実写版『ルックバック』があまりにも良すぎた。
アニメ版に続いて、実写版『ルックバック』も映画館で観てきました。
原作にないエピソードや表現が足されることで、原作とはまた違う感動がありましたね、本当に恐れ入りました。
気になったところを自分にとっての記録として書いていきます。
1)先生と藤野の関係
小学校の担任の先生と藤野の関係が原作よりも丁寧に描かれていました。
①藤野は「精進」という言葉を読めず、勉強する気もないような子供だった。
②京本の四コマを見た藤野が、学校の外観と比べながら、京本のマンガを見ているのを、先生は見ている。
③藤野は京本のマンガをきっかけに、絵の勉強を必死でするようになった。(おそらく、この様子も先生は気づいている)
④卒業証書を渡して欲しいと頼むとき、先生は藤野に「藤野のマンガが好きだった」ことを話す。
先生の在り方を丁寧に描くことで、「先生が藤野と京本を意図的に出会わせたのかな」という想像が働きます。
京本に学校に来るきっかけをあげたかった先生は、京本が藤野のマンガのことが好きなのを知っていて、藤野に「京本のマンガも載せていいか」と許可を取る。
京本に影響を受け、藤野も必死で学ぶようになるが、絵のうまさという点において、京本に追いつけない藤野の心が途中で折れてしまう。そのことを先生も気にしていたからこそ、藤野のマンガが読み切りとして掲載されたことに誰よりも喜んで、後輩の先生に自慢している。
卒業証書を渡しに行けと頼まれた時に、おまんじゅうで釣るのも、ちょっとリアルでいいなと思いました。「行きたくない」って言ってる子が、いくら先生の頼みでもあっさり行けないのが自然な心理だと思うので、おまんじゅうがあることで、藤野が届けに行く理由が自然につながって感じやすくなります。
(マンガでこのあたりをすべて描いていると、おそらくページが膨大になり過ぎるので、尺が足りない実写版では、丁寧に描くことで補完されていて、とてもいいバランスだと思いました)
2)藤野母の愛
藤野母の愛情も、実写版では丁寧に描かれていました。必死に絵の勉強をしている時に、毎回、麦茶なり、スイカなりを置いていく。
横で座ってスイカを食べているシーンがとてもよかったですね。母としては「今、何やってるの?」とか詳しく聞きたいんでしょうが、夢中になってることを邪魔もしたくないので、「塩とって」になる。
このシーンが、姉の「お母さんたちも将来を心配しているよ」という言葉につながる。
・友達からの「オタクだと思われてキモがられる」
・姉からの「美術系に進学しても就職がない」
これらの言葉が、静かに藤野を追い詰めていく。
努力しても敵わない画力の差に打ちのめされ、藤野は一度はマンガをやめてしまう。捨てといて、と言ってまとめたスケッチブックや本を、母は捨てずにビニールひもを切るんですよね。
子供ががんばったことを、全部認めてあげたいという母の願いだなぁと感じました。
「美術系に進学しても就職がない」
このセリフは、後半の藤野から京本へのセリフにつながりますが、はっきり覚えているところに、藤野にとって、この言葉が傷になっていたんだろうなということが想像できてしまいますね。
ちなみに原作では姉は言っていなくて、藤野だけが京本に言うセリフになっています。
3)白い鳥
藤野が京本と初めて会い、自分の心を折ったライバルが、自分の大ファンだったと気づいた時の、藤野の復活のシーン。
水たまりに踏み込むような弾む足で喜びを表現する中で、白い鳥が立っているのを見るカットがあります。けっこう印象づけられたカットだったのですが、原作にはないので、なんで入れてるんだろうと思っていたのが、最後に美しくまとまっていきます。
雨に濡れたまま夢中で描き始める藤野の姿もぐっときますが、水で塗れた床を黙って拭く母の姿にも、愛情を感じてじんわりします。家族関係が実写では本当に丁寧に描かれていますね。
この家族の支えがあったからこそ、藤野はマンガというチャレンジングな道に挑戦しつづけられたんだろうなと。
4)祈る二人のカット
マンガ賞の受賞を願い、二人で祈るシーンもよかったですね!
奥の藤野にピントが当たった状態から、静かにズレて、京本にピントが当たる。そこからゆっくりまた、藤野にピントが戻る。
二人の気持ちが完全に同じではなく、同じ方向に向かっているけど、少しだけ違っているような、そんな感覚を受けました。
5)藤野から京本への「強制」
二人の決裂の前に、藤野が京本の描いたものに対して、細かく修正指示を入れる様子が何度か描かれます。京本はおとなしく直しますが、やはり藤野キョウは、藤野のものであり、京本の作品ではないんだなと感じます。
京本は勇気を出し、藤野に絵がうまくなりたいので美大に行きたいと告白します。これは、家を出られた京本が、次に閉じ込められた「藤野」という名の檻から出て行く瞬間でもありました。
6)藤野と新しい仲間
藤野の職場には、多くのアシスタントがおり、仲良さそうなものの、藤野はその輪には完全には加わりません。幼い頃、匂いで分かるくらい大好きだった桜餅すら、淡々と食すのみになっている。
そんな時、担当編集が「さみしいよな」と言葉をかけます。いろんな人が関わって、作品が自分だけのものではなくなっていくことについて。
これはもしかしたら、同じクリエイターとしての是枝監督の実感でもあるのかもしれません。
7)藤野の背中から京本の背中へ
原作で繰り返し繰り返し描かれ、強く印象づけられている藤野の背中。ですが、実写版ではそこまで強く印象をもつ感じではありませんでした。
京本との決定的な別れがあり、京本の平行世界が描かれます。こちらの世界では、京本の背中が強く印象付けられているように感じました。前半は藤野の背中、そして平行世界では京本の背中。
どちらも対等に描かれることで、二人に上下がなく、友達としての絆が強調されているように感じました。
ここで冒頭の「白い鳥」。
さらに実写の中にアニメの表現が加わるのも素晴らしかったですね。
原作では、窓に貼られた四コマだったシーンが、京本の「美麗な絵」が並ぶシーンに変わっています。
これは、序盤の藤野の「たくさんの絵が壁に貼られていた様子」とつながります。一緒に描き続けてきたから分かること。一緒に乗った電車や、神社の階段を歩いた時の想いが、最後につながり、二人で一緒に飛び立っていく。
8)原作で印象深いシーンの変更
自分が原作を読んで特に印象が深かった
・京本家に大量に積まれたスケッチブック
・母から連絡を受けた時の藤野のあおり構図の表情
・京本の部屋の窓に貼られた四コマ
これらが全く変更になってたことには驚かされました。
スケッチブックはたくさんだったけど、そこまで強い印象にはなってなかった。これ、アニメ版では強く印象付けられていた気がするんです。
また、特に最後の京本の部屋は、かなり重要なシーンでもあったので、ここをごっそり別の表現にしてたのは、すごい決断だなぁと思いました。
本作を視聴する鑑賞者は、おそらくほとんどが原作を読んでいる。だからこそ、原作の強いシーンには、見ていて強く気持ちが反応すると思うんです。
「あー、原作と同じシーン出たー!」って。
おそらく、作品に没入する時、その感想ってノイズになるんですよね。映画版は原作と同じを楽しむものじゃない。独立した、別の表現なんだと。
ただ、重要なシーンを変更するということは、それを超えるものを持ってこないと絶対に原作ファンは満足できないはず。
本作はもう、本当に超えまくってるなぁ、、という感想しかなく、本当に素晴らしすぎました。
9)友情出演に米津玄師
最後のクレジットでびっくりしたのは、ギターで米津玄師さんが友情出演していたこと。どこだったのか、全く分かりませんでしたが、次に見る時には注目したいですね!
本当に素晴らしい作品だったので、ぜひ原作と合わせて見てみてください!
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