ケアの倫理と正義のアイデア
(あるいはハインツのジレンマと3本の笛)
病気で死にかかっている妻を持つハインツ。妻を助けられる薬は一種類だけあるが、大変な高額でかつ一人の薬剤師に独占されている。
事情を説明し、値引きかローンでの販売を懇願するも断られてしまった。ハインツは悩んだ末、薬を盗むことにした――。

耳にしたことがある方も多いだろう。これが「ハインツのジレンマ」と呼ばれる命題だ。
この命題のおもしろいところは、「ハインツの行いは正しいか誤りか」という「正義についての倫理観」を問うふりをしながら、まったく違う倫理観を伺うところにある。
その倫理とは「ケアの倫理」だ。
…と、ここからケアの倫理についての話に向かいそうな流れだけれど、おれが今書きたいのはそれじゃない。
ただ、ケアの倫理についてはいずれいろんな人と話をしてみたいので、気になる人には以下の記事なんかをオススメします。
「ハインツのジレンマ」を書いたのは、先日参加していたワークショップで、「別に正解がある話じゃないですから、気楽に選んでくださいね。
では問題です。あなたはアン、ボブ、カーラの3人のうち誰に笛を渡しますか?」と、Harchの加藤さんに問われたからだ。
アン「この中で笛が吹けるのは私だけよ。」
ボブ「貧しくておもちゃを一つも持っていないんだ。」
カーラ「その笛はわたしが何カ月もかけて作ったものよ。」
「これ、全部不正解なんでしょう?」という香りがプンプンする。
「正解がある話じゃない」とはいうものの、何を選ぶかで、ラベルがおれに降りかかってくるのは間違いない…。
とはいえ、答えを保留するなんてチョイスはそこにはない(ネガティヴケイパビリティ…。ああ、それが贅沢品じゃなくなる社会はよっ)。
おれは答える。「他にどんなチョイスがあるっていうのさ」って。そしてカーラに笛を手渡す。
そして予想通り、「パチさんはリバタリアン(自由至上主義)ですね」と、ラベルを貼られるのであった。

さてさて。
思考実験に青筋立てたり、メチャ必死に反論するのは、なんかカッコ悪い。
とはいえでも、やっぱりこれには一言言いたくなるのさ、加藤さん。いや、アマルティアさん。
まずは、カーラに返そうじゃないか。
「笛を作れたのは、笛を作れる恵まれた環境にいたからだ」って? うん。そうだろうね。
「吹けない人に渡しても、幸せが広がらない」って? うん。そうかもしれない。
それでもさ、やっぱカーラに渡そうよ。そしてどうするのが良いかはカーラに考えてもらおうよ。
ケアの倫理? コモンズの悲劇?
…なんでもいいけど、自分で決めて貰おうよ。誰であれ個人の決定権を取り上げることはできないのだから。
