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非経済的な価値を大切にしつつ働く | 西村印の社会的共通資本

かなり久しぶりに、大学生向けにセッションをやることになりました。
今回いただいたお題が「非経済的な価値を大切にしつつ働く/暮らす」こと。特に、外国ルーツの子どもたち支援などのボランティアワークの話を中心に、広義の「就労」についての実践や考えについて語り、一緒に考える場を創りましょうということです。

今日は、「自分が伝えたいことってなんだろう?」と改めて考えながら資料を数枚作りました。
まずはおれがはっきりと主張することで、対話の時間にみんなが感想や自分の意見を、そして質問を言いやすいように。

たとえば、働く上でいつからどうやって「金のためと人のため」のバランスが変化していったのか。
たとえば、「金(を稼ぐこと)では得られないもの」をどうやって手に入れるか。
たとえば、得意なことをどうやってもっと増やすか。もっと得意にするか。

こんな話を、自分がこれまでやってきたことを背景にして、「今やっていること」との関係の中で話していこうかな、と思っています。

数枚の資料を作っている間ずっと頭に浮かんでいたキーワードが、先週のPYNTでのイベント西村勇哉に訊く「経済活動と"xxxx"のつなげ方」で、ミラツク/ess-senseの西村さんが語っていた「社会的共通資本」です。

社会的共通資本といえば、ケインズ主義を発展させ「自然環境」「社会インフラ」「制度資本」の3つを、市場原理に左右されずに管理されるべき社会全体の共通の財産、すなわち「コモンズ」とすることで、社会を持続的に維持・発展させていこうという宇沢弘文氏が提唱したもの。

…とここまで書いて、おれが持っている「社会的共通資本」に関する知識はほぼ枯渇。これ以上はよく知りません。
ということで、ここからおれがイベントでの記憶を頼りに書くものが、西村式なのか宇沢式なのか、あるいはおれが脳内で無意識に変換させてしまったものなのかはよくわかりません。

ともあれ、おれにとってはとてもエキサイティングだった「西村印の社会的共通資本」の話の中から、ポイントを3つ書いておきます。
チャンスがあれば大学生たちとのディスカッションでも投げかけてみたいな。もちろん、他の場所でも。いろんな人たちと。

  1.  行き先を失い自己増殖し続けている「死蔵資本」を、金持ちから解放してあげた方がよくない?

  2.  「信頼の外部化(サービス化)」を通じて「関係性の分断」にこれまで力を発揮してきた金(カネ)に、「繋ぎ循環する力」を発揮してもらえばよくない?

  3.  一つの方法論に固執し過ぎず、自分と違う考えを疑い過ぎず、人間理解を深めて「困っている仲間同士」として道を探せばよくない?

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