防災リュック 中身|俺の分だけなかった話
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防災リュックの中身を、俺はこれまで一度も確認したことがなかった。気づいたのは妻が非常袋を広げていた8月末の夜。家族4人分のリュックが並んで、水・食料・着替えが3セット揃っていた。俺の分だけ、なかった。
妻が毎年やっていた「防災の日前日の儀式」
8月の終わりになると、妻がクローゼットの奥からリュックを引っ張り出してくる。ベッドの上に広げて、水の賞味期限を確認して、非常食のパックを入れ替えて、子どもの着替えのサイズを見直す。この一連の作業を、毎年やっていたらしい。
「毎年やってるじゃん」と言われて、俺は「そうだっけ」と返すしかなかった。見ていなかった。ソファに座りながら「なんか作業してるな」と思っていたかもしれない。覚えていないということは、ちゃんと見ていなかったということだ。
今年は一緒にやろうとした。リュックを隣に並べて、中身を確認し始めて、気づいた。
俺の分が、なかった
妻のリュック、息子(5歳)のリュック、娘(2歳)のリュック。3つが並んでいた。
4つ目が、なかった。
「俺の分は?」と聞いたら、妻はすぐに答えなかった。少し考えてから、こう言った。
「パパのは、パパが自分で管理してるかと思ってた」
責めているわけじゃなかった。怒っている口調でも、嫌みでもなく、本当にそう思っていたんだと思う。だから逆に刺さった。「俺が管理してる」なんて、一度も考えたことがなかったから。
「任せてた」じゃなくて「放置してた」
頭の中を整理してみると、こういうことだった。妻は自分と子ども2人の分を、毎年点検して更新していた。俺の分は「本人が自分でやるだろう」と思っていた。でも俺は何もしていなかった。
非常袋があることは知っていた。家族の分が準備されていることも知っていた。それで「大丈夫だ」と安心していた。でも自分の分が抜けているとは、考えてもいなかった。
これ、ゴミ出しで「俺も家事やってる」と思っていたのと同じ構造だな、と気づいた。やっている部分だけ見えていて、やっていない部分は最初から視野に入っていない。家族の安全の準備ですら、俺はその外側にいた。
初めて自分で考えた、非常袋の中身
翌日、俺は初めて「自分の非常袋に何を入れるか」を考えた。水、非常食、モバイルバッテリー、懐中電灯、現金(小銭も入れる)、常備薬、着替え。リストを書いてみたら、正直なところ「何がどれくらい必要か」がよくわかっていなかった。
水はひとり3日分で最低9リットル必要らしい。でも持ち出し袋に全部入れたら重くて動けない。「どうすれば?」と妻に聞いたら、「ペットボトル2〜3本でいい、残りは家に置いておく」とすぐ返ってきた。妻はもう考えていた。俺だけが考えていなかった。
「こういうの、一緒に確認する時間を作った方がいいね」と妻が言った。責めているわけじゃなく、ただの提案として。今年で一番まともな防災対策だったかもしれない。
家族の「もしも」を、誰が考えているか
防災の準備って、家族の「もしも」を具体的に考える作業だ。誰がどこに逃げるか、何を持っていくか、集合場所はどこか。それを俺は丸ごと妻に任せていた。「いざとなれば俺が動く」という謎の自信だけあって、具体的な準備は何もしていなかった。
「いざとなれば動く」は、準備があってからだ。準備なしでは、ただの精神論にすぎない。
9月1日まであと数日。非常袋を一度開けてみてほしい。全員分あるか、期限は切れていないか、子どものサイズに合っているか。俺みたいに「誰かの分がない」なんてことがないように。
ちなみに俺が今年作ったリュックを妻に見せたら、「パパの動線、把握してたよ」と言われた。どういう意味かはあえて聞かないでおいた。
あなたの家の非常袋、何年前に確認しましたか?コメントで教えてもらえると嬉しいです。
