“将来のため”に入れたその予定は、本当に今必要だった?
前回書いた、
“続けることが大事”と思っていた、あの頃の私。
息子に英会話教室を続けさせたかった理由は、
英語そのものより、
“この先ちゃんとやっていけるかな”
という、私自身の不安が大きかったのかもしれない。
そんなふうに振り返ってみた時、
もうひとつ見えてきたことがあります。
それは、
その時間、本当にあの子に必要だったのかな?
ということでした。
当時の息子は、保育園の行き渋りもありました。
やりたくないことは、とことん嫌。
あそびの場ではだれとでもすぐに
仲良くなれるタイプではあるものの
保育園でも塗り絵だったり、字を書くなど
椅子にすわって座って何かをする事が苦手。
私はそんな姿を見るたびに、
小学校に入ったら大丈夫なんだろうか。
ちゃんと座っていられるかな。
集団生活で困らないかな。
そうやって、まだ来ていない未来を心配していました。
だからこそ、
保育園以外の場所でも頑張る経験をしてほしい。
少しずつ慣れてほしい。
そんな思いで、
保育園が終わったあとに英会話教室という予定を入れました。
週に1回だけ。
そう思うと、多すぎるわけじゃない。
むしろ、
“子どもの可能性のため”
“将来困らないため”
そう考えれば、いいことのようにも思える。
でも今振り返ると、
その“週に1回”は、
当時の息子にとって、
本当に必要だったんだろうかと思うんです。
保育園で、たくさん頑張って。
集団生活をして。
外で気を張って。
本当は、
帰ってきたら、ただ安心したかったのかもしれない。
家で、ブロックやプラレールで遊んだり
ほっとしたかったのかもしれない。
なのに私は、
“未来のため”に、さらに頑張る時間を足していた。
今思うと、
必要だったのは“頑張る練習”より、
安心して過ごせる余白
だったのかもしれません。
時間を整えるって、
予定をきれいに組むことじゃなくて、
その時間が、その人にとってどんな意味を持つか。
そこを考えることなんですよね。
同じ1時間でも、
誰かにとっては成長の時間。
でも、誰かにとっては負担になることもある。
実際、英会話の待ち時間。
私は娘と、
教室が入っている商業施設で買い物をしたり、
フリースペースで宿題をしたり、
時々マックで飲み物のいながら、漢字しりとりを紙み書いたりして
過ごしていました。
後から娘に聞いたら、
「あの時間、楽しかったんだよね」って。
弟が生まれてから、
娘と2人だけでゆっくり過ごす時間は減っていたからこそ、
あの時間は、
娘にとっても、私にとっても、
大切な時間になっていました。
同じ“1時間”でも、
娘にとっては、ママとの楽しい時間。
私にとっては、娘と向き合える時間。
でも、息子にとっては、
もしかしたら
“もうこれ以上頑張りたくない時間”だったのかもしれない。
娘にとってあげていた2人時間
娘の英会話の時間は、ごはん支度をしたりバタバタしていて
息子との時間にはあててあげられていなかった…というのも
今思うと可哀そうな事したな~と思います。
時間は、
誰にとっても同じように流れているようで、
感じ方は、それぞれ違う。
だからこそ、
“必要そうだなという予定”を入れるより、
今、その子に必要な時間って何だろう?何を求めているんだろう?
そう考えることが、
わが家に合う時間の整え方だったのかもしれません。
未来のために準備することも大事。
でも、
未来ばかり見ていたら、
今、必要なものを見失うこともある。
当時の私は、
“この先困らないように”を優先しすぎて、
“今、この子が何を求めているか”を
ちゃんと見れていなかったのかもしれません。
次回は、
息子がやっと教えてくれた
「ママと一緒にいたい」
その一言で、
私が気づいたことを書いてみようと思います。
