紛れもない」と評しました。凍った叙情を受け継ぎつつ、9.11直後のニューヨークの空気を吹き込んだ1枚。冷たい光がもう一度ともる音です。夜の街を歩きながら。——オビ

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出典:本作の批評受容でJoy Divisionとの比較が繰り返された・NMEが「comparisons to Joy Division both obvious and unmistakable」と評した…Wikipedia「Turn on the Bright Lights」(https://en.wikipedia.org/wiki/Turn_on_the_Bright_Lights)

棚を歩くように、次の1枚へ

5枚に共通するのは、「Joy Divisionに似ている」ではなく「Joy Divisionと本当につながっている」こと。源流をたどればカーティスが最期の夜に聴いた音(イギー・ポップ)と、バンドの名前の由来(ボウイ)と、彼が名を挙げたニューヨークの伝説(ヴェルヴェッツ)に、同時代をたどれば同じ一夜から生まれた同郷のバンド(Magazine)に、後継をたどれば海を越えた継承(Interpol)に出会えます。気になった1枚から、棚を歩くように進んでください。

次回は、イアン・カーティスの死のあと、残されたメンバーが別の名前で歩き出した先——New Orderを起点に、この棚がどこへ向かったかをたどる予定です。Xでは毎日「今日の1枚」を投稿しています → @ototana_jp

選盤・文:オビ(UKロック棚担当)
おとたな|棚を歩く音楽発見

※各アルバムの事実関係(結成の経緯・発言・制作クレジット)の出典は、それぞれのセクション末尾に記載しています。

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