自己紹介します
はじめに
初対面の相手から、いきなり個人的なことを聞かされたら、普通は退屈で時間の無駄と思われるでしょう。
でも、もしもあなたが絵画に興味のある方で、ご自分の審美眼に自信が持てなくて、もどかしさを感じていらっしゃる方だったら、もしくは、絵画の良し悪しを見極めるには特別な才能が必要だと思い込み、諦め気分になっていらっしゃる方だったら、読み進めていただけたら、何か気づきがあるかもしれません。
僕がnoteで芸術について発信する理由
それは、僕の子供の頃の「絵画に対する挫折」にまで遡ります。
小学校二年の頃、図工の時間に友達の肖像を描く課題がありました。
転校してきてから初めての授業だったので、真剣に取り組んだことを覚えています。
作品の出来はと言うと、僕の絵を観た担任の先生の第一声が、
「あいやまー」(その地方の方言で、驚いたときに使う言葉です)
つまり、箸にも棒にもかからないひどい出来だと判断したようなのです。
真剣に描いたのですが、かなり趣くままに線や色を使ったためか、写実的な絵を期待していた担任には評価されませんでした。
次の図工の時間に出された課題は、「ヤツデの葉を詳しく描く」でした。
担任は、前回の私の作品があまりにもお粗末だったからか、特に力を入れて指導してくれたことを覚えています。
「野澤くん。よーく観て描くんだよ。」
僕は担任のこの言葉を真剣に受け取り、今回は、よく観察して形を描いていきました。
僕の中で前回と違ったことは、色や線を趣くままには使わなかったことでした。
結果は、前回とはうって変わって、優秀作品として廊下に飾られることになったのです。
担任は、かなり褒めてくれたことを覚えていますが、この瞬間僕は、絵画に対する興味を失ってしまったのです。
「絵を描くってなんかつまらないな」
これがその瞬間の僕の感想です。
今思うと、肖像画を描いたときは、子供ながらも線や色を言葉の代わりに使っていたんだと思います。
ところがヤツデの葉っぱを描いたときは、形を似せるための単なる手段として線や色を使ったのです。
そこに僕はなんだか不自由さを感じてしまって、せっかく褒められたのに、絵に対する興味を失ってしまったのです。
それから31年後、古書店をリストラされ、転職先に選んだ仕事は画家でした。
先ほどお話した子供時代の経験もあって、画家へのあこがれは皆無でしたし、なぜこんな選択をしたのか今でもよくわからないのですが、とにかく今は「目に見えない力のお導き」として捉えています。
完全独学のゼロからのスタートでしたが、画家として必要な知識や技術は、なんとかなる自信がありました。
芸術系の大学のカリキュラムを調べ、これなら半年もあれば一通りの知識と技術は身につくだろうと踏んだのです。
実際、自分で言うのもなんですが、手先はかなり器用なほうですし、作業能率も高いほうなので、気軽に考えていたのです。
結果は、半年もかからずに一通りの知識と技術を身に付けることができました。
ところが、この時点で初めて、これまでの行動の決定的なミスに気づいたのです。
「僕が身に着けた知識と技術はいったい何のための知識と技術だったんだろう」
今さら!と自分にツッコんでやりました。
ふと浮かんだこの疑問は果てしなく続くことになります。
「何のための技術って、絵を描くための技術のはずだ」
「でも僕はなんのために絵を描くんだろう」
「そりゃあ自己表現のためだ」
「でも、僕の自己表現って、僕の絵を見る人にとって役に立つことか?」
「そもそも人の役に立つ絵ってなんだ」
「絵ってどうやって人の役に立っているんだ」
「いったい画家の存在意義ってなんだ」
「いったい絵画の本質って…………」
この自分との問答は本当に延々と続きそうでした。
早くもここで、いったんリセットせざるを得なくなりました。
まず思ったのは、「絵画の本質も知らずに画家は務まらない」ということです。
その日を境に、絵画の本質を知るために、過去の名画を徹底的に分析し始めました。
僕が知りたかったのは次のようなことです。
・画家はどんな言葉で何を表現しているのか
・画家が使う言葉は、線、色、形、のようだが、それぞれどんな特徴があって、何ができるのか
・僕自身はどの言葉で何を表現したいのか
・「現実世界」と画家が作る「絵画世界」の違いは何か
・「絵画世界」では何が行われているのか
・画家は「絵画世界」で、どんな言葉を使って、何をしようと したのか
・絵画を支えている「根本原理」はなにか
・絵画の「存在意義」はなにか
はじめは手探りで、とにかく絵画の本質を捉えたくて始めた分析でしたが、次第にあることに気づいたのです。
それは、自分自身それまで知らずにいた審美眼が使えることでした。
もう少し正確に言うと、僕の「物の見方のクセ」が審美眼につながることに気づいたのです。
そのクセとは次の3つです。
・すべてのものを同格に見るというクセ
・見るという行為は、見られることなしには成り立たないと感じるクセ。
・色は、自分の「内的世界」と「目に見えるものを成り立たせている目に見
えない世界」との境界に存在すると感じるクセ
これらのクセは、簡単に言うと「関係」が気になって仕方がないということです。
このクセは、才能でもなんでもありません。
ただのクセです。
もしあなたも真似をしたければ、簡単に真似できる程度のクセです。
でも、この関係を重視するクセが審美眼の正体だったのです。
名画の分析を徹底して行わなければ、一生気づかないままだったかもしれません。
名画分析の過程でもう一つの収穫は、芸術を支えているのは「対立関係の解消」という原理であり、この原理は物理的世界、日常生活全般に通底する普遍的原理だと気づいたことです。
画面上に線や、色や、形を置くたびに生じる「対立関係」を、それらを調整することで、互いに損なうことなく支え合う「調和」へと導くこと。
これこそが、時代や好みを問わず、名画を名画たらしめている正体だったのです。
これを応用していくと、先ほど挙げた ”名画の分析を通して僕が知りたかったこと” も、納得の行く形で理解できるようになったのです。
その後、ギャラリーのオーナー、美術批評家、画家仲間との交流の中で、自分の審美眼にさらに自信が持てるようになりました。
そうこうしているうちに、自分が画家として使うべき言葉(造形要素)、表現すべきこと、その存在意義なども徐々に定まっていったのです。
でも、僕が芸術の根本原理だと考えた「対立関係の解消」に関しては、まだ確信したとまでは言い切れなかったのです。
ところがその後、ある忘れられない体験を境に確信に変わったのです。
その体験とは、ブルックナーの交響曲第4番を聞いて衝撃を受けたことです。
決して誇張ではありません。
本当に衝撃的でした。
今まで経験したことのない感動だったんです。
達成感を伴う興奮や、困難を克服した充実感といった、感情を揺さぶる種類の感動ではありませんでした。
そもそもオペラや、映画や、小説ではなく純粋な音による構築物である交響曲ですから、わかりやすい感情表現をするはずもありません。
その時僕はいったい何に感動したんだろうと考えてみても、うまい言葉が見つかりません。
でもとにかく、その時の第一印象は、はっきりと覚えています。
「あっ、これは僕だけのためにブルックナーが特別に作ってくれた曲だ!」
本気でそう感じたのです。
冒頭から最後まで、すべての音があるべきところにピッタリ収まっていて、曲全体を通して対立関係が解消されていると感じたのです。
この対立関係が解消されているという感じはあまりにも強く、それは、今まで経験したことのない「感覚の充実」でした。
この「感覚の充実」があまりにも身近で、しかもこれ以上ないほど僕の感覚にピッタリしたものだったので、「この曲は、ブルックナーが僕だけのために特別に作ってくれた曲だ!」と本気で感じたのかもしれません。
この体験を通して、『芸術を支えているのは「対立関係の解消」という普遍的原理である』という僕の考えは、確信に変わったのです。
この体験が僕にもたらしたものは「自信」でした。
画家としての自信もそうですが、何よりも、『芸術を支えているのは「対立関係の解消」という普遍的原理で、芸術性を見極めることは誰にでもできることに違いない』という考えに自信が持てたのです。
今では、芸術とは一部の選ばれた人のためのものではなく、「感覚の充実」を共有できるすべての人に開かれたものであると、心から自信を持って言うことができます。
この考えを、自分の審美眼に自信が持てない方に広めるためにnoteを始めました。
絵画が「わかる」とは、知識を得たり理解したりすることではなく、画家が画面上に残した「感覚情報」を感じ取ることです。
絵画の「良し悪しを見極める」とは、画面上で対立関係が解消されているかどうかを感じ取ることです。
これらは、あなたが本来持っている「感覚」を、絵画鑑賞モードに切り替えることで可能です。
もしもあなたが、自分の審美眼に自信が持てず、才能が必要だと誤解しているようなら、僕の有料noteをおすすめします。
『画家の「眼」をインストールして、絵画の良し悪しを見分けられるようになるトレーニング』を提供します。
この有料noteには大きな特徴があります。
それは、「芸術とはなにか」というなかなか答えにくい問に画家が本音で答え、「画家の物の見方」を公開し、あなたが本来持っている「感覚」を絵画鑑賞モードにするための具体的方法まで解説していることです。
これは、僕の長年にわたる作品分析と膨大な体験的知識に基づくものです。
あなたはこれまでに、美術関連の解説書や参考書を何冊も読まれてきたかもしれません。
でも、そのような情報源からはなかなか得られないことをお話しています。
ご自分では気付けない隠れた審美眼を、自ら引き出す機会を失いたくない方は、有料noteをどうぞ。
画家の本音をもう少し聞きたいという方は、無料メルマガをどうぞ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
