朗読台本『月のうさぎは、餅をつかない』
ねぇ、知ってる?
月のうさぎってさ、
ほんとは餅つきなんてしてないらしいよ。
あれは昔の人の見間違いで、
ほんとはね、
想い人のために料理をしてるんだって。
夜空の高いところ、
あの静かな丸いキッチンで、
湯気を立てながら。
……ちょっと素敵じゃない?
誰にも見られない場所で、
誰か一人のために、
こっそり火を灯し続けるなんてさ。
私ね、あの話を聞いたとき、
胸の奥がじんわりしたの。
好きって言葉は、
時々むずかしいでしょ。
言おうとすると、
喉の奥に引っかかる。
重たくて、
照れくさくて、
もし拒まれたらどうしようって、
余計な未来まで連れてきちゃう。
だから、
言葉にしないで済む方法を考えたの。
丸めるの。
気持ちを、
両手のひらで、ころころって。
強く握りすぎたら崩れちゃうから、
やさしく、でも逃げないように。
火加減も大事。
近づきすぎたら焦げるし、
離れすぎたら冷たいまま。
好きって、
たぶんそういう温度のことだと思う。
……ちょっと憧れちゃってさ。
月のうさぎみたいに、
誰かのためだけに料理するって。
だから、私も作ってみたの。
慣れない手つきで、
キッチンを少しだけ汚しながら。
油の音にびくっとして、
でも、なんだか楽しくて。
丸めて、揚げて、
転がして。
胡麻団子。
外はころんとしてて、
触ると少しだけ硬い。
でもね、
噛んだら中から甘いのがそっと出てくるの。
私、こういうの好きなんだ。
強がってるみたいで、
でも本当は、
ちゃんと甘い。
……私みたいでしょ?
なんてね。
これ、受け取ってくれる?
大げさなプレゼントじゃないよ。
ブランド物でも、
特別な記念日でもない。
ただ、
あなたのことを考えながら作った時間。
それだけ。
もし今日、
うまくいかないことがあったなら。
誰かの言葉で傷ついたなら。
自分のことが少し嫌いになりそうなら。
そのときは、思い出して。
夜空の上で、
うさぎがひとり、
火を灯してること。
そして、
ここにもひとりいるってこと。
月ほど上手じゃないけど、
あなたを想って手を動かした人が。
ねぇ。
美味しい?
………
ねぇ……月が見てるよ。
