人は何を学び、どこへ行くのか。~武道・武術・格闘技・護身術~
今日もスタバに来ています。
そして、人を見る。
談笑する人、仕事をする人、勉強する人。
とりわけ、仕事や勉強をする人は、「どこかへ向かう顔」をしている。
資格試験の勉強をする人もいるでしょう。
仕事のミーティングをする人もいるでしょう。
受験勉強の学生さんもいるでしょう。
いずれにせよ、「どこか」に向かおうとしている。
タイパ・コスパの先にあるもの
AI時代である。
AIによって、仕事の効率が上がり、「生産性」は何倍にもなった。
つまり「もっと早く」できるようになった。
しかし、ぼくは思う。
「もっと早く」”どこへ”行くのだろう、と。
そもそも答えのない世界で
ぼくは合気道を30年以上続けた結果、「合気道エクササイズAIKIX🄬」というものを開発し、世に出した。
動画のような不思議なことが好きで20年以上研究していた。
また整体で生計を立てていたときもあり、身体の研究は長くしてきたと言える。
しかし、本当にいつも考えさせられるのは
「身体を進化させる」というのは、必ずしも一方向ではないということだ。
たとえば、
「足を速くする」ことと「格闘技で強くなる」という場合、もちろん「共通項」もあるだろう。
けれども、「足が速くなる」と「格闘技で強くなる」というゴールの違いがあれば、当然やるべきトレーニングも鍛えるべき筋肉や神経も変わってくる。
それでもっと面白いのが、まったく何も知らない方からすれば、「ほぼ同じ」に見えてしまう、
武道・武術・格闘技・護身術
という狭そうなカテゴリーにおいても、ゴールがけっこう違っていて、となると、考え方も鍛え方もかなり違ってくるということである。
「ゴルフ」と「格闘技」だと、かなりカテゴリが違うので、やることが違うのは理解しやすい。
危険なのは「空手」とか「中国拳法」とか「合気道」のカテゴリーまで同じなのに、思想や稽古・鍛錬法が違うケースが結構あるのだ。
有名なところでいけば、「沖縄空手」に属する「那覇手」と「首里手」。
誤解を恐れずにざっくり言うと、那覇手はガッシリ・ドッシリのイメージで、首里手は、軽快で速い。
そして、
「この2流派を同時に学んではいけない」という教えがあるらしい。
それは身体の使い方が違うので、片方をマスターする前にもう一方を混ぜてしまうと、混乱してどちらも学べなくなるから、ということらしい。
言語習得で言えば「ダブルリミテッド(セミリンガル)」というやつですね。
英語と日本語、マスターする前にどちらも学ぶと、どちらの言語においても深い思考ができなくなるとされている問題です。
これが「ボディワーク」においても起こるわけです。
たとえば格闘技における「金的問題」。
基本的には「試合」では、金的は禁止されることが多いので、格闘技や試合に強い人でも「金的」の意識はガラガラだったりする。
しかし「実戦」においては、金的は「もっとも有効な手」だったりするわけですから、「護身」的な側面を見れば「金的なし」はありえないわけです。
このことを考えるだけでも、
「どこを目指すのか」
が、本当に重要なのが分かってきます。
「美しい」とかも同じですよね。
ぼくは、あくまで個人的にですが、男女ともに「ムキムキ」がそこまで美しいとは思いません。
とくに女性のお腹は割れていないほうが好きです。
でも、もちろん腹筋バキバキが好きな方もいるわけです。
ここに「正解」などないわけです。
だからこそ
「何を求めていて、何が好きで、どうなりたい、どうありたいのか」
の「ゴール」こそが、最重要課題になるわけです。
AIKIXのゴール
AIKIXのゴールは非常に分かりにくいです。
「なるべくエゴを減らしていく」
「”自然”に即した身体を育てていく」
「じぶんも周りも”調和”した状態にしていく」
というような感じ。かなり「禅的」な側面があります。
また
「じぶんにかけた催眠を解いていく」
「”思い込み”を外し、軽やかになっていく」
「自身の心の奥の”ホンネ”に気づき、ホンネに従い生きる」
というようなこともAIKIXのゴールです。
ワーク自体は
「お互いに行う整体のようなもの」であり
「日常の所作を美しくする」ものであり、
「コミュニケーションを上達させる」ものでありたいと
考えています。
これが分かりにくい。
「何か月で〇kg痩せます」とか
「試合で強くなります」とか
「おっぱいが大きくなります」とかだと
分かりやすいんだろうなぁと、いつも思う。
でも、それこそ自分にウソはつけないので、わかりにくいですが、こういう発信を通じて、理解していただけるよう努めています。
こんな感じのワークですから、
「これが何に使えるの?」と言われがち。
これらのワークを行うなかで、上記のゴールに近づこうとしているのです。
「これが何なの?」とコメントする人もいますし、その気持ちもわからないではないですが、
そもそも人間の営みとはすべて
「それが何なの?」
です。
それが何なの?
登山しようが、バスケしようが、釣りをしようが
「山に登ったから何なの?」
「カゴに球が入ったから何なの?」
「魚を釣ってリリースして、何なの?」
という話です。
だから「それが何?」というのは禁断の質問なんですよね。
だいたい、何事にも夢中になれない人が発する問いだと思います。
「夢中」になることの面白さ、意味のないことだからこそ取り組む熱狂を知っている人からすれば、他者の取り組みに対して
「それが何なの?」とは思わないはずですから。
ぼくはなぜだか知らないですが、「合気道的な関わり方・触れ方」ということに20年以上興味を持ってきました。
あまたある武道・武術のなかでも、やはり合気道がいちばん好きですね。
とくに「不思議」なことが好きです。
強くなることには、あまり興味がありません。
「なぜ、そんなことが起きるの?」という人間の不思議に魅了されているのです。
「その謎を解きたい。じぶんでも体現したい」
その動機だけで20年以上やってきています。
そして今は、そんな考えに共鳴してくださる方とAIKIXをできることを、心から嬉しく思っているのです。
30代の前半までは「強くなりたい」と思っていたので、「ゴール」も20年の中で変わってきています。
しかし、
「俺はどこへ向かっているんだ」と丁寧に内観を続けた結果、10年以上かかりつつもゴールが明確になってきたので、自問することをやめなくて本当に良かったと思っています。
とくに合気系はどこに向かっているかの方向性で迷子になりやすい分野だと思うので、これを読んで
「あ、方向性、わかってないかも」
という方は、今一度ゴールについて考えてみてください。
きっと毎日の稽古・鍛錬・トレーニングも変わってくるはずです。
