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「支援する場所」ではなく、「ふらっと行ける場所」

今日、あるクラウドファンディングを応援しました。

「暮らしの保健室 コミュニティハウスひまわり」。

最初は、子ども食堂などをされる地域の居場所なのかな、くらいの気持ちで読んでいました。

でも、紹介文の中に、とても心に残る言葉がありました。

「誰かが誰かを一方的に支援する場所ではない」

子どもも、大人も、高齢者も。
用事があっても、なくても、ふらっと来ることができる場所。

ここを読んだ時、
「ああ、私が最近ぼんやり考えていたのも、こういうことなのかもしれない」と思った。

困ってから相談する。
介護が必要になってからサービスを探す。
何か問題が起きてから、誰かとつながる。

もちろん、それも大切。

でもそのもっと前に、
何でもない時から人と人がつながっていたらどうだろう。

お茶を飲みに行ったり、
誰かと話したり、
「あんなことやってみたいね」と話してみたり。

そんな日常の延長線上に、
いざという時に「ちょっと聞いてみよう」と思える人がいる。

それもひとつの支援の形なのかもしれない。

私は以前から、
「支援する人」と「支援される人」にきっぱり分かれることに、どこか違和感があった。

今日は元気な人だって、
明日は誰かの力を借りるかもしれない。

逆に、誰かに助けてもらっている人が、別の誰かの力になることだってある。

そんなふうに、人の役割が固定されない場所。

今回この取り組みを知って、
「地域の居場所」という言葉の意味を、少し違った角度から考えるきっかけになった。

だから今回は、
クラウドファンディングという形で、少しだけ参加してみることにした。

お金を出して「支援する」というより、

「こんな場所があったらいいな」に
一票を入れる。

私には、そんな感覚の方が近い。

この場所から、どんな人と人とのつながりが生まれていくのか。

ちょっと楽しみにしている🌻

          おじぎそう🌱

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