見出し画像

2022年11月 - 今月のスナップとエッセイ

時候の挨拶

 カラン。
 グラスの中で、氷が解けた。

 その音で、目を開ける。ゆっくりと、夢と現の狭間に意識を向けた。
 ああ、また眠ってしまったようだ。ベッドサイドに置かれたライトからは、暖かい光が溢れている。その光は、グラスを照らしていた。

 夏頃のこと。寝室に、ちょっとしたお酒を嗜むスペースを作った。それから、我が家の就寝前は、おしゃれ時間に変化した。
 ゆっくり飲む1杯のウイスキーロックが、身体に沁みる。高価な酒は買えない。しかし、お気に入りを少しずつ楽しむ夜は、最高だ。

 しかし、ここ最近、飲み切る手前、睡魔に負けてしまうことが増えた。
 涼しくなってからのように感じる。睡眠時間が増えた。寝ても寝ても眠くて…困ってしまう。冬が近づいてくると、いつもそうだ。

「ああ、動物だなあ、わたしも」

 季節の移ろいに抗えない。この身は、やはり地球に生かされているだけの存在。そんなどうでもいい言葉が、頭の中に浮かんでは消えた。

 カラン。グラスをひと回し。ウイスキーが黄金色に煌めいた。
 そっと口をつける。喉元の熱さに、目を閉じた。

フォト検を受ける

 フォトマスター検定を受けてきた。2020年に3級と2級、2021年に準1級を受験した。順番にステップアップし、今年は1級に挑戦。

 公式テキストも3周目である。
 2ヶ月ほど前から、仕事の休憩といったスキマ時間を使って勉強した。

 正直、「テキスト3周目だから、余裕でしょ!」と高を括っていた。しかし、意外と覚えていない。上位級にもなると、マニアックな問題ばかりだ。大抵、そういうことは、1年も経てば忘れている。

 受けるからには、ちゃんと準備したかった。今月に入ってからは、過去問を解き、知らないことは調べ、朝晩も勉強時間に充てた。それを見て夫は「受験生みたいだね」と言い、「何か欲しいものはある?」と労ってくれた。

 学生時代をかすかに思い出す。
 ふふ。楽しいな。

 カメラ・レンズのことはもちろん、簡単な光学・周辺機材・写真史(時事問題も多少)・写真に関する法律・フィルム・プリントなども出題範囲だ。
 この機会があったからこそ、学べたことも多かった。

 知識を得たからといって、写真がうまくなるわけではない。
 撮影は、実践である。

 しかし、わたしは写真が好きだ。

 他の誰に言われるでもなく、自分が自分で選んだ好きなもの。深く知れば知るほど、その歴史に触れるほど、愛しく思えた。先人が築いてきた技術を学ぶことは、わたしにとって喜びであった。

 好きなものを学ぶ。知らないことは無限大だ。調べれば調べれるほど、終わりがない。この感覚を学生以来に味わった。
 そのきっかけになったフォト検。受験して良かったと心から思う。

父とデート

 もうひとつ、心から好きといえるものがある。それは、コブクロ。彼らと出逢い、16年が経った。人生の半分以上、彼らの音楽とともに生きてきた。コブクロで繋がった友人も多くいる。

 そして、わたしの家族も、彼らの歌が好きだ。

 彼らのライブに足を運んだのは、数知れず。
 ツアーには、いつも父を誘っていた。

 しかし、2020年と2021年。新型コロナウイルス感染症の影響は大きかった。2020年は中止、2021年は小規模開催となった。父を県外公演に誘うにも気が引け、わたしはひとりで参加した。

 そして2022年。3年ぶりにアリーナツアーの開催が決定した。久しぶりに父を誘った。いつもなら「友達と行っておいで」という父が、「いいね、行こうかな」と言った。

 わたしは、ふたり分の愛知公演のチケットをとった。

 場所はガイシホール。会場に行く前、名古屋市東区にある徳川美術館へ、足を運んだ。美術館に隣接する徳川園は、大変に心地よい庭園であった。父にカメラを向けると、ピースをしてくれた。

 どこに行ったからといって、この父娘、格別、言葉多く交わすわけではない。「最近どうなの?」という問いに「変わりないかな」と答えるくらいである。

 しかし、このような日は、親元を離れて家庭を持ったわたしが、親孝行できる瞬間であってほしい。数多くはないこの時は、わたしにとっても特別である。
 伝えたいことを言葉に出すのは、大変に難しい。しかし、この娘の想いが届けばいいなと、願っている。

 ライブは大変に盛り上がった。わたしは毎年恒例の大号泣。
「やっぱり、コブクロ良いね」と父が言った。良い日であった。

皆既月食

 帰り道、月は欠けていた。正確に言うと、欠け始めていた。「月、欠けてるね」と夫が言う。「これからどんどん欠けるよ」とわたしは答えた。

 今日は、皆既月食だ。

「どこで撮る?」
「近くの公園かなあ。ビールでも買ってく?」
 コンビニで缶ビールを2本買った。わたしたちは、カメラと三脚を持って、公園に向かう。月はもうすぐ、赤く染まろうとしていた。

 公園に着くと、子どもたちが遊んでいる。わたしが「もう遅い時間なのにねえ」と言うと、夫が「月、見に来てるんだよ」と笑った。わたしは「ああ、そうか」と納得した。とはいえ、子どもたちはさほど月には興味なさそうで、元気に走り回っていた。

 それを見て微笑みながら、成人ふたりは缶ビールを開けた。開けたと同時に、月に雲がかかり、我々は、ただ外でビールを飲んでいる成人になってしまった。

 次第に雲が晴れてきた。ビール片手に、タイムラプスを回す。前景も何もない。ただ、月を撮った。

 結婚前、よく、ふたりで夜景を撮った。お互いカメラは初心者だった。一緒に「こうやって撮るらしい」と調べて、三脚を並べた。そういうときは、たいてい寒くて、寒いねと照れながら手を重ねた。

 そんな話をした。懐かしいね、と顔を見合わせた。
 気がつけば、月は赤く染まっていた。

今月の街

 静岡では、3年ぶりに大道芸ワールドカップが開催された。わたしたち夫婦も楽しみにしているイベントのひとつだ。
 会場に集まる観客を見て、活気が戻ってきているように感じた。

BiG Roots さん(3人組でもうひとりを手招きしてるシーン)
しろみときみ さん
Witty Look さん
Performer SYO! さん
(3年前の大道芸WCも拝見しました!圧巻!)
Performer SYO! さん

 オールドレンズをつけて、散歩した。

 何も考えずに、立ち止まる。何も考えずに、ピントを合わせる。
 そして、何も考えずに、シャッターを切った。

 普段の速写を“動”とするなら、“静”だった。
 秋の冬の境を、ただ静かに見つめていた。枯れ葉舞う地、柔らかい光、冷えた空気。それらを、静かに、感じていた。

枯れた彼岸花にも、一筋の光を

 心は、大変に穏やかだった。
 たっぷりと陽の光を浴び、その光が生み出す影に目を向けた。

 わたしは、生きている。

 ふと「“もう人生終わり”というけれど、どんな形であれ、生きている限り終わりじゃない」と、頭の中に言葉が浮かんだ。
 脈絡もなく浮かんだ言葉に、自らの記憶を重ねた。かの人の「私の人生はもう終わった」との一言に、何も返せなかった日を思い出した。

 なぜそう思ったのかは、わからない。ファインダーを覗き、ピントを合わせた瞬間、静かにそう思った。

 秋が来て、冬が来る。そして、春が来る。
 移ろうものを見て、わたしが感じたものを、言葉にするには、まだまだ難しい。

 人生は、続く。この旅の終わりまで。

 写真と言葉で、この生きる道を、紡ぎたい。

 来月で、2022年は終わり。
 今月のスナップとエッセイを書いて、丸2年が経とうとしている。皆さまから頂くお声が、わたしの励みとなっている。

 それでは、良い写真生活を。

いいなと思ったら応援しよう!

miho いつもお読みいただきありがとうございます💓 頂いたサポートは、写真活動費に充てさせていただきます🌸